「山卸し」とは昔ながらの製法・生酛造りに欠かせない重要な工程【日本酒用語集】
「山卸し(やまおろし)」という言葉を聞いたことはありますか? 知っているという人は、かなり日本酒に精通していますね。今回は、伝統的な日本酒造りの製法において重要な、「山卸し」という工程について紹介していきます。
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「山卸し」は「生酛造り」に欠かせない重要な工程
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「山卸し」とはなんのこと?
「山卸し」とは、「生酛(きもと)造り」という伝統的な日本酒造りの工程のひとつで、「酛摺り(もとすり)」とも呼ばれています。
「山卸し」は、骨の折れる重労働として知られています。この工程で行われるのは、舟を漕ぐときに使う櫂(かい)のような道具で、桶の中の蒸し米と麹を2人1組になってすり潰す作業です。冷気を利用する必要があるため、通常、厳寒期の深夜に数回に分けて行わなければならず、蔵人にとって過酷な作業となります。
現在は、管理が難しく手間がかかることから、「山卸し」を行っている蔵元は少なくなっています。
「山卸し」が必要な「生酛造り(きもとづくり)」とは?
「生酛造り」とは、日本酒を醸造するうえで欠かせない「酒母(しゅぼ)」に、昔ながらの手法で手間と時間をかけて培養した「生酛(きもと)」を用いて酒を仕込む方法のことです。
伝統的な「生酛造り」では、「山卸し」を行い、空気中や蔵の天井など自然に存在する乳酸菌を取り込んで乳酸を生成させ、酵母を増殖させて酒母を造ります。酒母ができるまでに3週間から1か月ほどを要しますが、こうしてできた「生酛」で醸すと、芳醇な酒に仕上がるといわれています。
ちなみに、酒母に乳酸が必要な理由は、不要な雑菌を死滅させて酒母を腐敗から守り、酵母の増殖を促すためです。健全に育まれた“酵母の塊”=酒母を使うことで、理想的なアルコール発酵が期待できます。
現代の「山卸し」事情
昔ながらの桶と櫂を使って手作業で「山卸し」を行っている蔵元もありますが、現代ではその方法も変わってきています。
衛生面を重視してステンレス製の桶を用いたり、電動の撹拌棒を使ったり、櫂で蒸し米をすり潰すのではなく、専用の長靴を履いた蔵人が踏みながら潰したりと、蔵元によってさまざまです。
「山卸し」の定義では、手法や米の潰し具合についての決まりはないといわれていますが、粘りが出すぎると酵母の増殖に支障が出るため、絶妙な塩梅で作業を行う必要があります。
「山卸し」を行う「生酛」造りの日本酒とはどんなお酒?
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「生酛造り」は稀少な日本酒
「山卸し」が必要な「生酛造り」は、重労働なうえ、自然に自生する乳酸菌を利用するため、酒母ができるまでにも時間がかかります。そのため、一般的には人工の乳酸を用いて酒母造りが行われています。
人工の乳酸を用いて造られる酒母のことを、「速醸酛(そくじょうもと)」といいます。「速醸酛」は、醸造用の純度の高い乳酸を使って造られるので、完成するまでの時間が約2週間と短く、できあがった酒母も管理しやすいのが特徴です。
このような理由から、「生酛造り」を採用する蔵元は減少していて、「生酛造り」の日本酒も全体の約1%しかないといわれるほど、貴重な存在になっています。しかし、近年では、昔ながらの製法が見直され、「生酛造り」に取り組む蔵元が少しずつ増えてきているようです。
ただし、「生酛だからよい」ということではありません。製法の異なるお酒には、それぞれに違った魅力があります。「生酛造り」も、“多彩な日本酒のタイプのひとつ”と捉えておくとよいでしょう。
「山卸し」を行う「生酛造り」の味わいとおすすめ銘柄
「生酛造り」で醸す日本酒は、一般的に、豊かな香味と濃醇な味わい、キレのよさが特徴の、しっかりとした酒質に仕上がる傾向にあります。ぜひおすすめしたい「生酛造り」の銘柄を紹介しましょう。
【大七 純米生酛】
山田錦100%の純米生酛。お米由来の豊かなコクと旨味、酸味が見事に調和した、バランスのよい味わいの酒です。キレのよい後味で、燗酒にもピッタリです。蔵元のおすすめは、40~45度程度のぬる燗だそう。
「大七 純米生酛」を醸すのは、福島県二本松に蔵を構える大七酒造。全ラインナップが「生酛造り」という、こだわりと信念をもつ蔵元です。
製造元:大七酒造株式会社
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【睡龍 生もとのどぶ】
こちらも「生酛造り」の純米にごり酒。かなり濃厚なにごり具合ですが、見た目に反してキリッとしていてやや淡麗辛口の味わいが特徴です。とろりとしたした口当たりで、落ち着きのある旨味とほどよい甘味も感じられます。
「睡龍 生もとのどぶ」は、“日本酒発祥の地”とされる奈良県大宇陀(おおうだ)の地で300年続く老舗蔵、久保本家酒造が醸造しています。
製造元:株式会社久保本家酒造
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「山卸し」を廃した「山廃」の特徴は?
