「山廃(やまはい)」とは?生酛(きもと)系の酒母が生む日本酒の味わいやおすすめ銘柄を紹介!
「山廃(やまはい)仕込み」の日本酒とは、酒母造りの工程で現在主流の「速醸法」と対極の、非常に時間と手間暇のかかる生酛(きもと)系酒母で醸したお酒です。水麹を使用して生酛造りから蔵人泣かせの重労働「山卸(やまおろし)作業」を廃しているので「山廃」。適度な酸や深い味わい、濃醇なコクが味わいが特徴で、燗酒がおすすめです。
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目次
「山廃」とは昔ながらの「酒母造り」の技法
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「山廃」とは、日本酒造りにおける「酒母造り」の技法のひとつです。「山廃」や「山廃造り」について理解するためには、まず「酒母」について知っておく必要があります。
「酒母」とは日本酒を醸造する際のベースとなる、「日本酒の母」のような存在で、大量培養した酵母を含む液体を指し、糖をアルコールに変えるという重要な役割を果たします。酒造りの格言に「一麹、二酛、三造り」とあるとおり、古くは「酛(もと)」と呼ばれていた「酒母」は、酒造りにおいて重要な工程となっています。
「酒母」は、麹と水に酵母、蒸米を加えて2週間~1か月程度で造られますが、この工程に欠かせないものが乳酸です。乳酸には雑菌を除去し、優良な酵母を繁殖しやすくする働きがあります。現在では人工の液体乳酸を使用することが多く、このような技法は「速醸(そくじょう)造り」と呼ばれています。
「速醸造り」の技法が誕生する前は、蔵にある天然の乳酸菌を取り入れる「生酛造り」が主流でしたが、「生酛造り」は手間と時間がかかる製法です。そのため、のちに一部の工程を廃した新しい技法として、「山廃仕込み」が生まれたのです。
生酛造りから「山卸」を「廃した」から「山廃」
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蔵の乳酸菌で酵母の発酵を促す「生酛造り」
「山廃仕込み」のもとになった「生酛造り」は、江戸時代に確立された酒母造りの技法です。「生酛造り」では、蔵の壁や天井、空気中などにある天然の乳酸菌を取り込んで、時間をかけて培養します。
人工の乳酸を添加するのとは異なり、乳酸菌を一から手作りする「生酛造り」では、多大な時間と手間が求められます。とくに、米と麹を混ぜ合わせてすり潰し、どろどろの状態にして乳酸菌の発生を促す「山卸(やまおろし)」の工程は、骨の折れる作業として知られてきました。
蔵人泣かせの「山卸作業」
「山卸」は、2~3人が一組になって行います。「半切り桶」という浅い桶のなかに麹と蒸米と水を仕込み、櫂(かい)のような道具を使ってすり潰すことで、米が溶けデンプンが糖化するのを促します。桶ひとつにつき15分ほどかけてすり潰し、これを3時間ごとに複数回繰り返さなくてはなりません。
「山卸」は、酒造りの前後工程の都合上、厳寒期の深夜から早朝にかけて行うのが一般的なので、蔵人にとって過酷な重労働といえます。
「水麹」を用いることで「山卸」を廃したから「山廃」
「山廃仕込み」は、「生酛造り」においてとりわけ過酷な作業である「山卸」の工程を廃した技法です。「山廃仕込み」は、蒸米をすり潰すのではなく、あらかじめ水に麹の酵素を溶かした「水麹(みずこうじ)」を使用することで「山卸」と同様の効果を得るというものです。
明治末期に生まれたこの新しい技法は、日本酒の製造技術の進歩や酒造好適米の進化など、さまざまな要因の恩恵により実現されました。
「山廃仕込み」の日本酒が注目される理由
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山廃仕込みの日本酒は、今では稀少な存在に
山廃仕込みは、もともとの生酛造りと合わせて「生酛系」と呼ばれますが、いずれも手間と時間を必要とし、酒母造りが終わるまでに約4週間を要します。
そこで、明治の終わりになって確立されたのが、人工の乳酸を添加する「速醸(そくじょう)系」の酒母造りです。約2週間という「生酛系」の半分の時間で酒母造りが完了し、品質も安定しやすいことから、今ではほとんどの蔵元が速醸系を採用。速醸、山廃、生酛の割合が、90:9:1(※)といわれているほどになっています。
出典:J.S.A.SAKE DIPLOMA教本(一般社団法人日本ソムリエ協会)
山廃仕込みを守り続けている蔵元も
速醸系が主体となった現在でも、少なくない数の蔵元が山廃仕込みの酒造りを続けています。
天然の乳酸の成長をじっくりと待って育てられた酵母は、速醸系の酵母に比べて強健です。このため旨味や酸の乗った日本酒に仕上がる傾向があり、その味わいは多くのファンを魅了しています。
また「蔵つき」と呼ばれる、蔵に住み着く乳酸菌や酵母を取り込むことで、その蔵元ならではの独特な味わいが生まれ、ほかの銘柄にはない個性にもつながっているといわれています。
「山廃仕込み」の日本酒の味わいとたのしみ方
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山廃仕込みの日本酒の味わい、その特徴は?
