日本の三大酒処(さけどころ/さかどころ)、灘・伏見・西条はどんなところ?

日本の三大酒処(さけどころ/さかどころ)、灘・伏見・西条はどんなところ?
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日本の三大酒処といわれる、兵庫県の灘(なだ)、京都府の伏見(ふしみ)、広島県の西条(さいじょう)は、よいお酒がたくさん造られる地域として広く知られています。今回は「酒処」の意味、灘・伏見・西条の立地や成り立ち、造られている日本酒の特徴などを紹介します。

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「酒処」の意味と、「日本三大酒処」に数えられている地域を紹介します。

「酒処」とはどんな意味? 「日本三大酒処」は複数説あり

酒処は良酒の生産地

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「酒処(酒所/酒どころ)」とは、良酒の生産地として知られている地域のこと、あるいはお酒を売って飲ませるお店を意味する言葉です。この記事では、前者の意味の「酒処」について深掘りしていきます。

酒処は「さけどころ」、または「さかどころ」と読みます。

日本には、良質な日本酒を生産する蔵元が多く集まっている地域がいくつかあります。なかでも広く知られている、兵庫県の灘、京都府の伏見、広島県の西条は、日本三大酒処に数えられています。

なお、日本三大酒処にはもうひとつ説があり、広島県の西条ではなく福岡県の久留米(くるめ)を含める場合もあるようです。

兵庫県の酒処「灘(なだ)」の魅力とは

兵庫県の酒処・灘の魅力

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兵庫県の酒処「灘」について紹介します。

「灘」はどんなところ?

日本三大酒処としても知られる「灘」とは、兵庫県の神戸市灘区から西宮(にしのみや)市にかけての沿岸地域のこと。灘区新在家(しんざいけ)から西宮市今津(いまづ)の間に、日本酒造りが盛んな5つの地区「灘五郷(なだごごう)」あります。

灘五郷は、神戸市灘区の「西郷(にしごう)」、東灘(ひがしなだ)区の「御影郷(みかげごう)」と「魚崎郷(うおざきごう)」、西宮市の「西宮郷(にしのみやごう)」と「今津郷(いまづごう)」からなります。

平成30年(2018年)には、国税庁長官より「酒類の地理的表示(GI)」の指定を受けました。
これにより、神戸市の灘区と東灘区、西宮市、および、東灘区と西宮市の間に位置する芦屋(あしや)市において、いくつかの事項を満たして造られた日本酒については、「灘五郷」という産地名が独占的に名乗れるようになりました。

また、令和2年(2020年)には、神戸市、芦屋市、西宮市、尼崎(あまがさき)市、伊丹(いたみ)市の5市で申請した「『伊丹諸白(もろはく)』と『灘の生一本(きいっぽん)』下り酒が生んだ銘醸地、伊丹と灘五郷」が、文化庁により令和2年度の日本遺産に認定されています。

(参考資料)
伊丹市|日本遺産『「伊丹諸白」と「灘の生一本」下り酒が生んだ銘醸地、伊丹と灘五郷』

灘が酒処になった理由

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「灘」はなぜ酒処になったの?

灘が酒処となった理由はいくつかあります。

まずは仕込み水に、アルコール発酵に欠かせないミネラル分が豊富な、硬度の高い地下水「宮水(みやみず)」があったこと。お酒の色味や風味を悪くする鉄分がほとんど含まれていないのも宮水の大きな特徴です。

次に、灘がある兵庫県は「酒米の王者」ともいわれる酒造好適米「山田錦」の名産地であること。

そして優れた技術を持ち、宮水のような硬度の高い水に適した酒造りを行う丹波杜氏(たんばとうじ/たんばとじ)の存在も、良酒を生む酒処となった理由のひとつに挙げられます。

また灘五郷では、古くから六甲山系の急流を利用した水車で精米が行われてきました。足踏み式の精米に比べて米の精白度が高められるとともに、精米できる米の量も多いため、お酒の量産化を図ることができたのです。

さらに沿岸部に接していることから、米の集積地やお酒を江戸に運ぶ樽廻船(たるかいせん)の発着点が近隣にあるなど、灘五郷の発展は恵まれた立地条件にも支えられていたといえるでしょう。

酒処の灘の日本酒の特徴

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「灘」の日本酒の特徴は?

