「鍋島(なべしま)」は、佐賀を代表する地酒

「鍋島(なべしま)」は、佐賀を代表する地酒
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「鍋島」は、大正以来の歴史をもつ佐賀の蔵元、富久千代酒造が「地元で長く愛される地酒」をめざして造った日本酒。国内外で数々の賞を獲得し、入手困難なことから“幻の酒”とも呼ばれる「鍋島」。その歴史や魅力を紹介します。

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「鍋島」を生んだ佐賀の酒造りの歴史

「鍋島」を生んだ佐賀の酒造りの歴史

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「鍋島」の造り手は、有明海に面した佐賀県鹿島市浜町に蔵を構える富久千代(ふくちよ)酒造。国内外の数々の賞に輝き、世界に認められた「鍋島」は、まさに佐賀県の誇る地酒です。

佐賀のお酒といえば焼酎のイメージをもつ人も多いでしょうが、佐賀は昔から酒処としても知られています。
日本酒造りが盛んになったのは、江戸時代末期に、名君として知られた佐賀藩主、鍋島直正公が、藩の財政再建のため農閉期に余剰米で酒造りを奨励したことが始まりとされています。

もともと佐賀は、長崎との県境にある多良岳(たらだけ)山系からの良質な地下水と、米を育てるのに適した豊かな土壌に恵まれ、良質な米が作られる“米処”として知られていました。
質のよい米、質のよい水から生まれる佐賀の日本酒は、九州だけでなく、広く全国で飲まれていたようです。
最盛期には700もの蔵元があったという記録があり、現在でも肥前浜宿(ひぜんはましゅく)は酒蔵通りと呼ばれる古く美しい町並みが残されていて、大勢の観光客で賑わっています。

「鍋島」の蔵元、富久千代酒造の酒造り

「鍋島」の蔵元、富久千代酒造の酒造り

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「鍋島」を世に送り出した富久千代酒造の創業は大正末期。以来、およそ90年にわたって酒造りを続けてきました。

富久千代酒造の酒造りの特徴は、大量生産ではなく、銘柄ごとの個性を大切にしたクリエイティブな酒造り。年間の生産量は約450石。一升瓶にすれば45,000本分ですから、その人気のわりには意外なほどに小規模。全国的な需要には追いつかないことから“幻の酒”と呼ばれることもあるのだとか。

量を追わないだけに、質へのこだわりが強く、地元の良質な水と、豊かな土壌で育った米を使い、やさしく五感を刺激し、馴染んでいく“自然体のお酒”をモットーとした酒造りが身上。バランスがよく深い味わいで日本酒ファンをうならせています。

「鍋島」は日本酒業界の変革期に生まれた酒

「鍋島」は日本酒業界の変革期に生まれた酒

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「鍋島」は、今では富久千代酒造を代表する銘柄ですが、その歴史は意外なほどに浅く、誕生したのは1998年のこと。現在の当主である飯盛直喜氏によって生み出されました。

飯盛氏が富久千代酒造で酒造りを始めたのは80年代後半、日本酒業界がまさに変革期を迎えた時期でした。酒類免許の緩和により、お酒の取り扱いが簡単になったことで、値段の安いお酒がディスカウントショップやスーパーなどに出回り、多くの酒屋さんが倒産の憂き目にあいました。佐賀県も例外ではなく、地域の酒店を主体とした従来の販売網が大きな変わろうとしていたのです。

こうした環境変化のなかで生き残っていくために、飯盛氏の出した方針は、これまでのやり方ではなく、造る側と売る側が同じ目線でパートナーシップを組み、ともに手を取り合って地元に長く愛される地酒を造るというものでした。
同様に日本酒の将来を考えていた地元の酒屋さんたちと語り合い、試行錯誤を重ねた末に、誕生したのが「鍋島」でした。

