「飛露喜(ひろき)」は無ろ過生原酒という新しい潮流を生んだ酒

「飛露喜(ひろき)」は無ろ過生原酒という新しい潮流を生んだ酒
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「飛露喜」は、日本酒愛好家なら知らない人がいないほどの人気銘柄。無ろ過生原酒の先駆けといわれ、フルーティで濃厚な味わいは、国内はもとより世界的な評価を得ています。江戸中期に創業した老舗、廣木酒造本店が醸す「飛露喜」の魅力を紹介します。

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「飛露喜」を生んだ老舗、廣木酒造本店の歴史

「飛露喜」を生んだ老舗、廣木酒造本店の歴史

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「飛露喜」の蔵元、廣木酒造本店は、国内有数の米処にして日本酒の銘醸地としても知られる福島県会津地方西部に位置する、越後街道沿いの会津坂下(あいづばんげ)町に蔵を構えています。

会津坂下町は越後街道の宿場町としてさかえ、明治・大正時代には郡役所も置かれた、行政や商業の中心地でした。人口2万人にも満たない小さな町ですが、古くから酒造りが盛んな町で、今も3つの蔵が酒造りを続けています。

廣木酒造本店は江戸時代後期の文化・文政年間(1804~1830年)に創業した老舗蔵で、約300年にわたる歴史を誇ります。代表銘柄は、創業当時から造り続けてきた「泉川(いずみかわ)」。絶え間なく流れる川のように、つねに繁栄を続けようとの想いを込めて、命名されたものだとか。

それだけ歴史ある蔵元だけに、「飛露喜」も歴史のある銘柄と思われるかもしれませんが、じつは1999年に誕生した“古くて新しい日本酒”です。
その生みの親は、現在の代表である9代目・廣木健司氏。サラリーマンから蔵に戻ったという経歴の持ち主で、経営者としてだけでなく、杜氏としてもその手腕を発揮し、会津の酒造りの伝統を大切に受け継ぎながら、「飛露喜」によって新たな日本酒の潮流を生み出しました。
「飛露喜」の成功で全国区の存在となった現在も、さらなる高みをめざし、時代のニーズを見据えた酒造りに挑戦し続けています。

「飛露喜」は「無ろ過生原酒」の先駆けとして生まれた日本酒

「飛露喜」は「無ろ過生原酒」の先駆けとして生まれた日本酒

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「飛露喜」という銘柄は、蔵元の名字である「廣木」と「喜びの露がほとばしる」というイメージから名づけられたもの。その最大の特徴は、「無ろ過生原酒」という、誕生当時はまだ珍しかったスタイルにあります。

無ろ過生原酒とは、醪(もろみ)から搾ったままの日本酒の原酒を、ろ過や加熱などの処理を施さずに瓶詰め、出荷するものです。
通常の日本酒造りの工程では、原酒から細かな酒米のカスを取り除いたりするため、フィルターなどでろ過します。次に、酵素の働きを止めたり、殺菌したりするために、貯蔵前と瓶詰め前の2回にわたっての加熱処理を。さらに、アルコール度数や香味の調整のために加水処理を行います。
こうした数々の工程によって、「原酒」から「日本酒」へと生まれ変わるわけですが、無ろ過生原酒ではこれらの工程を一切、行いません。

あえて無調整のままで出荷するという斬新なアイデアから生まれた「飛露喜」は、原酒ならではの荒々しい鮮烈な飲み口と、まろやかでいて濃厚な味わいが、それまでの日本酒に飽きたらなかった愛好家から熱烈な支持を受けました。
「飛露喜」の成功は、会津の日本酒を全国区に押し上げるだけでなく、「無ろ過生原酒」という新ジャンルを確立し、日本酒業界に新たなムーブメントを引き起こしました。2000年代の日本酒ブームは、「飛露喜」が牽引したといっても過言ではないのです。

「飛露喜」誕生のきっかけは、酒屋さんの一言

「飛露喜」誕生のきっかけは、酒屋さんの一言

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「飛露喜」の存在によって、国内はもとより海外にもその名を知らしめた廣木酒造本店ですが、現在の代表である廣木健司氏が後を継いだ当時は、廃業すら考えるほどの経営難だったとか。