灘酒は、やや酸味の強い辛口の味わいが特徴の日本酒です。キレのよい後味になるのは、ミネラル分が豊富で発酵が進みやすい、硬度の高い宮水を仕込み水に使っているため。新酒のころはとくに香りも味わいも力強いことから「男酒」とも称されます。

酒処・灘を代表する日本酒には、以下の銘柄が挙げられます。

◇西郷
「沢の鶴(さわのつる)」(沢の鶴)

◇御影郷
「白鶴(はくつる)」(白鶴酒造)
「菊正宗(きくまさむね)」(菊正宗酒造)
「剣菱(けんびし)」(剣菱酒造)
「福寿(ふくじゅ)」(神戸酒心館)
「仙介(せんすけ)」(泉酒造)

◇魚崎郷
「櫻正宗(さくらまさむね)」(櫻正宗)
「松竹梅(しょうちくばい)」(宝酒造・白壁蔵)

◇西宮郷
「日本盛(にほんさかり)」(日本盛)
「白鷹(はくたか)」(白鷹)
「白鹿(はくしか)」(辰馬本家酒造)

◇今津郷
「大関(おおぜき)」(大関)

オリジナルの酒造好適米「白鶴錦(はくつるにしき)」を開発した白鶴酒造や、江戸期に6代目当主が宮水を発見し、明治時代には銘柄酒「櫻正宗」の酵母が「協会第一号酵母」として全国に頒布された櫻正宗のほか、知名度の高い歴史のある蔵元や大手酒造メーカーが数多く名を連ねています。

京都府の酒処「伏見(ふしみ)」の魅力とは

京都府の酒処・伏見の魅力

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京都の酒処「伏見」について紹介します。

「伏見」はどんなところ?

日本三大酒処のひとつ「伏見」は、京都府京都市の南端、伏見区に位置する古くからの酒処です。現在も桂川(かつらがわ)・鴨川(かもがわ)と宇治川(うじがわ)の間に多くの酒蔵が建っています。

往時、自然に恵まれた伏見は、貴族の別荘地として知られ、豊臣秀吉(とよとみひでよし)が伏見城を築いてからは城下町として発展してきました。

近隣には、全国の「稲荷(いなり)神社」の総本宮である「伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)」や、焼失後に再建された幕末の志士・坂本龍馬(さかもとりょうま)ゆかりの船宿「寺田屋」といった、京都ならではの歴史を感じさせるスポットも点在しています。

伏見が酒処になった理由

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「伏見」はなぜ酒処になったの?

伏見では弥生時代から稲作が行われ、お酒もかなり古い時代から造られていたと考えられています。

酒処になった理由のひとつには、その昔「伏水(ふしみ/ふしみず)」と称されたほど、良質な地下水に恵まれている土地であることが挙げられます。

酒造業が盛んになるきっかけを作ったのは、豊臣秀吉です。文禄3年(1594年)、秀吉は伏見城を築き、大規模な城下町を開くと同時に、宇治川などの改修も行い、内陸の河川港である伏見港を造りました。

伏見港は大坂(現在の大阪)との水運の拠点となり、江戸時代には街道も整備されました。大坂や京の都、近江(現在の滋賀県)や大和(現在の奈良県)などとつながる水陸交通の要衝となった伏見には、お酒の原料となる米や酒樽の材料なども集まってきました。

人の往来も増加。伏見は大いに栄え、来訪者や京の都などに向けた酒造りが盛んな酒処となったのです。

酒処・伏見の日本酒の特徴

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「伏見」の日本酒の特徴は?

