<J-CRAFT SAKE蔵元探訪その②>福岡県八女市・喜多屋 世界が認めた『チャンピオン・サケ』
4月23日に9銘柄を発表、順次飲食店でたのしめることになった “生酒(なまざけ)”ブランド『J-CRAFT SAKE』。日本全国に点在し、非加熱・無濾過という難易度の高い清酒造りに取り組む蔵元を訪ねる連載の第2弾は、2013年ロンドンで日本酒世界一のお墨付きを獲得した福岡県の『喜多屋(きたや)』です。
- 更新日:
目次
福岡県南部で、200年を超える醸しの歴史を有する
年季の入った白塗りの壁に、積み重ねてきた時間の長さを感じます。
屋号が白く抜かれたえんじ色の煙突が、圧倒的な存在感を放っている喜多屋。九州屈指の穀倉地帯である筑紫平野南部・福岡県八女(やめ)市の地で営んできた酒蔵です。創業は文政年間(1818~1830年)と伝えられ、約200年という歴史を誇っています。
喜多屋という名は「酒を通して多くの喜びを伝えたい」という志から付けられ、現在に至るまで、企業理念の根幹に。初代は酒造りに情熱を燃やすあまり杜氏も務めたため、以来「主人自ら酒造るべし」が踏襲されて来たそうです。
明治維新の変革期を乗り越えて事業を拡大。全国酒類鑑評会と九州沖縄酒類鑑評会において輝かしい受賞歴を収め、確固たる地位を築きました。近年になると、大吟醸酒・純米酒といった特定名称酒の製造に力を注ぎ、アメリカを皮切りに海外への輸出も現在では17カ国に及んでいます。
エポックメーキングな出来事として、2013年の『IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)』での快挙がありますが、こちらについては、後ほどじっくりとご紹介します。
直径3m・重さ3tもあるという日本最大級の杉玉は、まさに蔵のシンボル。
文化財的価値の高い建物はそのままですが、中は最新の設備が埋め尽くしています。
サイエンスは酒造りの必要条件
0.1度単位で温度管理できるサーマルタンクⓇ。
1999年に17代目を継いだ木下宏太郎さん曰く、「酒造りはサイエンスなんです」。東大農学部で学んだ木下さんは、科学的理論を重視、「微生物は正しい反応しかしません。蓄積したデータを活かしてその年の米、その年の気候に合わせた造りを施してこそ、品質が安定した酒を消費者に届けることができるんですよ」。
洗米一つをとっても、最新の洗米機がスタンバイ。前もって吸水試験を行い、理想とする含有水分量になるように、水温を調節。ストップウォッチで時間を計りながら洗米・浸漬を行っています。ちなみにこの手法は“限定吸水”と呼ばれています。
データに基づき、細やかな洗米作業が行われています。
発酵タンクには、温度を完全にコントロールできると言われているサーマルタンクⓇを採用。特定名称酒はもちろん、普通酒まですべてこの高価なタンクで仕込まれると聞き、驚きを隠せません。「おかげさまで受注量が多いため、メンテナンスのひと月をのぞく11カ月フル稼働。タンクは当然のこと、製造蔵内は温度や湿度が管理できるようになっていて、気候に左右されることのない醸造ができるのです」。
「1年を通じて、ぶれない酒造りができることが大切なのです」と木下さん。
こうした近代化を推し進めながら、伝統的製法も健在なのが喜多屋の特徴。例えば麹。最新鋭の製麹機を持ちながらも、大吟醸酒などに使う麹は、麹蓋(こうじぶた)を利用。正目の杉を用いた平たい箱に約1升ずつの米を盛り、刻々と移りゆく表情を観察しながら、細やかな手当てを重ねていくのです。
こちらが麹蓋。小さいので麹の微妙な変化が読み取れ、対応しやすい。
布団をかけるなどして、熱量や水分を調整します。
造り手の情熱や誇りがあって完成する
「喜多屋の酒をおいしいと言ってくれるお客様の思いに応えたい」と、杜氏の西尾孝広さん。
「でもこうしたデータや設備、技術は、あくまで必要条件。ここに十分条件が加わって初めて、良い酒が造れるんです」。では、その十分条件とは何なのでしょうか? 「造りにかかける情熱。そしておいしい酒を世の中に送り出したいという想いとセンスですね」と柔和な表情に変わった木下さん。いかにロジカルに取り仕切ってきても、最後はハートと感性なのです。
木下さんも、家憲である「主人自ら酒造るべし」の例にもれず、酒造りの現場に立ちます。社長ですがスーツを着用することはまれで、専ら作業服なのだそう。ただ初代は経営者であると同時に杜氏でもあったのですが、現在は、西尾孝広さんが杜氏として、木下さんの片腕を務めています。「私には日本酒の魅力を啓蒙していくといった責務もあります。片時も目が離せない酒造りを通年やり続けるには、志を同じにするチームが必要なのです」。
杜氏の指導のもと、若い蔵人が育っています。
センスという観点でいくと、ブランドマネージャーつまり木下さんの役割が大きいと言います。「どんなお酒を醸す蔵にしたいのかということが大切。私たちの醸した清酒の精米比率の平均は57.8%。特定名称酒に限れば53.8%なので、吟醸蔵といって差し支えないかと」。では、その吟醸蔵が目指す理想の酒とはどういったものなのでしょう? 「それがいわゆる酒質と呼ばれるものです。こちらを確立して初めて、全ての酒造りの方向性が決まるのです」
試行錯誤の末に、辿り着いた酒質とは?
