“伝統は革新の連続”さまざまな先駆けの展開を繰り広げる、金沢「福光屋」

“伝統は革新の連続”さまざまな先駆けの展開を繰り広げる、金沢「福光屋」

金沢でもっとも古い歴史を持つ「福光屋」は、“伝統は革新の連続”を家訓に、時代の変化に合わせた、さまざまな取り組みに意欲的に励み、日々新しい伝統を創造し続けています。日本酒業界の中でも、革新的なチャレンジを行う福光屋の方針についてお話を伺ってきました。

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393年間、同じ場所で続けてきた酒造り

江戸時代初期、1625年(寛永2年)に創業の福光屋は、以来390年以上に渡り酒を醸し続けています。金沢ではもっとも歴史のある酒蔵で、江戸時代の古地図には、現在酒蔵のある金沢市石引に、福光屋の標し「打出の小づち」が描かれており、創業以来変わらず同じ土地で酒造りを続けてきました。

明治・大正から昭和10年時代にかけて造石数を4000石(一升瓶で40万本)あまりにまで伸ばし、蔵を増築。さらに敷地を拡張して、精米所、瓶詰工場を増設するなど、今日の福光屋の基礎が築かれました。

昭和に入り、戦時中、多くの酒蔵が生産停止や廃業に追い込まれる中、手放された酒造権を手に入れ、基本石数を5,000石あまりにまで伸ばした結果、清酒の生産販売統制下にあっても造石数の激減を回避。昭和50年代後半には36,000石という膨大な出荷量を誇る酒蔵となり、当時人気だったキャラクター「フクちゃん」をCMに起用。全国にハウスブランド「福正宗」のブームを巻き起こすなど、時代に合わせたさまざまな展開を繰り広げ、躍進を続けてきています。

兼六園に続く大通りに面して飾られている酒林。

兼六園に続く大通りに面して飾られている酒林

いち早く取り組んだ「CI導入」、「純米蔵宣言」

現在社長を務めるのは、第十三代当主、福光松太郎さん。大学を卒業後、大手の流通企業、国税庁醸造試験所、慶應ビジネススクールを経て家業である福光屋に入社、1985年(昭和60年)、35歳で代表取締役社長に就任しました。
福光屋に代々言い伝えられてきた家訓は「伝統は革新の連続」。時代の変化をしなやかに受け止めながら、日々新たな伝統を創造していくことを大切に守り続けています。

福光社長は就任直後からさまざまな取り組みに着手し、1988年にはCI(コーポレートアイデンティティ)の導入、さらに、コーポレートマークを有名なグラフィックデザイナーに依頼し、斬新なデザインに一新するなどの改革を行いました。当時、大手企業が少しずつCI導入を始めた中、酒造業界ではいち早く取り組み、企業理念を明確にすることで、従業員の酒造りに対する意識の向上をはかりました。

また、同じ頃、級別制度が完全廃止されることを見通し、本来の日本酒のあるべき姿を見直すことに。「戦前の頃に飲まれていた糖類やアルコールを添加していない純米酒が本当のおいしさ。真の姿に戻したい。」という先代の父、博(ひろむ)さんの思いを受け、品質の見直しをはかり、製造するお酒を全量純米酒にする取り組みをスタートさせました。

その後、2001年には、生産高が万石単位の酒蔵としては唯一の、すべての商品を純米造りとする「純米蔵宣言」を発表するなど、品質を重視した酒造りの基盤を構築していきます。

事業の展開には、ふとしたシーンに出会ったことでアイデアが生まれると語る福光社長。他の酒蔵が取り組んだことのない、革新的なチャレンジを続けてきました。

事業の展開には、ふとしたシーンに出会ったことでアイデアが生まれると語る福光社長。他の酒蔵が取り組んだことのない、革新的なチャレンジを続けてきました。

女性市場に向けた取り組みが会社の改革に

30年前の社長就任当時は、ワインなどの洋酒ブームや飲み手の減少などもあり、日本酒の消費量は年々低迷し続けていました。福光社長は、女性の感性と日本酒との相性のよさに着眼。今後は女性市場での販売にシフトしていくことが重要と確信し、“女性に飲んでもらえるお酒”をテーマに福光屋の方向性を固めていくことを決め、さまざまな取り組みを行いました。

「徹底的に酒質を見直し、きれいな後味のお酒を生み出すことが必須であると考えました。そのためには、新たな酵母の開発が必要となり、そうすると酒造りにかなり専門的な知識を要するため、これまでの出稼ぎの蔵人ではなく、専門家を社員化して蔵に迎え入れることになりました。つまり、今後のマーケットを考え、それに伴って動いたことが会社の改革に繋がっていったのです」。

その後、女性を中心に、若年層を含めた新たなユーザーに好まれる日本酒を積極的に開発、シェアを広げ続け、さらに、日本酒に含まれる美容成分や有効成分を元に化粧品事業を展開。また、甘酒や調味料、スイーツなど、酒蔵ならではの発酵食品事業にも積極的に取り組んでいます。

2003年より本格的に化粧品事業を展開。日本酒に含まれる美容成分や米発酵について、長年に渡り研究を重ね、数ブランドの商品が誕生しています。

2003年より本格的に化粧品事業を展開。日本酒に含まれる美容成分や米発酵について、長年に渡り研究を重ね、数ブランドの商品が誕生しています。

マルチブランド政策の提唱

級別制度が廃止され、特定名称によって日本酒が分類されることが始まった頃、福光屋はそれまでの主銘柄であった「福正宗」のほかに、「黒帯」、「加賀鳶」、「百々登勢(ももとせ)」、「瑞秀(みずほ)」、「風よ水よ人よ」、「初心」、「鏡花」などのブランドを次々と立ち上げ、マルチブランド政策を展開しました。それぞれが独立した別会社の商品と受け取れるほど、イメージが確立されており、どのブランドも、コンセプトに合わせて、ラベルのデザイン、原料米や製法、マーケティングやプロモーションなど細部にまでこだわりを持って企画開発が行われています。

