わずか8席だけの「空の上のレストラン」 、ファーストクラスでたのしめるお酒
それぞれのフライトで、わずか8席のお客さまだけに提供されるファーストクラスの空間とおもてなし。ここではどんなお酒がふるまわれているのでしょうか。最上級のおもてなしにふさわしい、セレクトの基準や2019年3月から提供されている新ラインナップについて、日本航空の砂川好美さんに聞いてみました。
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限られた空間のなかで、最大限のおもてなしを
砂川好美(すながわ このみ)さん。日本航空株式会社 商品・サービス企画本部 開発部 客室サービスグループ。2007年の入社以来、国内線・国際線の各クラスにおいて、客室サービスを担当。その経験を活かして現在は、おもに客室内で提供する食事や飲み物のコンセプトを定め、メニューの選定を行っています。
航空機の客室内は、ファーストクラスといえども、制約の多い空間であることに変わりありません。こうした限られた空間のなかで、搭乗したお客さまに最大級の満足を提供するために、どのような点に気を配り、どのようなことを心がけているのでしょうか。砂川さんに聞いてみました。
「日本航空では、私たちが提供するサービスや商品に携わる全員が持つべき意識・価値観・考え方を『JALフィロソフィ』として定め、共有しています。このなかに『一人ひとりがJAL』というフレーズがあるのですが、これは、私自身が客室サービスをご提供する時に、いつも心に留めている言葉です。お客さまお一人お一人に寄り添い、たとえお客さまが言葉にされなくても、その想いを感じ取り、心を込めてお応えすることが大切だと考えています」。
空の上でしか味わえない特別な「食」を提供
和食は「石かわ」の石川シェフと「虎白」の小泉シェフが監修。地上では味わうことができない二人の協奏をたのしむことができます。※写真はイメージです。
食事や飲み物の準備にしても、搭載スペースが限られているために、地上のレストランのように多くのアイテムをリストアップすることはできません。だからこそ、新進気鋭のシェフたちとのコラボレーションにより、空の上でしか味わえない特別なメニューやバリエーションの充実に努めているそうです。「ご提供する時のお料理の状態や盛り付けにもこだわることで、お客さまの満足度をさらに高めていくことができると思います」と砂川さん。
和食では、神楽坂の三つ星レストラン『石かわ』と『虎白』という姉妹店の二人のシェフと協働。洋食は、神谷町の紹介制レストラン『SUGALABO』の須賀シェフとコラボして、それぞれ一食目のコースメニューを監修しています。「とはいえ、運航中の機内で、実際に食事をヒートアップし、盛り付けて提供するのは客室乗務員の仕事です。シェフの盛り付けシーンを動画で撮影・配信して、乗務員が責任を持ってこの役割を果たせるようにサポートしています」。
お酒は「温度管理」がとても重要
お酒の提供にあたってとくに気を配っているのは「温度の管理」だとか。「搭載される場所によって、赤ワインが冷えてしまっている場合には、常温でお出しできるように、温度を調整します。シャンパンや日本酒なども、適切な温度でご提供できるように管理しなければなりません。また、ご搭乗前にお食事やお飲み物を召し上がる方、先にお仕事を済ませてからお食事をとりたい方など、お客さまが望む機内での過ごし方はさまざまです。それぞれのお客さまが快適なパーソナルな空間としてお使いいただけるように努めています」。
2019JALワインセレクションは800本以上の銘柄から厳選
ワイン選考会には客室乗務員も参加し、ワインアドバイザーがテイスティングを繰り返し、選定されたワインの品質を確認します
ファーストクラスで提供するシャンパンやワインについては、世界的に活躍するマスターオブワイン・大橋健一氏と日本初のワインテイスターとして活躍されている大越基裕氏という、二人の「JALワインアドバイザー」に選定をお願いしているとのこと
「あらかじめJALの開発部で、『ライトボディ』『ミディアムボディ以上』『日本の白ワイン』などのカテゴリーを設定し、それぞれのカテゴリーに合わせた銘柄を募ります。こうして集められた800本以上のシャンパンやワインを書類選考のうえ、まずはワインアドバイザーが、テイスティングを重ねて絞り込んでいきます。そしてワイン選考会では、実際にお客さまにワインを提供する客室乗務員も含めてテイスティングを行い、選ばれたワインの品質を確認します。毎年、こうやって数カ月をかけて、次年度にご提供するワインを決めています」(砂川さん)。
