地方創生を担う、進化形酒蔵が目指す未来の酒造りとは 〜北海道・上川大雪酒造〜

地方創生を担う、進化形酒蔵が目指す未来の酒造りとは 〜北海道・上川大雪酒造〜

北海道に12番目の日本酒蔵として誕生した上川大雪(かみかわたいせつ)酒造。上川町に続いて帯広市や函館市にも酒蔵を設立し、地域との連携を深めながら事業を展開するスタイルが全国から注目を集め話題となりました。3蔵を統括し総杜氏を務める川端氏に、酒造りを通した地方創生の取り組みについて話をお聞きしました。

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休眠していた酒蔵が移転、北海道に誕生した新時代スタイルの日本酒蔵

2017年、北海道の観光名所として知られる層雲峡温泉を有する上川町に、かつて日本酒造りをしていて、その後は休眠中だった三重県の酒蔵が移転。社名を「上川大雪酒造株式会社」に変更し、北海道産の酒米と豊富な天然水で醸す日本酒造りを始めました。

「過疎化が進む地方で街を活性化するには酒蔵の存在は効果的なのでは」との考えから、「コンパクトかつコストを抑えた酒蔵を作ることで、街を活気づけたいと考えている方々に、自分たちにもできるのではないかと思ってもらえるような、地方創生のモデルケースの酒蔵にしよう」との構想で設立され、建坪はわずか80坪。
酒造りをより効率的にできるよう作業動線が配慮され、外階段を上がると、来客が2階の窓から工場内を見学でき、隣接するギフトショップでは日本酒や酒器のほか、地元の特産品を購入できるなど、今では上川町の人気の観光スポットとなりました。

緑に囲まれたシックな外観の酒蔵は「上川大雪酒造 緑丘蔵(りょっきゅうぐら)」と命名。

緑に囲まれたシックな外観の酒蔵は「上川大雪酒造 緑丘蔵(りょっきゅうぐら)」と命名。

酒蔵に隣接したショップには、町内近郊のみならず、遠方からドライブを兼ねて訪れるお客さまも多いそう。

酒蔵に隣接したショップには、町内近郊のみならず、遠方からドライブを兼ねて訪れるお客さまも多いそう。

店内では日本酒のほか、緑丘蔵で造られた貴重な焼酎や、酒器、手ぬぐいなどのグッズ、地元の特産品などを販売しています。

店内では日本酒のほか、緑丘蔵で造られた貴重な焼酎や、酒器、手ぬぐいなどのグッズ、地元の特産品などを販売しています。

日本酒ファンが支持するカリスマ杜氏が目指す、北海道の地酒とは

上川町の緑丘蔵に続いて、2020年には帯広市に「碧雲(へきうん)蔵」、2021年には函館市に「五稜乃(ごりょうの)蔵」を設立。北海道を代表する酒蔵となった上川大雪酒造の3つの蔵の総杜氏を務めるのが川端慎治さんです。

北海道小樽市出身の川端さんは、金沢大学在学中に味わった日本酒に感銘を受け、酒造りの世界へ。その後、数軒の日本酒蔵で研鑽を積んだ後、地元北海道へ戻り、酒造会社に入社し杜氏に就任。当時から、川端杜氏の技術力の高さから生み出されるお酒は、日本酒業界や愛好家の間で評判でした。

酒造会社を退職したのち、上川大雪酒造の設立メンバーとして開設の準備を始めたところ、川端さんが杜氏に就任することを知った日本酒ファンの間で、移籍は大きな話題となり、初リリース後は、期待を裏切らない、雪解け水のような清涼感の中に上品な米の旨みを感じられる酒質から、またたく間に全国区のお酒に。

これまで、北海道の地酒は淡麗な飲み口のものが多いことで知られていましたが、上川大雪酒造のお酒は、「清涼感と同時に、丁寧に醸し出されたお米の旨みを味わえる」と高い評価を得ました。

(川端総杜氏)新しく酒蔵を造るにあたって、これまで数々の酒蔵で学んできた知識やアイデアを設計から活かしました。
昔から、“少人数で丁寧に上質なお酒を造って、その味わいをちゃんと評価してもらえるマーケットがあって、そこに向けて販売する仕組み”の中で酒造りをしたいと思っていたので、コンパクトな酒蔵設計のイメージは以前から持っていたんです。

原料処理や麹造り、酒母造り、醪タンク、搾りなど、すべての作業効率を考えた配置にして、醸造機器も広さに合わせて特注品にしました。蔵の中がコンパクトなので動きやすいのはもちろんですが、蔵人に仕事を教え、目を行き届かせながらも、自分も別の作業ができる利便性もあって、それほど人数を要さずに酒造りができています。
蔵人は醸造期間中でも月に8日は休めるようにしているので、1つの工程を任せる人が2人は必要になりますが、他の人の仕事をすぐそばで見られるのでみんな覚えが早いですね。