この銘柄名を決めるにあたっては、地元で長く愛される地酒にしたいという想いから、佐賀の人々に一般公募。多くの案が寄せられたなか、300年にわたり佐賀の地を治めてきた鍋島家の名をとって「鍋島」と名づけられました。
こうして完成した「鍋島」は、その後数々の栄光を手にし、世界に羽ばたいていくことになります。

「鍋島」の実力を世に知らしめた、輝かしい受賞歴

「鍋島」の実力を世に知らしめた、輝かしい受賞歴

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「鍋島」は輝かしい受賞歴を誇りますが、その皮切りとなったのが2002年に東京で開催された、日本酒のおいしさを国内外にアピールする「国際酒祭り」での優勝でした。
全国から116もの蔵元が参加し、200以上の銘柄が競い合ったこのコンテストで優勝したことで、「鍋島」は一躍全国区の存在となります。これは一過性のものでなく。翌2003年から、全国新酒鑑評会において7年連続で金賞に輝き、「鍋島」の確かな実力を証明します。

国内だけでなく、2007年にはハワイで行われた「全米日本酒歓評会」で303銘柄のなかから堂々の金賞に輝くなど、その躍進はとどまるところを知りません。さらに、2011年には世界最大規模にして最高権威といわれる「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」で、468もの銘柄を押しのけ最優秀賞“チャンピオン、サケ”に選ばれました。
「地元に愛される佐賀の地酒を造りたい」という一途な想いは、いつしか佐賀から九州へ、そして日本全土に認められ、ついには日本を代表する銘柄へと成長していったのです。

「鍋島」がワールドクラスになっても、富久千代酒造はクリエイティブな仕事、愛される地酒造りにこだわり、これまでどおり、量を追うことなく、ていねいな酒造りを続けています。
飯盛氏が「鍋島は永遠に未完成」と語るように、日本酒造りにゴールはありません。年ごとに異なる米のでき映えを確かめながら、日本酒のさらなる高みをめざして、鍋島は年々、変化し続けています。

たとえば2005年には、明治期の酒米「鍋島米」の存在を知り、無農薬農家の協力のもと、鍋島米による「鍋島」造りが始まりました。さまざまな縁に支えられながら、これからも「鍋島」は進化を続け、地元・佐賀で、そして世界で愛され続けることでしょう。

「鍋島」の酒造りを通じて、マチとムラをつなぐ

「鍋島」の酒造りを通じて、マチとムラをつなぐ

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「鍋島」を通じて、国内外に佐賀の魅力を発信し続けている富久千代酒造では、2002年から、マチとムラをつなぐ「グリーンツーリズム」という取り組みを行っています。

酒造りには自然の恵みが欠かせませんが、美しい自然を守っていくためには、相応の努力が必要です。「グリーンツーリズム」の目的は、美しいムラの魅力を、マチに暮らす人たちにも知ってもらうこと。それも、観光客として訪れるのでなく、ともに酒造りを体験することで、郷土への想いや酒造りへの情熱を共有してもらうことをテーマとしています。

「グリーンツーリズム」では、酒米の田植えから酒の仕込みまで、一年を通じて家族で体験できるイベントや、山や海での昆虫採集、干潟体験、川遊び、農業体験とさまざまな取り組みが用意されています。
さらに、高齢化が進むなか、第二の人生を心豊かに暮らしていけるよう農業民泊での交流を通し「生きがいづくりとしてのグリーンツーリズム」も展開しています。

大地の恵みに感謝しながら、ムラとマチ、心と命をつなげていく――こうした富久千代酒造の試みは、「鍋島」という佐賀の自然の恵みの結晶とともに、国内に広く伝わり、佐賀の酒造りの伝統を未来につなげていくことでしょう。

長く愛され続ける佐賀の地酒をめざして造られた「鍋島」は、全国区の存在となり、今や“幻の酒”といわれる銘柄に成長しています。自然の恵みを活かしてていねいに造られる「鍋島」、ぜひ一度、味わってほしいものです。

製造元:富久千代酒造有限会社
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