<J-CRAFT SAKE蔵元探訪その⑤>京都府京都市・増田徳兵衛商店 “にごり酒”と“古酒”の元祖
2018年春に誕生、飲食店で料理とともにたのしめる“生酒(なまざけ)”ブランド『J-CRAFT SAKE』。発泡タイプでフルーティーな特別純米酒をエントリーした「増田徳兵衛商店」を、フードジャーナリストの里井真由美さんとともに訪ねました。
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日本屈指の酒処・京都伏見で340余年の歴史を誇る
1868年の「鳥羽伏見の戦い」で建物は焼失。再建された母屋に使用されている梁は、焼けずに残った創業当時のものだそう。
株式会社増田徳兵衛商店は、延宝3(1675)年創業。京都伏見の地でもっとも古い歴史を有する蔵元のひとつです。実は母屋と造り蔵を隔てている道は、平安京の造営にともない整備された鳥羽の作り道。「刻まれてきた時間が長過ぎて、絶句してしまいますね」と、里井さんは感動を隠せません。
応対してくださったのは、社長の増田徳兵衛さん。代々家督を継ぐ際にその名前も継承されていくことのことで、名刺には14代目との記載があります。「俗名ではなくて、相続のタイミングで戸籍の名前も変わるんですよ」とにこり。気品あふれる笑顔は、まるで御公家様のようです。
チャーミングな蝶ネクタイは、先代から踏襲したトレードマーク。
母屋の石段を上がると、歴史的な古道が。横断した先が造り蔵です。
増田徳兵衛商店が醸造している清酒のブランド名が、『月の桂(かつら)』。その由来は、江戸時代にまで遡ります。鳥羽の作り道に面していたことから、かつては京から西国(日本西部の諸地域)へ向かう公家のために、宿を供する中宿(なかやど)も務めていたそうです。
宿泊されたことでご縁ができた姉小路有長(あねがこうじありなが)という公家が、「かげ清き月の嘉都良の川水を夜々汲みて世々に栄えむ」と詠んで命名。「嘉都良」の文字が「桂」となったとか。その後『月の桂』は、多くの作家や墨客に賛美され「文人の酒」と呼ばれるようになりました。
街道でひときわ目をひく、『月の桂』の文字。
旧家ならではの“お宝もの”に遭遇
歴史的に貴重なものが、数多く残されていました。
350年近くの歴史を持つ増田家には、目を見張るような品々が今も大切に残されています。まず里井さんが社長から手渡されたのは、黒光りする鉄の塊のようなもの。「手首が折れそうなぐらいに重いのですが、こちらは何なのでしょう?」と興味津々の里井さん。
いたずらっぽく笑う社長から教えていただいた正解は、何と“砲弾”! 幕末の「鳥羽伏見の戦い」の際、開戦地の近くだった増田家の庭に落ちたものと聞いてびっくり。そう150年前には、西郷隆盛らが付近の道を歩いていたと推測され、歴史好きにはたまりませんね。
ほかにも江戸時代の庶民の食物について整理、検証した古書『本朝食鑑』も。17世紀末に刊行、日本最古の“料理本”と呼んでも許されるであろう貴重な書が、万全の保存状態で目の前に現れました。貴重なものを実際に手に取ることができ、フードジャーナリストの里井さんも感無量です。じつはこの『本朝食鑑』、『月の桂』の酒造りにも活かされるのですが、それは後ほど。
見た目より、ずしりと重い砲弾。新政府軍が放ったものでしょうか…。
『本朝食鑑』は、江戸時代・元禄年間に発行されたと記録されています。
家屋の中にある“枡”をかたどった、増田徳兵衛商店の紋。
溌剌とした「にごり酒」を産み出した“元祖”
『月の桂 大極上中汲(だいこくじょうなかくみ)にごり酒』から、「にごり酒」の歴史が始まりました。
増田徳兵衛商店と言えば「にごり酒」。今でこそ「にごり酒」は数多く見かけますが、それらのパイオニアとなったのが、13代目が世に送り出した『月の桂 大極上中汲(だいこくじょうなかくみ)にごり酒』。東京オリンピックが開催された1964年のことでした。
きっかけとなったのは、醸造学の世界的権威である故坂口謹一郎博士(東大名誉教授)のすすめ。古くから伝わる酒造りの手法をヒントに、先代と杜氏によって全国の蔵元に先駆けて開発されました。こうして誕生した「にごり酒」に、博士は“元祖”のお墨付きを与えたそうです。
いわゆる「どぶろく」と混同されやすいのですが、「どぶろく」は醪を絞らずに詰めたもの。「にごり酒」は粗目の笊で漉した“清酒”であり、爽やかな酸味が特徴。醪の発酵途中で瓶詰めしているため、シャンパーニュと同じく瓶内で二次発酵が行われ、発泡しているのも持ち味で、まさにお米のシャンパーニュです!