コンパクトかつ作業しやすい酒蔵内

コンパクトかつ作業しやすい酒蔵内

(川端総杜氏)お米は10kgずつ手作業で洗い、浸漬(吸水)は産地ごとに細かな加減をしています。麹はすべて手作りで、醪(もろみ)タンクも小さめ。一般的な大吟醸酒の仕込みのような丁寧な仕込みを、レギュラー酒からすべての酒造りで行なっています。それが、うちのお酒がクリアで飲みやすいと言われる所以の一つです。

麹室で麹造りについて話す川端総杜氏。 「麹は料理でいう「だし」のようなもの。昆布の産地によって出汁の味が変わるように、お酒も、どの種麹を使ってどう作るかで酒質が大きく変わります。麹造りは本当に重要で奥が深いです」。

麹室で麹造りについて話す川端総杜氏。
「麹は料理でいう「だし」のようなもの。昆布の産地によって出汁の味が変わるように、お酒も、どの種麹を使ってどう作るかで酒質が大きく変わります。麹造りは本当に重要で奥が深いです」。

麹室には外から見られる見学者用の窓があり、室中からは四季折々の風景が。 「夏は緑の木々、冬は雪景色が見られる麹室がある酒蔵は日本で初めてだと思います(笑)」。(川端総杜氏)

麹室には外から見られる見学者用の窓があり、室中からは四季折々の風景が。
「夏は緑の木々、冬は雪景色が見られる麹室がある酒蔵は日本で初めてだと思います(笑)」。(川端総杜氏)

北海道の酒米を通して生まれた酒造りのセオリー

北海道へ約15年前に戻って以来、北海道産の酒米での酒造りを続ける川端総杜氏ですが、当初はなかなか思うような味わいを出せず苦戦したと振り返ります。

(川端総杜氏)最初に戻った酒造会社で、初めは本州の酒蔵にいた時のような味わいが出ず苦戦しました。水の違いなのか、機械なのか、自分の技術なのか…深く原因を探っていくと、酒造りのデータに“ある法則”が見えてきたのですが、それがどうやら酒米が大きく関与するものだと分かりました。
酒造会社があるエリアは「吟風」の一大産地なので、吟風を使用した酒造りに取り組んだのですが、本州の酒米、特に自分が長く扱ってきた「山田錦」とは大きな違いがあったんです。

イネ科の植物は『感光性遺伝子』を持つので、本州の酒米は日の長さが生育に大きな影響を与えるのですが、北海道の酒米はその遺伝子が欠けていて、気温の影響を受ける『感温性遺伝子』が働くことが解析で分かりました。

遺伝子レベルで酒米に違いがあると、当然、酒造りにも違いが生まれます。
そこで、それまで扱ってきた本州の酒米の概念を一度頭から外して、北海道で育った酒米と向き合い、酒造りの際のデータを細かく分析しながら経過を追っていったところ、イメージする酒質のお酒ができあがりました。

この時、従来の教えの酒造りに囚われるのではなく、酒米や水など、その土地の気候風土をしっかり肌で感じながら酒造りと向き合うことがとても大切だと、改めて気付かされました。何度も試みて、うまくいかなかったら「何故なのか」をしっかり考えて、また試みる。それを繰り返していると、少しずつ、“オリジナルの酒造りのセオリー”ができてきます。こうして私の北海道の酒米を使った酒造りのベースが生まれましたが、これが、今の上川大雪酒造の酒造りの基本になっています。

北海道産の酒米の稲は、本州の酒米に比べて背丈が低いのが特長。

北海道産の酒米の稲は、本州の酒米に比べて背丈が低いのが特長。

深まる生産者との絆 毎年恒例となった酒米勉強会

2018年から酒米を育てる生産者との勉強会を毎年欠かさず開催し、交流を深めながら前向きな意見交換を行うことで、よりおいしい酒造りができるようになったと語る川端総杜氏。北海道内の各産地に、実際に足を運んで育成の状況を共有することは、酒質を設計していく上で貴重な情報になると話してくれました。

(川端総杜氏)年に一度、生産者さんたちと集まる勉強会には、帯広や函館からも杜氏や蔵人が参加し、夜は懇親会を開いて親睦を深めています。私たちは、酒米の産地ごとに醪(もろみ)のタンクを分けて醸造していて、「名寄彗星」や「砂川彗星」など、酒米の地域を銘柄名にして、その地域の酒販店でしか買えないお酒も造っているのですが、生産者さん同士が、「うちの酒、どう?」などと言いながら、みんなで飲み比べをして盛り上がるんです。
その様子を見ていると、広い北海道で、中にはポツンと1人で酒米を育てている方もいらっしゃいますが、その方たちが、志を共にする仲間と繋がる様子が見られてうれしくて。