山廃仕込みの日本酒は、天然の乳酸菌を含め、さまざまな微生物のもとで育った「野生」の酒母ならではの、適度な酸や深い味わい、濃醇なコクがあります。
これらの特徴は、生酛造りの日本酒と共通するものですが、両者の味わいがまったく同じというわけではありません。もともと山廃は、水麹を用いることで、山卸を廃止しても生酛造りと同様の効果が得られると広まったものですが、酒造りの手法が違えば、やはり味わいにも影響があると感じている造り手や愛好家が少なくありません。
日本酒の味わいにはさまざまな要素が関係しているので、一概にはいえませんが、「山廃」は苦味や酸味をしっかりと感じられるどっしりした味わい、「生酛」は奥行きがありながら透明感のある味わいとなる傾向があるようです。
個性ある「山廃」のたのしみ方
山廃仕込みの日本酒ならではの、しっかりした味わいをたのしむなら、冷酒よりも燗酒がオススメ。
冷酒の場合、強めの酸や苦味によって、やや硬い印象を受けることもありますが、温めることで味がまとまり、やわらかな口当たりがたのしめます。冷酒と燗酒を飲み比べてみると「山廃」の燗上がりぶりが実感できるでしょう。
燗の温度は少し高め、「上燗(じょうかん)」といわれる45度から、50度の熱燗くらいが最適といわれますが、いろいろな温度で試してみるのも一興です。
おすすめの「山廃仕込み」の日本酒
「菊姫 山廃純米」菊姫合資会社
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石川県にある菊姫が醸す「菊姫 山廃純米」は、昭和58年(1983年)に日本酒業界で初めて「山廃仕込」と表示して発売された純米酒です。
ナッツやカラメルのような香りと力強い酸味、しっかりとした米の旨味が感じられる濃醇な味わいが魅力で、蔵元はその飲み応えのある味わいを「好き嫌いのはっきり分かれる『男酒』」と表現しています。
菊姫は、日本酒本来の旨味を引き出すためろ過に用いる活性炭の使用量を必要最小限に抑えるとともに、ある程度熟成させてから出荷されるため、透明ではなくほんのりと黄金色をしているのが特徴です。
「山廃仕込み」のお酒としては定番といえる「菊姫 山廃純米」は、しっかりとしたコクがありながら飲み飽きない味わいで、多くのファンを持つお酒です。
製造元:菊姫合資会社
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「天狗舞 山廃仕込純米酒」車多(しゃた)酒造
車多酒造は、石川県で文政6年(1823年)に創業した蔵元です。「天狗舞」は車多酒造の代表銘柄であり、山廃仕込みの代名詞ともいえる定番となっています。
「天狗舞 山廃仕込純米酒」は、山廃仕込みならではの濃厚な香りと酸味が感じられる個性豊かな純米酒です。濃醇でありながらもクセが強すぎないため、初めて山廃仕込みに挑戦する人にも比較的飲みやすいでしょう。
ろ過の際の活性炭の量を抑え、熟成させてから瓶詰めしていることに加え、一般的な蔵元よりも麹菌を繁殖させる方法で麹を作っていることから、美しい山吹色をしています。
冷酒から熱燗まで幅広い温度帯でたのしめますが、40度程度のぬる燗や常温(20度程度)の冷や(ひや)で飲むのがとくにおすすめです。刺身や焼き魚などの魚料理のほか肉料理、洋食など、さまざまな料理との相性もよいお酒です。」
製造元:株式会社車多酒造
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「山廃純米酒(特別純米酒)」飛良泉(ひらいずみ)本舗