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「山卸し」の作業をせずに同じ効果が得られる「山廃仕込み」
「生酛造り」と似た日本酒の製造方法に、「山廃仕込み」があります。「山廃仕込み」は「生酛造り」の進化系とも捉えられている製法で、技術革新が進んだ明治時代に登場しました。
「山廃仕込み」とは、かんたんにいうと、「山卸し」を行わずに酒母を造り、日本酒を醸す方法のことです。「山卸し」を行わずに造った酒母のことを、「山廃酛(やまはいもと)」といいます。
「山廃酛」は、明治42年(1909年)に国立の醸造試験所(現在の酒類総合研究所)で開発された酒母です。研究で「山廃酛」と、「山卸し」で造られる「生酛」とを比べてみたところ、酵母の質や酒のできあがりにそれほど違いがないことがわかったそう。「山廃酛」が開発されたことにより、「山卸し」を行わない蔵元が増えていったといわれています。
「山廃仕込み」では、原料を投入する順番を変え、麹の働きで自然に自生する乳酸菌を取り込み、乳酸を発生させて酒母を造ります。このように自然培養を行う山廃も、それなりに手間と時間のかかる手法であることに変わりはありません。
ちなみに、「山卸し」を「廃止」したので「山廃」と呼ばれていますが、正式名称は「山卸廃止酛仕込み」です。
「山卸し」を廃した「山廃仕込み」の味わいとおすすめ銘柄
「山廃」で仕込んだ日本酒も、「生酛造り」と同じように深みのある味わいとコクが特徴ですが、「生酛造り」よりもややどっしりとした印象もあります。山廃のおすすめ銘柄を、ぜひ味わってみてください。
【菊姫 山廃純米】
日本酒業界で初めてラベルに「山廃仕込」と表示した銘柄。ナッツやカラメルを連想させる芳醇な香りと米のふくよかな旨味を感じられる酒で、豊かなコクと風味が口の中に広がります。飲みごたえのある山廃純米は、石川県鶴来の老舗蔵・菊姫が醸しています。
製造元:菊姫合資会社
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【農口尚彦研究所 山廃 五百万石 無濾過生原酒】
北陸産の酒造好適米「五百万石」を使用した無濾過生原酒。フルーティーな香りとやさしい酸味、濃厚なコクのある重厚感のある味わいながら、キレのあるのど越しが特徴的です。この酒は、山廃ブームの火付け役で、“酒造りの神様“とも称される名杜氏、農口尚彦氏が手がけています。
製造元:農口尚彦研究所
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「山卸し」を行って造る「生酛」、「山卸し」を行わずに造られる「山廃酛」、そして近年主流の「速醸酛」と、日本酒造りに使われる酒母ひとつとっても、奥が深いことがわかります。それぞれの造りの違いを知ったうえで日本酒を味わえば、たのしみが一層広がるのではないでしょうか。