よいお米を造ってもらって、それを美味しいお酒にして味わってもらえることは皆さんへの最大の恩返しで、そして、私たちはもちろんのこと、生産者さんにとっても、日々のモチベーションになるのではないかと感じています。

産地と酒米が記されているお酒のタンク。

産地と酒米が記されているお酒のタンク。

酒蔵のある上川町は、気候的にうるち米が厳しく「もち米」しか育てられないですが、隣の愛別町は食米よりも酒米の方が気候条件に合うそう。愛別町には約45年前まで「大雪山酒造」という酒蔵があり(現在は廃業)、その当時の杜氏が、お米を作られているそうです。

酒蔵のある上川町は、気候的にうるち米が厳しく「もち米」しか育てられないですが、隣の愛別町は食米よりも酒米の方が気候条件に合うそう。愛別町には約45年前まで「大雪山酒造」という酒蔵があり(現在は廃業)、その当時の杜氏が、お米を作られているそうです。

完璧すぎる酒より“飲まさる酒”を目指して

今年の春、札幌国税局による新酒鑑評会で、上川大雪酒造 緑丘蔵から出品された5点のお酒のうち、3点が、最高の金賞を受賞。ところが、川端総杜氏はじめ、緑丘蔵の小岩杜氏や蔵人たちは、「それはそれで問題」と、頭を悩ませたといいます。

(川端総杜氏)鑑定官の先生方など、プロの方がきき酒して「良し」とされるお酒というのは、一般的に「きれいなお酒」と評価される味だと思うんです。でも、欠点がない、きれいな酒がよい酒という訳じゃない。欠点がない酒は、欠点がある酒よりもつまらないんじゃないかと。
キャラクターが立った“特長があっておいしい酒”が、上川大雪酒造らしい酒だよねとみんなと話しました。もちろん、金賞を3ついただけたのはとてもうれしいことですが(笑)。

緑丘蔵の小岩隆一杜氏(左)と川端慎治総杜氏 北海道江別市出身の小岩杜氏は日本酒蔵や味醂蔵を経て上川大雪酒造へ。2020年、杜氏に就任。

緑丘蔵の小岩隆一杜氏(左)と川端慎治総杜氏
北海道江別市出身の小岩杜氏は日本酒蔵や味醂蔵を経て上川大雪酒造へ。2020年、杜氏に就任。

「北海道弁でいう『飲まさる(ついつい飲んでしまう)酒』がうちの目指す酒」。と川端総杜氏。そこには、地元・北海道民の食卓で、料理に合わせて酒米別のお酒を味わってもらえるような、生活に溶け込んだ酒でありたいという思いが込められています。

(川端総杜氏)上川大雪酒造でお酒を造るようになって、地元の皆さんに「うちの酒」と呼んでもらえるほど親しまれているのを日々実感しています。やはり日本酒は日本の文化でもあるので、私たちの生活のさまざまな場面に縁があり、馴染みやすい。それだけに、酒造りと地域との関わりはとても深いものがあると感じています。

帯広の碧雲蔵は帯広畜産大学と、函館の五稜乃蔵は地元の企業と提携して、それぞれの地域に根差した酒造りを展開していますが、熱意のある地域の団体や自治体と力を合わせると、地方創生の実現は必ずできます。まだまだ未来に向けて、チャレンジしていきたいですね。


上川町内には、グループ会社が運営するレストランやホテル、チーズ工房もあり、多角的な事業展開に注目を集める上川大雪酒造。地域とのしっかりとした繋がりのもと、地方創生事業も担う酒蔵の今後に目が離せません。

上川町産の生乳でつくるチーズ、ヨーグルトや、焼きたてパンなどを販売する「KAMIKAWA KITCHEN」

上川町産の生乳でつくるチーズ、ヨーグルトや、焼きたてパンなどを販売する「KAMIKAWA KITCHEN」

全8室で、アットホームな雰囲気の「KAMIKAWA HOTEL」

全8室で、アットホームな雰囲気の「KAMIKAWA HOTEL」

上川大雪酒造株式会社
北海道上川郡上川町旭町25 番1
TEL 01658-7-7388

上川大雪酒造 緑丘蔵 Gift Shop
TEL 01658-7-7380
営業時間 10:00〜16:00(夏季)
10:00〜15:00(冬季)
定休日  不定休

https://kamikawa-taisetsu.co.jp

ライタープロフィール

阿部ちあき

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会認定 きき酒師 日本酒・焼酎ナビゲーター公認講師
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター

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