秋田県にある飛良泉本舗は室町時代にあたる長享元年(1487年)に創業し、東北では1番、全国では3番目に長い歴史を持つ蔵元です。
飛良泉の日本酒は秋田のお酒のなかでも酸味が強く、山廃仕込みを主流としているのが特徴です。「山廃純米酒(特別純米酒)」はふくらみのある味わいと快い酸味を持ち、食中酒として魚料理にも肉料理にも合わせやすいお酒です。
また、飛良泉では、特徴的な酵母を選んで山廃仕込みで醸し、酵母による香りや味わいの違いがたのしめる「マル飛シリーズ」を展開。令和2醸造年度(2020-2021)からは毎年2種ずつ仕込みを行っていくとしています。
令和2醸造年度の商品の特徴を挙げると、「NO.15酵母」を使用した「マル飛 NO.15」はしっかりとした酒質と山廃独自の酸に落ち着いた香りが調和していて、「きょうかい77号酵母」を使用した「マル飛 NO.77」はリンゴ酸量が多く、白ワインのような味わいに仕上がっています。酵母の違いを感じてみてはいかがでしょう。
製造元:飛良泉本舗
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「雪の茅舎 秘伝山廃 山廃純米吟醸」齋彌(さいや)酒造店
秋田県の齋彌酒造店は、明治35年(1902年)創業の蔵元です。長らく「由利正宗(ゆりまさむね)」を代表銘柄としていましたが、近年では「雪の茅舎(ゆきのぼうしゃ)」の蔵元として知られています。
「雪の茅舎」は、地元で蔵人たち自身が育てた酒造好適米「秋田酒こまち」が使用されているほか、製造工程で「櫂(かい)入れ」「ろ過」「割水」をしないなど、酵母の働きを活かしたこだわりの製法で造られています。
「雪の茅舎 秘伝山廃 山廃純米吟醸」は山廃ならではの濃醇な味わいがありながらも重すぎず、華やいだ香りときめ細やかな味わいが魅力のお酒です。冷酒からお燗まで、幅広い温度帯でおいしく味わえます。
「雪の茅舎」で展開している山廃仕込みのお酒としては、ほかに適度な酸味があり飲み飽きしない味わいの「山廃純米」や、キレのよい味わいの「山廃本醸造」、生貯蔵酒「奥伝(おくでん) 山廃」といったラインナップがあります。
製造元:株式会社齋彌酒造店
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「伝承山廃純米 末廣」末廣(すえひろ)酒造
福島県にある末廣酒造は、江戸時代にあたる嘉永3年(1850年)創業の蔵元です。地元の契約農家によって栽培された米を使用するなど、会津の米、水、人にこだわった酒造りを行っています。
明治末期に初めて山廃仕込みを考案した嘉儀(かぎ)金一郎氏が大正初期に試験醸造を行ったのが末廣酒造の蔵であり、以降、末廣酒造では伝統の山廃仕込みが伝承されています。
「伝承山廃純米 末廣」は酸味と甘味のバランスがよい、飲み飽きない味わいです。冷やしても燗をつけてもおいしく味わえます。
山廃仕込のお酒としては、ほかにみずみずしい吟醸香と米の旨味が調和した「山廃純米吟醸」もあり、上品な味わいが魅力です。
製造元:末廣酒造株式会社
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「生酛造り」から生まれた「山廃仕込み」は、現在主流である「速醸造り」と比べて手間と時間がかかりますが、独自の旨味や酸が魅力の味わいになり、多くの日本酒ファンから愛されています。蔵元のこだわりに思いを馳せながら、じっくり味わいたいですね。