2019年度、ファーストクラス提供ワイン。左からグローセス・ゲヴェクス/グラン・クリュ 2016(ドイツ)、モレ・サン・ドニ プルミエ・クリュ レ・ソルベ 2016(フランス)、シャトー・メルシャン 新鶴シャルドネ 2017(日本)、コント・ド・シャンパーニュ グラン・クリュ ブラン・ド・ブラン 2007(フランス)、シャトー・ラグランジェ 2013(フランス)、グーレ・ブラン フロム シャトー・コス・デストゥルネル AOP メドック 2016(フランス)、シャルドネソノマ・コースト 2016(アメリカ)
幻のシャンパン「サロン」の提供を再開
JALは2007年から世界の航空会社で唯一、機内で「サロン」のシャンパンを提供してきました
JALが機内で「サロン」を提供する世界唯一の航空会社となった理由
ファーストクラスで提供するシャンパンやワインには、前述のようにワインアドバイザーに選定を依頼するケースに加えて、JALが、ぜひ提供したいと考えて選定している銘柄があります。その代表格とも言えるのが、幻のシャンパンと称される「サロン」です。
サロン社は、1900年代初頭、フランスのシャンパーニュ地方のメリル・シェル・オジェ村に設立されたシャンパン・メゾン。原料となるぶどうが不作だった年には生産を見合わせ、最上質のシャルドネが手に入った年にのみ、一番搾り果汁だけを用いて、1種類のシャンパンを造ることで知られています。長期の熟成期間を要し、年間の生産量は数万本程度に限定されるため、その希少価値から「幻のシャンパン」と呼ばれています。
「このサロン社のディディエ・ドゥポン社長が、JALをご利用になった時に、ソムリエの資格を持つ乗務員たちが、しっかりとした温度管理のもと、とても丁寧に飲み物を提供しているところをご覧になって、あのように取り扱ってくれるのなら、ぜひJALのファーストクラスで『サロン』を提供したいとおっしゃってくださったと聞いています。以来、JALはサロン社のシャンパンを機内でご用意する世界唯一の航空会社になりました。このことは私たち乗務員にとって、とても誇らしいことです」。
2019年3月から「サロン2007」を提供
「サロン2007」は、「サロン」らしい強さと充実した味わいをたのしめます
2018年1月から「サロン」の提供を一時休止していましたが、2019年3月から「サロン2007」の提供を再開することに。空の上で味わう、幻のシャンパンの味は、いったいどのようなものなのでしょうか。砂川さんによると「フレッシュな柑橘類とホワイトペッパーや石灰など鉱物的なニュアンスを兼ね備え、温度を上げることで洋梨やパインのような優しいタッチを併せ持つ」とのこと。複雑そうでいて、とてもバランスの良い味わいを、長く余韻に浸りながらたのしんでみたいものです。
日本企業が支援する「シャトー・ラグランジュ2013」の提供を開始
ボルドー第3級格付けのワイン「シャトー・ラグランジュ2013」
シャトー・ラグランジュは、フランス・ボルドー地方のサンジュリアン村にあり、第3級格付けの中でもとくに有名なシャトーです。一時期、質・評価が下がりましたが、日本企業のサントリーが支援し、ボルドー大学や地元の人々の協力も得て、見事に復活を果たしました。その象徴として知られるのが、「シャトー・ラグランジュ2013」です。
kai keisuke/ Shutterstock.com
「このストーリーがとても素敵で、私たちも日本企業として応援したいということで、ワインアドバイザーに相談しました。そして、大橋氏と大越氏が試飲を重ね、品質・味ともに優良なヴィンテージを厳選して、国際線ファーストクラスでたのしんでいただけることになりました。お二人の表現をお借りすれば、『カシスや腐葉土、甘草などの複雑なアロマを持ち、快活さと熟成感、双方の風味に満たされている』バランスの良いフルボディです。客室乗務員との会話のなかで、『復活』を遂げてさらに新たな『創造のステージ』へと向かうシャトー・ラグランジュの物語をたのしみながら、味わっていただきたいと思います」。
日本酒や焼酎の選定は、蔵元との交流から
ファーストクラスでいただける日本酒。左から「伯楽星(はくらくせい)」純米大吟醸(宮城県)、「澤屋(さわや)まつもと」守破離 東条秋津地区山田錦(京都府)、「新政(あらまさ)」コスモス2018(秋田県)、「磯自慢(いそじまん)」中取り 純米大吟醸 アメジスト(静岡県)、「十四代(じゅうよんだい)」純米大吟醸(山形県)、「醸し人九平次(かもしびとくへいじ)」純米大吟醸 彼の地(愛知県)、「飛露喜(ひろき)」純米大吟醸(福島県)、「黒龍(こくりゅう)」大吟醸(福井県)
