<“Urban”ワインを巡る⑧> 神奈川・川崎/蔵邸ワイナリー「2021年7月に純川崎産ワイン誕生」
生産者と語らいながら、その醸したワインを味わう――通常なら遠出をしないと叶わなかったことが、都会の=Urban(アーバン)ワイナリーなら身近で実現。連載8軒目に訪れたのは神奈川県・川崎市の『蔵邸(くらてい)ワイナリー』。2021年7月に川崎のブドウを川崎で醸したワインをリリースしました。
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農家を継いだ9代目がワインに活路を見出す
首都圏では珍しく、自社畑でブドウを栽培している『蔵邸(くらてい)ワイナリー』。
東京や横浜、大阪でワイナリーを訪問してきた<“Urban”ワインを巡る>ですが、今回の舞台は神奈川県川崎市麻生区の岡上(おかがみ)。東京都町田市や神奈川県横浜市に囲まれた飛び地としても知られるエリアです。
この度訪れた『蔵邸ワイナリー』を営むのは、農業生産法人(株)『カルナエスト』の代表・山田貢(やまだ・みつぐ)さん。じつはこの地で代々続く農家の9代目なのですが、「若い頃は土や泥をいじるのは、まったくダメ(苦笑)。朝から晩までどっぷり時間を取られる農業という仕事には正直興味が持てませんでした」と山田さん。
ヘアメイクアーティストを志して美容学校へ進学し修業されていたと聞き、山田さんの物腰の柔らかさが腑に落ちました。
「ただ相続などを考えなければならなくなってきたのと、周りの農地がどんとん宅地化されていく様子を見ていくうちに、先祖代々引き継いできた農地をこのまま農地として後世に残していきたいという思いが強くなってきたのです」。
「斜面を活用した約30アールの畑で、ワイン用ブドウ品種を育てています」と山田さん(撮影時のみマスクを外しています)。
「でも、当時は農地を人に貸すことができませんでした。都市農業では相続のたびに農地が減るのが常識みたいになっていて、ただ漠然と継いだのでは意味がない。何か今までにないことを仕掛けるなどして、農業と地域を活性化していくビジネスができないかを考えました」。
その結果、法人化して6次産業化(※)を図ることに。美容師としてのキャリアとその後に始めたバーテンダーや調理師などで飲食業界と関わった経験も、サービス業(第3次産業)面を中心に大いに活用。2011年には自らオーナーシェフとなって、フレンチレストランも開業しています。
「こうしたビジネスで周りの人々と一緒に発展していくには、夢とか目標のような存在が必要で、それがワインなのでは! と閃きました。ワインなら収穫体験や醸造体験などで、近隣の大人も子どもも参加して一緒に盛り上がることができるとも考えたのです」。
思い立ったら行動が早いのが山田さん。
「2015年に(一社)日本ソムリエ協会のソムリエ資格を取得後、日本全国にあるワイナリーを、ブドウの栽培やワインの醸造を学ぶために巡りました。余談ですが、こうして得た知識とこれまでの経験を生かし、現在は、大手のワインスクール『アカデミー・デュ・ヴァン』で講師として後進の指導にもあたっているんです」。
※農林水産業(1次産業)、工業(2次産業)、商業(3次産業)を融合して、新たな価値を創造すること。
2014年からピノ・ノワールとシャルドネを中心に幅広い品種を栽培。
特区を活用して“川崎”を冠したワインを造る
念願の“川崎”ワインを2021年にリリースでき満面の笑顔(撮影時のみマスクを外しています)。
自ら育てたブドウのみを醸した『蔵邸ワイン』が出来上がったのは2018年のこと。この時は都内のワイナリーに委託醸造する形を取りました。ちなみに醸造したのは、シリーズの初回でご紹介した『東京ワイナリー』。オーナー兼醸造家である越後屋美和(えちごや・みわ)さんは、常々「東京の農業を元気にしたい」と発信されているので、山田さんと通じるものがあったのでしょう。
「初めて自分のワインを造ることができてもちろん嬉しかったのですが、やがて「やはり自分で醸造したい」という気持ちがどんどん膨らんでいきました」。
生まれ育った川崎・岡上の地で自らブドウを栽培し、自らワインを醸す“ドメーヌ方式”を実践したかったと山田さん。そうすればワインに“川崎”の名称を冠することも可能になります。
そうなると問題は醸造免許。通常ワイナリーを開設するには、年間6000リットルの製造販売が必要。通常の特区制度を利用した場合でも2000リットルが必要で、これは山田さんにとって現実的な数字ではありませんでした。そこで選択したのが川崎市の通称「ハウスワイン特区」という制度で、これなら最低生産量を問われることがなかったからです。
2020年11月に念願の免許を取得。案内していただいたワイナリーは、失礼ながら私がこれまで見てきた中でもっともコンパクトと思えるもの。でもチャペルのような外観と、白とグレーを基調に木を配したシンプルなデザインはスタイリッシュ。どこもよりもクールなワイナリーとも表現できますね。