伏見のお酒も灘酒同様、仕込み水が味わいの決め手となっています。伏見の水はカルシウムやマグネシウムなどのミネラル分をほどよく含んだ中硬水。灘の宮水より軟らかいことから、発酵時間が比較的長く、酸味が少なめで、滑らかな口当たりの淡麗な味わいとなる傾向があります。

そのため、やや酸味の強い辛口の味わいで「男酒」とも呼ばれる灘の日本酒に対し、伏見のお酒は「女酒」と呼ばれています。

酒処・伏見を代表する日本酒には、以下の銘柄が挙げられます。

「月桂冠(げっけいかん)」(月桂冠)
「黄桜(きざくら)」(黄桜酒造)
「富翁(とみおう)」(北川本家)
「英勲(えいくん)」(齊藤酒造)
「松竹梅(しょうちくばい)」(宝酒造・伏見工場)
「玉乃光(たまのひかり)」(玉乃光酒造)
「月の桂(つきのかつら)」(増田德兵衞商店)「蒼空(そうくう)」(藤岡酒造)
「澤屋まつもと」(松本酒造)など

一年を通じて酒造りを行う、先端技術を駆使した「四季醸造」の先駆けでもある月桂冠をはじめ、老舗の大手酒造メーカーがずらりと並ぶ一方、にごり酒で知られる「月の桂」の増田德兵衞商店など個性あふれる酒造りを行う蔵元も活躍している酒処です。

広島県の酒処「西条(さいじょう)」の魅力とは

広島県の酒処・西条の魅力

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広島県の酒処「西条」について紹介します。

「西条」はどんなところ?

日本三大酒処に数えられる「西条」は、広島県の中央部に位置する東広島市の中心、西条町にあります。

全国にその名が知られる蔵元が軒を連ねるように建つ西条地区には、酒類の研究機関である独立行政法人酒類総合研究所があることも知られています。酒処にふさわしい環境といえるでしょう。

西条が酒処になった理由

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「西条」はなぜ酒処になったの?

西条が酒処となった理由には、まず気候風土に恵まれていることが挙げられます。

標高400~700メートルほどの山々に囲まれた盆地地形で寒暖差が大きく、酒米の栽培に向いていたこと、仕込みの時期の気温が酒造りに適した4~5度になること、また良質な地下水が豊富にあることも酒造りが盛んになった要因といえるでしょう。

また、明治時代の酒造家の三浦仙三郎(みうらせんざぶろう)氏と動力式精米機を発明した佐竹利市(さたけりいち)氏の存在も、酒処・西条の発展に欠かすことはできません。ここでは広島の酒造の歴史と三浦氏の功績をみていきます。

西条と同じ東広島市の安芸津町三津(あきつちょうみつ)には、かつて広島藩の米の集積港がありました。原料米が入手しやすく、瀬戸内海の海運を活かすこともできたため、近隣では幕末期から酒造業が盛んに行われていました。

しかし、付近一帯の水質は「軟水」。ミネラル分が少ないことから発酵力が弱く、お酒をうまく造れない酒造家も多かったと伝わります。

そのひとりであった三浦氏は、研究と実験を重ね「三浦式軟水醸造法」を開発。麹(こうじ)をじっくり育てて米の糖化をしっかり行うことで発酵を促進させようというもので、広島酒の特徴といえるふくよかな味わいの日本酒を生み出しました。

酒処・西条の日本酒の特徴

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「西条」の日本酒の特徴は?

西条をはじめとする広島の日本酒は、口当たりが軟らかく、芳醇できめが細かいまろやかな味わいになる傾向があります。

とはいえ、それはあくまでも傾向。甘口・辛口・淡麗・濃醇など、蔵元ごと、銘柄ごとにおいしさの個性が異なる日本酒がたのしめます。

酒処・西条を代表する日本酒には、以下の銘柄が挙げられます。

「賀茂鶴(かもつる)」(賀茂鶴酒造)
「福美人(ふくびじん)」(福美人酒造)
「白牡丹(はくぼたん)」(白牡丹酒造)
「西條鶴(さいじょうつる)」(西條鶴醸造)
「亀齢(きれい)」(亀齢酒造)
「賀茂泉(かもいずみ)」(賀茂泉酒造)
「山陽鶴(さんようつる)」(山陽鶴酒造)など

金箔入り大吟醸酒の先駆けである「大吟醸 特製ゴールド賀茂鶴」を生んだ賀茂鶴酒造や、純米酒造りのパイオニア的存在の賀茂泉酒造など、西条には地元だけでなく全国の日本酒ファンにその名を知られる蔵元がひしめきあっています。

日本の三大酒処、灘・伏見・西条の日本酒にはそれぞれ特色があります。機会があれば、味わいの違いを比べて飲むのもおすすめです。

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