クラフトビール業界をリードするヤッホーブルーイング 井手社長が予見する業界の展望は?

クラフトビール業界をリードするヤッホーブルーイング 井手社長が予見する業界の展望は?

「よなよなエール」「水曜日のネコ」など次々とヒット商品を送り出し、国内のクラフトビールメーカーの最大手として知られるヤッホーブルーイングの井手社長に、これまでの歩みやユニークな取り組み、コロナ禍でのビール消費の低迷や原材料費の高騰等、業界が抱える問題や対策、今後の展望について話を伺いました。

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軽井沢にて創業、地ビールブームに乗り売れ行き上々も数年で倒産危機に

97年に軽井沢で創業したヤッホーブルーイングの創設者は、星野リゾートの代表の星野佳路氏。アメリカに留学中に出会ったアメリカンペールエールの味に感動し、帰国後、小規模業者のビール製造の規制緩和を受け醸造所を設立。現在社長である井手直行氏は前職で知り合った星野前社長に誘われ、営業職として入社しました。

(井手社長)創業当時はちょうど各地の地場産業を盛り上げる向きもあり、観光商材としての地ビールに注目が集まり、メディアにもよく取り上げられたので、その波に乗って3年間業績は伸び続けました。
ところが、ブームはあっという間に去り、目新しさで飲んでくださったお客様が離れ、価格や品質、味の個性などがネックになって業界全体の売り上げが落ち、またたく間に多くの事業者が廃業や閉鎖に追い込まれました。

弊社も酒屋さんやスーパーでまったく扱ってもらえなくなり、数千ケースの在庫の山ができてしまい、赤字が何年も続き廃業の危機に。敷地内で在庫を廃棄する所定の手続きを取ると酒税が戻ってくるので、空き時間にみんなでビールを捨て続ける日々が続きました。「何をやっているんだろう」という無力感や悔しさを感じて涙が出てきました。

創業時の売り上げの推移(画像はヤッホーブルーイング提供)

創業時の売り上げの推移(画像はヤッホーブルーイング提供)

(井手社長)当然、社内の空気は悪くなり、社員は半分以上辞めていきました。業績不振の理由を部署同士で責め合い、また、陰で悪口を言い合うなど、人間関係が最悪な組織になってしまいました。私もかなり苦しく下を向く毎日が続き、ある時ついに、当時の社長の星野に相談したんです。すると、「とことんやってみようよ。それでダメなら事業を畳んで二人で釣りをして余生を過ごそう」と言ったんです。

正直、私はもうダメだと思っていたのですが、星野がまだこの事業を諦めていないことに驚きました。そして、釣りをしたことがない彼が、私の一番の趣味である釣りで余生を…と言ったことに大きな覚悟があるのを感じ、「やれることはとにかくすべてやってみよう」と、前向きな気持ちが芽生えました。

まずは開設したまま休眠状態にあった「楽天市場」でのインターネット通販に着手しました。一から徹底的にその仕組みや売り方、お客様との交流の仕方を学んで少しずつ業績を回復させて軌道に戻し、08年に社長に就任して現在に至ります。

ユニークなネーミング、奇抜なデザイン…ブランディング戦略の原点は

国内ビール市場は大手メーカーがほぼシェアを占めるなか、顧客を増やし、売り上げを伸ばし続けられたのは、ヤッホーブルーイングならではの、徹底したマーケティングの努力の成果だと井手社長は話します。

(井手社長)国内の大手メーカーには、同じ土俵に並んでも、価格や品質、宣伝広告などでは敵いませんから、私たちは大手がマスを相手に商品開発するのと反対に、ニッチ戦略でファンを増やしてきました。そういう意味ではインターネットでの販売がよくハマったと思います。