ワイナリーはもちろん、レンガを埋め込んだアプローチも素敵。
醸造できるブドウの量がまだまだ少ないため、タンクなどは巷で入手できるものを活用。
2020年に収穫したブドウを自ら醸した念願のワインが7月にお披露目。
「完成披露会を6日に行い、麻生区長をはじめ応援してくださった方々がたくさん駆けつけてくださいました。感謝の気持ちを忘れず、そして初心の気持ちを忘れずにいようと強く思いました」。
コロナ禍のなかで感染防止対策を十分にとったうえでの開催に。盛大に行えないもどかしさもあったと察しますが、歴史的な日を迎えることができてよかったですね。
ワインのラベルには2018年と2019年にはなかった“KAWASAKI”の文字が。ちなみに種類はロゼで「ピノ・ノワールとシャルドネが中心の配合です」とのことですが、メルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン、ビジュ・ノワール、カイ・ブランの文字も読み取れ、セパージュが複雑であることがわかります。
すべてに醸造責任者である山田さんのサイン入り。
たいへん貴重なこのロゼワインを試飲させていただくことに。少々甘いのかと想像していましたが、残糖感のないドライな辛口。アルコールは10.5度とライトですが骨格はしっかりしていて、華やかな香りときれいな酸味が特徴です。
「私がロゼ好きということもあるんですが、やっぱり辛口のロゼは食事に合わせやすいと思います」と山田さん。
ルックスも味わいもとてもチャーミング。
スクールで学び、直営レストランでワインを味わう
築130年の蔵を改造した『蔵邸ワインスクール』。2階に教室があります。
じつはこの『蔵邸ワイナリー』、山田家の私有地にあるのと、コロナ禍の影響もあって取材時は一般開放されていません。コンタクトできる方法は2つあって、ひとつめは『蔵邸ワインスクール』に参加すること。そしてふたつめは直営レストランを訪ねることです。
まずスクールについてですが、こちらはJ.S.A.ワインエキスパートの奥さま・山田みずほさんが講師を務めています。
「チーズとワインのマリアージュや、家庭で使っている調味料とのワインの相性などをテーマにしていて、楽しくワインを学ぶことができる内容になっています」。
スクールの開講状況はFacebookページで告知されていて、誰でも申し込むことができます。単発セミナーが中心なので気軽に参加できるのが嬉しいですね。
ほぼ月に2回ぐらいのペースで開講されています。
蔵は年間通して温度が安定しており、いわば巨大なセラー。1階にはショップとバーがあります。※バーは現在休止中。
先ほど「ハウスワイン特区」に触れましたが、この特区には最低数量を問われない分、この制度ではワインを販売することができません。ただ自社で営む飲食店では提供することは可能とのこと。
つまり、2018年・2019年の委託醸造分は販売できますが、現在『蔵邸ワイナリー』で醸造した川崎ワインは販売できないということ。でも山田さんが新百合ヶ丘駅近くで経営する農家レストラン『Lilly's by promety (リリーズ・バイ プロメティー)』では飲むことができるというわけです。
「2020年は数量が少なくて厳しいと思いますが、これから生産量を増やしていきますのでご期待ください」と山田さん。もちろん以前のヴィンテージは注文可能。自社畑で栽培した野菜を中心とした料理と同じ畑で育ったブドウのワインのマリアージュを、ぜひ味わってみてください。
雑居ビルの奥に似つかわしくない洗練された姿で、ゲストを待っています。
ワインはもちろん地元で仕込んだビールも飲めます。
同じ畑で育ったもの同士。合わないわけがありません。
8軒目のアーバンワイナリーのレポートはいかがでしたか?
“川崎”の原産地呼称にこだわり続けて実現させた山田さん。先祖代々農家であることを活かしたこのチャレンジ。今後ワインの生産量が増え、もっともっと身近な存在になっていくことを見守っていきたいですね。
蔵邸ワイナリー
神奈川県川崎市麻生区岡上 225 蔵邸
※現在、蔵邸スクール受講者以外は敷地内に入ることはできません。
蔵邸ワイナリーの詳細はこちら
蔵邸ワインスクールの詳細はこちら
Lilly's by promety (リリーズ・バイ プロメティー)
神奈川県川崎市麻生区万福寺1-12-19 鈴木ビル1-E
TEL/044-322-8029
アクセス/小田急線新百合ヶ丘駅より徒歩3分
※新型コロナウイルス感染症対策中のため、定休日や営業時間などは流動的。事前に電話やサイトで最新情報を確認してお出かけください。
Lilly's by prometyの詳細はこちら