「たとえば『加賀鳶』は、加賀藩江戸屋敷の大名火消しのことをいいますが、当時、身長や顔立ちなどを重視して採用していたことから、江戸の町では加賀鳶集団が女性に人気となり、それをやっかむ町火消したちとの喧嘩が絶えなかったというエピソードがあります。そんな男前で粋な加賀鳶集団をイメージした、金沢と江戸を結ぶコンセプトで生まれたのが『加賀鳶』ブランドです。イメージは日本酒版“ジャニーズ”といったところでしょうか(笑)」と話す福光社長。

「戦前までは、級別制度がなく、酒の銘柄によってグレードが分けられており、味や品質の違いが明確で、消費者にとっては酒を選びやすかったのです。その方がお酒に愛着を持ってもらいやすい。お客様の中には、「黒帯」と「加賀鳶」がどちらも福光屋で造られていることを知らない方もいるそうですが、私たちはあえて、福光屋の名前を一歩引き、それぞれの酒のブランドを立てています。そうすることで、個性の違うお酒の味わいが生きてきて、ファンになってもらえると考えているからです」。

加賀鳶  純米大吟醸  吉祥

加賀鳶 吉祥 純米大吟醸

加賀藩江戸屋敷お抱えの大名火消し「加賀鳶」から命名された、加賀鳶連中の意気のよさがブランドコンセプトとなったお酒。契約栽培の山田錦を40%に磨き、低温発酵させた原酒で、旨味のふくらみと、香り高い繊細な味わいが両立しています。ワイングラスで飲むと存分に香りが感じられるのでおすすめ。
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黒帯 悠々 特別純米

黒帯 悠々 特別純米

有段者のための酒として名付けられた「黒帯」は、食の都・金沢で鍛え育てられた、燗映えのする、料理と渡り合う酒。吟醸仕込みと純米仕込みとで、キレのよい芳醇な旨味を持つ辛口に仕上げ、蔵内でじっくりと熟成させた落ち着きのある味わい。刺身や鮨など、魚料理との相性が抜群です。
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加賀纏 純米 辛口

加賀纏 純米 辛口

酸味と旨味のバランスが取れたスッキリとした辛口の味わい。お燗にするとふくよかなボリュームが広がります。食中酒にぴったりな一本。
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お客様との交流の場として生まれた直営店

“女性に飲んでもらえるお酒”をテーマに、酒質の見直しやブランドの構築などを行ってきた福光屋は、さらに、直接お客様との交流を行うことで、商品の情報をより深く伝えられると考え、1999年に東京・銀座に初の直営店をオープンさせました。

「お客様、とくに女性に足を運んでもらうには、興味を持ってもらえる場所がよいと思い、銀座に出店しました。お客様の好みを聴き分け、洋服をすすめるようにお酒を紹介してもらいたいと考え、アパレル業界で接客経験のある店員を揃えてスタートさせました」と話す福光社長。

お酒だけに限らず、器や食品など、“日本酒文化”を伝えていくことを目的にした直営店は、銀座のほか、東京・六本木など、都内に4店舗、金沢に2店舗を展開。バーコーナーを設け、気軽にお酒をたのしめるスペースもあり、近年は外国人観光客の間でも人気を呼んでいます。

酒蔵のすぐ隣にある直営店舗の金沢店。 「純米酒のある日常」をテーマに純米酒全ブランドをはじめ、酒器や酒肴などを揃えています。

酒蔵に隣接する直営店舗の金沢店。「純米酒のある日常」をテーマに純米酒全ブランドをはじめ、酒器や酒肴などを揃えています。

店舗奥のバーコーナーには昔のボトルが展示されています。

店舗奥のバーコーナーには昔のボトルが展示されています。

3種類のお酒の飲み比べができるセットが人気。

3種類のお酒の飲み比べができるセットが人気。

外国人客が増えていることから、英語版のメニューも準備されています。

外国人客が増えていることから、英語版のメニューも準備されています。

「旨くて、軽い」酒を求めて

先代の社長が目指してきた福光屋の酒は、「旨くて、軽い」。当時は、「軽い」という表現が、「薄い」や「まずい」と伝わってしまうことから、うまく説明するのが難しかったと福光社長は語ります。

「食へのこだわりが強かった父は、食事と合わせて日本酒をたのしむ時に、後味がきれいにキレることが、おいしく酒を飲み続けられるために大切なことだと言っていました。後味がスッと心地よく消えていくことを「軽い」といっていたのだと後々わかってきました。“味の究極”ともいえる「旨くて、軽い」を、福光屋では今後も継承し続けていきたいと思っています」。

原材料へのこだわりや麹造り、発酵や熟成など、製造のすべての工程に妥協を許すことなく徹底し、生まれるお酒にブランドコンセプトに基づいた魂を吹き込み、お客様の元に届けるまでのストーリーを大切にしている福光屋にとって、いわばストーリーテラー役の福光社長。

「お米の酒は、まだまだおもしろくなる」。
“アイデアによってさまざまなお酒の味がこれからも生み出されていく”と語る社長が、これからどんな商品を送りだしてくれるのか、今後の福光屋の展開がたのしみです。



株式会社 福光屋
石川県金沢市石引二丁目8-3
TEL 0761223-1161 (代)
https://www.fukumitsuya.co.jp/

ライタープロフィール

阿部ちあき

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会認定 きき酒師 日本酒・焼酎ナビゲーター公認講師
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター

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