清酒生産量全国1位の兵庫県。 その中心地「灘五郷」を訪ねました<前編>
日本酒生産量で全国の3割近く、ダントツのシェアを誇る兵庫県。その県内でナンバーワンの生産地が神戸市・西宮市沿岸部に展開する「灘五郷(なだごごう)」で、『大関』『菊正宗』『沢の鶴』『日本盛』『白鶴』といった有名酒蔵がずらり。その歴史や風土、醸造技術などを学びにフードジャーナリストの里井真由美さんとともに伺いました。
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酒造りに適した風土に恵まれ、 米・水・技に優れた“日本屈指の酒どころ”
神戸市から西宮市へと並ぶようにして位置する「西郷」「御影郷」「魚崎郷」「西宮郷」「今津郷」からなる「灘五郷」。この地域における酒造りは元弘・建武の昔(1330年頃)より行われて、室町時代にはすでに酒造りが始まっていたようです。
江戸時代に入り醸造技術が培われ、良質の日本酒が安定して生産されるようになり、その味が江戸で支持され海路輸送されるようになりました。当時は京都から江戸へ向かうことを“下る”と言ったので、「下り酒」と呼ばれていました。江戸へ運ばれなかった品質の低い酒は「下らない酒」と称され、「くだらない」の語源になったとされています。
では灘の酒がどうして良質で生産量が多いのか? いくつかのポイントから紐解いていきましょう。
酒造米「山田錦」は兵庫県がルーツ
醸造用の米には数多くの品種がありますが、「山田錦」は“酒米の王者”として絶大な支持を受けています。なかでも「兵庫県産山田錦」の品質の良さと生産量は、全国でトップクラス。その生産地に近い灘五郷の酒蔵は、古くからこの山田錦を原料としてきたのです。
じつは山田錦のルーツも兵庫県。大正12(1923)年、兵庫県立農業試験場で「山田穂(やまだほ)」を母、「短稈渡船(たんかんわたりぶね)」を父として誕生。一つひとつの米粒はもちろん、米粒の中心にある「心白」というデンプン質も大きく、出来あがった酒の雑味が少ないのが特徴です。
西宮に湧くミネラル豊富な「宮水」
灘五郷で用いられている仕込み水である「宮水」。江戸時代末期に『櫻正宗』の山邑太左衛門(やまむらたざえもん)によって発見され、その「梅の木井戸」は西宮市久保町にあり、宮水発祥の地の石碑が立っています。
宮水はリンやカルシウム、カリウムなどのミネラルを多く含む硬水で、そのまま飲むのには向きません。しかし、そのミネラルが麹菌や酵母の栄養分となり、酵素の作用を促すため、酒造りにはとても適した水なのです。酒の色を濃くし、風味を悪くする鉄分がほとんど含まれていないのも特徴です。
「昔どのようにして、大量の宮水を運んでいたのか気になります」と里井さん。「大砲(たいほう)」という胴体の長さ約188㎝、両端の直径約1m、胴の中央部約1m15㎝で、杉材と鉄輪でできた容器に入れ、馬車などで運んでいたとか。迫力の大きさで、宮水を入れた時はかなりの重さになります。
優れた酒造りの技術を有する「丹波杜氏」
酒蔵で働く蔵人たちの長である「杜氏」は、酒造りの全責任を負ういわば工場長のような存在。灘五郷の杜氏は、兵庫県東部を拠点とする「丹波(たんば)杜氏」で、南部杜氏(岩手県)、越後杜氏(新潟県)と共に日本三大杜氏の一つに挙げられています。
丹波が比較的灘に近かったことに加え、丹波杜氏の酒造方法が硬水に適していたため、やはり硬水である宮水を使う灘の酒造りに合ったようです。昼夜逆転の生活が半年続くと聞いて「大変な苦労を重ねて、杜氏になるんですね」と里井さん。機械化が進んだ現在の酒造りにおいても、長年経験を積み重ねてきた杜氏が果たす役割の大きさは変わりません。