先代である父とともに廣木酒造本店を支えてきたベテラン杜氏の引退を受けて、サラリーマンだった廣木氏が蔵に戻ったのは1996年のこと。父と二人三脚で酒造りに取り組み始めた廣木氏でしたが、わずか一年後、まだ十分な経験も積めないうちに父が死去。弱冠、27歳にして9代目を継いだ廣木氏のもとに届いた1本の電話が、廣木酒造本店の運命を大きく変えていくことになります。

その電話は、テレビ局からの取材依頼でした。会津の風景を織り交ぜながら「苦境のなかでも頑張っている人がいる」という内容の番組で、廣木氏はためらいを覚えたものの、「そう長くは続けていけないだろうから、酒造りをしていたという記録のために」と取材を受けることに。

その後、たまたまその番組を見ていた東京の地酒専門店から「本気で旨い酒造りをするなら応援する」との電話が入ります。その言葉に励まされた廣木氏は、当時の流行であった“淡麗”な酒を造って専門店に送りましたが、評価は散々なものでした。
そこで「流行を追うのでなく、自分が一番旨いと感じる酒を造ろう」と、白ワインのような透明感のある酒造りに挑戦。そうして完成した酒を、何も手を加えずに生酒のままで専門店に送ったところ「今までになかった味わい」と評価され、商品化へと至ります。
「無ろ過生原酒」の先駆けとして日本酒業界を席巻する「飛露喜」は、こうした縁のもとに誕生したのです。

「飛露喜」の味わいを支える、地元原料へのこだわり

「飛露喜」の味わいを支える、地元原料へのこだわり

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「飛露喜」の味わいの特徴は、味のバランスのよさ。旨味や酸味、甘味、香りなど、日本酒のさまざまな要素が、実にバランスよく、口のなかで一体となって広がっていくのです。

「無ろ過生原酒」は、火入れや加水などをせずに出荷されるので、お酒そのものの味がダイレクトに出るといわれています。「飛露喜」のバランスのよさは、原料となる米の質はもちろん、洗米から吸水、蒸しといった原料処理工程の質の高さを物語っています。

「飛露喜」が原料米とするのは、「五百万石」や「山田錦」といった酒造好適米。「飲む人が会津の風土や情景を感じてもらえるお酒を造りたい」との想いから、会津産や福島産にこだわり、とくに通年商品である「特別純米 飛露喜」では、蔵から半径20km圏内で収穫されたものだけを使用しているのだとか。

「飛露喜」の人気は、決して無ろ過生原酒という先駆的なアイデアだけに頼ったものではありません。地元の原料にこだわり、一つひとつの工程を決してないがしろにしない廣木酒造本店の酒造りの姿勢こそ、「飛露喜」という銘柄への信頼感を支えているのです。

「飛露喜」が“幻の酒”と呼ばれる理由

「飛露喜」が“幻の酒”と呼ばれる理由

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「飛露喜」は、当時はまだ珍しかった「無ろ過生原酒」という新ジャンルの先駆けとして、全国の日本酒愛好家から歓迎されるとともに、数々の品評会でその品質を評価されています。

「全国新酒鑑評会」での受賞実績も数多く、世界最多の出品酒のなかからもっともおいしい日本酒を決める「SAKE COMETITION」においては、記念すべき第1回大会で1位に輝きました。また、世界的に権威のある「インターナショナルワインチャレンジ(IWC)」においても、2016年度のSAKE部門でゴールドメダルを獲得しています。

輝かしい受賞歴とともに知名度を増し、注文が殺到する「飛露喜」ですが、その生産量は決して多くありません。というのも、ていねいな原料処理に加え、「一年を通して安定した酒質で」というモットーから、出荷する月ごとに麹を造るため、なかなか生産を増やせないのだとか。このため、需要に生産が追いつかず、プレミアがつくほどの人気となり、いつしか「飛露喜」は“幻の酒”と呼ばれる銘柄となっています。

自社の公式サイトももたず、販売は信頼できる特約店に任せて、ひたすら酒造りに邁進する廣木酒造本店。入手困難な「飛露喜」ですが、ぜひ、一度は口にして、会津の酒造りの風景に想いを馳せたいものです。

一本の電話がつむぎ出し、日本酒の新しい時代を築いた「飛露喜」
知れば知るほど、日本酒愛好家でなくても飲んでみたくなるお酒です。今後も、廣木酒造本店が醸すお酒から目が離せません。

製造元:合資会社本廣木酒造本店
公式サイトはありません

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