約50年前から蔵人たちを見守り続けた「芳醇爽快」の文字。
木下さんが理想とする酒質のきっかけとなったのが、「残らず、寂しからず」という言葉。1992年に喜多屋に入社した後に、国税庁醸造試験所にて数年間に渡り研修を受けたのですが、その時の師である岩野君夫先生から、日本酒、焼酎、ワインといったジャンルを超えて、良い酒に共通する言葉としてレクチャーされたのです。
この言葉の解釈をめぐって、日々恩師と名酒との評価を受ける酒を飲み続けながらディスカッションを重ねたそうで、「まるで禅問答のようでしたね(笑)」。味わいの豊かさが感じられるが、口の中には留まらず、余韻ですぅーとフェードアウトしていく――そんな酒を追求していく日々が始まりました。
当時一世風靡していた酒質の代表格が「淡麗辛口」。でも福岡のモツや脂ののったクエなどの食との相性を考えた場合、「このタイプの酒質では受け止めきれない、でも濃醇過ぎてもいけない」と悩んでいた木下さん。そんな時にふと上げた視線の先に認めたのは、半世紀ほど前から神棚の隣に掲げられてきた「芳」「醇」「爽」「快」の4文字でした。
「まさにこれだと思いました。こんな身近なところに答えがあったのです。ずっと頭上にあったのに気づきませんでした(苦笑)。自分の代になり何かを変えていこうと考えてきたのですが、先祖から受け継がれてきたものに正解があった。ぐっときてしまいましたね」。こうして辿り着いた酒質が、やがて喜多屋に歴史的な快挙をもたらすことになったのです。
「探していた答えは、ずっと頭の上にあったのです」。
2013年 “世界ナンバーワン”の称号を得る
235蔵583銘柄の頂点に立ちました。
例年1万2000銘柄を超えるワインが出品される世界最大クラスのコンペティション『IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)』。2013年に開催されたロンドン大会において、『大吟醸 極醸 喜多屋』が『チャンピオン・サケ』の栄誉に輝きました。
同年のサケ部門には、日本全国から235蔵583銘柄の日本酒が出品。設けられた5つの部門で、それぞれに第1位の受賞酒が選定されました。その5つの受賞酒から1銘柄のみ獲得できる最高の賞が『チャンピオン・サケ』。最難関とされるワインの資格「マスター・オブ・ワイン」の保有者を含め、第一線で活躍する400名近いワインの専門家による審査において、世界ナンバーワンの日本酒と認められたのです。
「とても印象に残っているのが、委員長でマスター・オブ・ワインのサム・ハロップ氏のテイスティングコメント。締め括りの―An exotic,modern style with superb intensity and purity.(エキゾチックでモダン、それでいて見事な芳醇さと透明感を秘めた酒)―という一節を聞きハッとしました。まさに芳醇爽快。私たちの酒質が世界でも理解されたのだと分かり、嬉しかったですね」。チャンピオンになったことで、蔵のモチベーションもあがり、より真摯に酒造りに向き合うようになったそうです。
圧力を一切加えない「しずく搾り」によって上槽されています。
『J-CRAFT SAKE 天色(あまいろ)めじろ』
こちらの酒質も芳醇爽快です。
喜多屋がJ-CRAFT SAKEにエントリーした銘柄は、芳醇爽快な純米吟醸『天色めじろ』。取材時はタンクに仕込まれて1週間あまり。静かに上槽される日を待っているように見えました。
泡とともに立ち昇るのは、醪の高貴な香り。
原料米は地元・八女市で委託生産をしている「吟のさと」100%で、酵母は岩野先生から譲り受けたものを自社培養したもの。芳醇で透明感のある味わいに、ぴちぴちとしたフレッシュさが感じられる仕上りを目指しているそうです。
数々の福岡の食材と合わせられるように造られていますが、木下さんおすすめなのがイカの刺身と牡蠣。「福岡では新鮮なイカはもちろん、唐泊産などをはじめ美味しい牡蠣がたくさん獲れます。優しくて軽やかな酒は、魚介との相性が抜群。まず生牡蠣、続いて焼き、蒸しと合わせて味わっていただきたいですね」。
『天色めじろ』
■純米吟醸 無濾過生原酒
■使用米/吟のさと
■精米歩合/59%
■アルコール度数/16度以上17度未満
「『天色めじろ』がどんな風に育ってくれるかたのしみです」。