日本の航空会社として、日本酒や焼酎の選定にもこだわっているそうです。ファーストクラスで提供する日本酒は、3ヵ月ごとに2銘柄をラインナップ。「飛露喜」「伯楽星」「十四代」「磯自慢」「黒龍」など、日本酒の世界を牽引してきた蔵元の希少な銘柄ばかりを取り揃えています。
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「航空機に搭載するためには、安定的に供給していただくことが大前提となりますが、こうした希少性の高い銘柄の安定供給を実現するためには、蔵元さんの理解と協力が不可欠となります。私たちが搭載したいと考える銘柄については、直接、蔵元さんを訪ねて交流を重ね、お互いを知ることからはじめています。そうして関係性を深めていくなかで、JALのファーストクラスのお客さまに、自分たちの日本酒を味わっていただきたいという熱意を持っていただけることも少なくありません。十四代さんや伯楽星さん、磯自慢さんなどには、JAL専用のタンクで仕込んだ、オリジナルの日本酒をご提供いただいています」。
また、焼酎については従来通り、好評の本格芋焼酎「森伊蔵」とホワイトオークの樽で長期熟成させた人気の麦焼酎「百年の孤独」が用意されています。
たのしいお酒でも、各銘柄の魅力を紹介していますので、ぜひ読んでみてください。
砂川さんおすすめの「機内でのたのしみ方」
「提供するお酒の、それぞれの背景にある物語も含めてお客さまにたのしんでいただきたいですね」と、砂川さん。
「お食事とワインとのペアリングは、ワインアドバイザーのお二人から教わっています。ペアリングのご提案はもちろんですが、機内でできることはできる限りお応えしたいのでお気軽に乗務員にお声かけください」と砂川さん。たとえば、「お酒には強くないけれど『サロン』を飲んでみたい」というリクエストで、「サロン」とオレンジジュースを合わせたカクテルを作ったこともあるそうです。
「乗務員もお酒について個々に勉強しておりますので、それぞれが持っている知識で対応させていただきます。お客さまのご要望に応えられた時は、乗務員冥利につきますね」。そんな砂川さんに、開発部の担当者として思い入れの深いお酒について聞いてみました。
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「どのお酒にも、深い思い入れがあるのですが、強いて挙げるなら、『日本の匠ワイン』というカテゴリーで選んでいるシャトー・イガイタカハの『園』という赤ワイン(上の砂川さんの写真でもさりげなく置かれています)をおすすめしたいですね。
日本人のご夫妻がカリフォルニアで開かれたワイナリーで、『園』は愛妻家のオーナーが奥様の旧姓である『園田』から名付けたと言われています。私もご夫妻が日本に戻られた時にお会いしましたが、明るく気取らない人柄とお二人の絆の強さに惹かれました。そして現在『日本の匠』と呼ばれるように、高品質のワインを生み出す注目のワイナリーに育て上げられたのは、とても素敵なストーリーだと思うのです」。
造った人たちの物語を含めて、提供するお酒をたのしんでいただくのは、とても大切なことだと語る砂川さん。「全乗務員が造り手にお会いすることは叶いませんが、それぞれのお酒の背景にある物語を知りお客さまと共有できるように、開発部として多くの情報を発信していきたい」と話してくださった、砂川さんの瞳はとても輝いていました。
「おもてなしの極意」は日常生活でも活かせる!
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ここまで、ファーストクラスでふるまわれるお酒についてご紹介してきましたが、実際にファーストクラスを利用するのは、なかなか叶いそうにないという現実もあります。しかし、家や仕事で大切なお客さまをおもてなしする際に、用意すべきお酒の選定基準やお酒の管理のしかた、そしてなによりも「お客さまを喜ばせたい」という心持ちは、とても参考になるのではないでしょうか。ファーストクラスで提供されるお酒のラインナップは、入手しにくいものもありますが、ちょっと奮発すれば購入できるものもあります。大切な人と過ごす時間を彩るアイテムの一つとして、ぜひご活用ください。
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