海路交通や「六甲おろし」も貢献
灘の酒が発展した要因はまだまだあります。灘五郷が海岸地域にあったおかげで、最大の消費地・江戸に運ぶ際に海路を使用でき、陸地からの輸送よりも早く大量の酒を出荷することができました。その際に使用されたのが「樽廻船」。運搬するために用いた樽の杉の香りが酒に移りより華やかに、樽熟成することで酒質も向上したそうです。
ちなみに、江戸へ下っていく酒を見守ってきた「今津灯台」は、航路標識としては日本最古。
阪神タイガースの応援歌で有名な「六甲おろし」とは、おもに冬の時期に吹く季節風。乾燥した六甲おろしが抜けるような向きに蔵を建てることで、窓の開閉だけで酒造りに適した温度湿度の管理ができるようになっています。六甲おろしは無料で利用できる、自然のエアーコンディショナーのような存在なのです。
灘五郷で良質の酒が安定して生産されるのは、このような歴史と風土、技術などがあってこそ。資料館を併設している酒蔵も多いので、ぜひ現地を訪れて灘の酒に触れ、試飲を楽しんでみてはいかがでしょう。
■今回同行いただいた、里井真由美さん
全国47都道府県、着物で世界20カ国以上を食べ歩くフードジャーナリスト。1級フードアナリストや米・食味鑑定士、唎酒師など多くの食資格を持つ。世界の高級レストランから和食・デパ地下グルメスイーツなど幅広い分野で情報発信し、テレビ出演も多数。現在、農林水産省 食料・農業・農村政策審議会委員、フードアクション・ニッポンアンバサダー、フランス観光開発機構オフィシャルレポーターにも任命され、国際的に活躍中。
「灘の酒をもっと身近に感じてもらえる」イベントや試みを実施。大変盛り上がった1年となりました!
有名な灘の酒ですが、若い人たちにその実力の高さが浸透していないのも事実。そこで2017年に灘五郷をあげて取り組んできた試みを、いくつか紹介しましょう。
『Go!Go!灘五郷!』
10月1日の「日本酒の日」から運行開始。
2017年秋から、灘五郷酒造組合と神戸市、西宮市、阪神電鉄が共同で、「灘の酒活性化」への取り組みをスタートしました。その先駆けとして、10月1日の「日本酒の日」から、ラッピングトレイン『Go!Go!灘五郷!』の運行を始めています。運行区間は阪神本線、阪神なんば線、神戸高速線など。このほかに日本酒の特別試飲会や販売会、酒蔵スタンプラリーなどのイベントなどの実施も予定されています。
『灘の酒フェスティバル2017in銀座』
全国各地で灘の酒を知ってもらうイベントが次々と開催されています。2017年9月15・16日に銀座で開催された『灘の酒フェスティバル2017in銀座』もその一つ。土地勘のない首都圏の人々にも、神戸と西宮にまたがる灘の酒の魅力を発見してもらえた貴重な2日間となりました。
『灘の酒造探訪』
2017年10月14日~11月23日の間、『灘の酒造探訪』と銘打ち、灘の酒蔵開放やスタンプラリーが、灘の酒蔵探訪実行委員会の主催で行われました。スタンプを集めて応募すれば、ホテル宿泊券や清酒、食事券や観光施設の招待券などが抽選で当たるため多くの人々で賑わいました。土曜・日曜・祝日限定でしたが、酒蔵をめぐるバスも運行して大好評でした。
上記以外の情報も灘五郷のホームページに掲載されています。これからもいろいろ企画していくとのことなのでぜひ参加してみてください。
ホームページ
さて、後編では、灘の未来を担う若き蔵人たちに登場いただき、灘のこれまでとこれからの取り組みなどを紹介します。
清酒生産量全国1位の兵庫県。 その中心地「灘五郷」を訪ねました<後編>
日本一の生産量を誇る“灘のお酒”が勢揃い! 「灘の酒フェスティバル2017in銀座」取材レポート