「わずかに残った醪が沈殿しているのを見て、つい瓶を振ってしまった結果、栓が飛ぶとか吹きこぼれるなどのアクシデントも少なくなく、発売当時はクレーム対応でかなり苦労したみたいです」と社長は苦笑。瓶は立てて保管。酵母の活動を抑えるためにしっかり冷やしてから、少しずつ栓を開閉して、ガスを逃がしてやるのが「にごり酒」と向き合うコツだとか。
故坂口博士の言葉が、造り蔵の事務所の壁に残されています。
女性たちを魅了する進化系の『吃驚仰天(びっくりぎょうてん)』。
「低アルコールタイプで味わいにはスッキリ感。愛らしいラベルと合わせて、女子会の主役間違いなしですね」。
もうひとつの看板は、吟醸酒を熟成させた「古酒」
造り蔵の屋根裏では、磁器の甕(かめ)の中で日本酒が眠っていました。
「にごり酒」と並んで、増田徳兵衛商店の顔と呼べるのが「古酒」。蔵の屋根裏に上がり、甕がぎっしりと積まれた様子に見入る里井さんの姿に、社長も「「にごり酒」の販売を始めた頃から大切に寝かせてきましたから、いちばん古いものは半世紀以上になりますね」とどこか感慨深げ。
ちなみに「古酒」を仕込むきっかけとなったのが、先に紹介した『本朝食鑑』だそう。この歴史的文献に「古酒」の文字を見つけた先代が、その仕込みにチャレンジ。現在では、十年秘蔵純米大吟醸古酒『琥珀光(こはくひかり)・特別酒』などで、芳醇な味わいに触れることができるのです。
左から3行目上部に「諸白古酒」の文字が。「諸泊」とは、麹と掛米ともに白米を用いる製法です。
10年ものの『琥珀光・特別酒』。シェリーのような芳香があり、まろやかな味わい。
『J-CRAFT SAKE 桔梗(ききょう)てんぐ』
京都のパワースポット鞍馬山は、天狗伝説で知られています。
増田徳兵衛商店が仕込んだ『J-CRAFT SAKE 桔梗てんぐ』は、もちろん発泡タイプの「にごり酒」です。近年は米作りから手がけるようになった社長が、原料に選んだのは『京の輝き』。地元で育成した京都オリジナル品種100%の酒造用原料米で、仕込んだお酒は、香りが高くまろやかな味わいになるのが特徴です。
精米歩合60%の特別純米酒ですが、吟醸酒造りに用いるタイプの酵母を使用。スパークリングならではの心地よい発泡感とほのかな甘さに、「酵母由来のフルーティーな香りも加わって、非常にエレガントですね」と里井さん。「喉越しも良くてついつい進んでしまいそう」と続けてコメント。全体として優しい味わいが感じられるタイプと表現できそうです。
愛おしそうに、発酵の様子を見守る14代目。
さて、『桔梗てんぐ』に合わせるとしたら、どんな料理がおすすめなのでしょうか? 「ほんのり甘口。アルコール分もしっかりあるので、味付けのどっしりとした料理にも負けないですね。和食もいいのですが、洋食と合わせてみたいです」と里井さん。
その言葉を聞いて社長は満足そう。さらに「しゅわしゅわしているため、スパイスの効いた料理の辛さを丸く包み込んでしまうんです。中国料理の麻婆豆腐とかと相性が良いですよ。四川地方の辛いタイプがおすすめですね(笑)」。なるほど洋食や中国料理とのマリアージュ。ぜひ試してみたい組み合わせです。
『桔梗てんぐ』
■特別純米 無濾過生酒
■使用米/京の輝き
■精米歩合/60%
■アルコール度数/17度
今回ご同行いただいた、里井真由美さん
全国47都道府県、着物で世界20カ国以上を食べ歩くフードジャーナリスト。1級フードアナリストや米・食味鑑定士、唎酒師など多くの食資格を持つ。世界の高級レストランから和食・デパ地下グルメスイーツなど幅広い分野で情報発信し、テレビ出演も多数。現在、農林水産省 食料・農業・農村政策審議会委員、フードアクション・ニッポンアンバサダー、フランス観光開発機構オフィシャルレポーターにも任命され、国際的に活躍中。