前社長の星野が「よなよなエール」のブランドキャラクターに“知的な変わり者”というのを設定していましたが、楽天市場が「ショッピングのエンタメ要素」を掲げていたこともあって、製品に込めた思いやこだわりを、インターネット販売を通じて独自の切り口でお客様に発信し続けたんです。
万人受けはしなくても、限られた方へ私たちの思いが届いて少しずつお客様との絆が深まり、全国各地にファンが増えていきましたが、その方々の口コミやリクエストのお陰で今があると思っています。

社内の一角にはファン(お客様)からの感謝の贈り物や応援メッセージの数々が並んでいます。

社内の一角にはファン(お客様)からの感謝の贈り物や応援メッセージの数々が並んでいます。

(井手社長)現在は200人以上いる社員の約半数が、営業やマーケティング部門を担当して、複数のプロジェクトチームで、楽天市場以外にも公式サイトやSNSなど、プロモーションには相当な熱意と時間を要して取り組んでいます。

御代田醸造所のオフィス。正社員の平均年齢は30代前半。明るく活気に溢れています。

御代田醸造所のオフィス。正社員の平均年齢は30代前半。明るく活気に溢れています。

(井手社長)「よなよなエール」のブランドキャラクター“知的な変わり者”は、そのまま弊社の組織文化にもなり、会社の理念「ガッホー文化」(注:頑張れヤッホーの略)の一つにもなっていますが、私たちが目指す「ビールを中心としたエンターテイメント事業」には欠かすことができない7つの要素の一つとして全社員と共有しています。

ガッホー文化の7つの要素の図(画像はヤッホーブルーイング提供)

ガッホー文化の7つの要素の図(画像はヤッホーブルーイング提供)

日本初、球場内の醸造レストランで新鮮なクラフトビールを提供

2023年、新たに誕生した北海道日本ハムファイターズの本拠地球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」内に、ヤッホーブルーイングが手がけるクラフトビール醸造レストラン「そらとしば by よなよなエール」を開設。全国のクラフトビールメーカーで初めての試みは大きな話題となりました。

(井手社長)野球目的以外の来場者にもたのしんでいただきたいと考えていた株式会社ファイターズ スポーツ&エンターテイメントさんから、お声を掛けていただきました。醸造したばかりのできたてのクラフトビールを提供するほか、ブルワリーの見学ツアーやイベントなど、私たちが得意とするビールを通したエンタメ事業や、ファンコミュニティの取り組み方などを高く評価していただき実現しました。

エスコンフィールド HOKKAIDOにオープンした「そらとしば by よなよなエール」©H.N.F.

エスコンフィールド HOKKAIDOにオープンした「そらとしば by よなよなエール」©H.N.F.

(井手社長)球場の一等地のバックスクリーンで、新鮮なビールを飲みながら野球観戦ができるので、予想を上回る大反響で、場内の飲食店では初日から大行列となり、シーズンを通して球場内の飲食店で1番の売り上げが続きました。
試合の日は、人気の「そらとしば限定ビール」が途中で売り切れてしまうほどで、本当に多くのお客様に来ていただいたのはうれしい悲鳴でした。

大手さん含め、どのビールメーカーさんも絶対に興味のある事業だったと思います。弊社に声を掛けていただいたのはうれしかったですし、「そらとしば」が成功したことで、他のスポーツ関連施設やスポーツ以外の施設からもご相談をいくつかいただいています。

ビールメーカーとしての存在感を広く認知してもらうには、品質を向上させることが第一であるのはもちろんなのですが、それ以外にも目を向けて経営をしていくことが大切だと感じています。
私たちは、マーケティングや宣伝、チームビルディングなど、製造部門以外にも時間を掛けてエネルギーを注いできましたが、そうした経営が今回の提携につながったと思っています。

オフシーズンも、ビールをたのしめるパーティープランやイベントなどを企画しています。 ©H.N.F

オフシーズンも、ビールをたのしめるパーティープランやイベントなどを企画しています。 ©H.N.F

クラフトビールメーカーの実力が試される時代に

クラフトビール人気の高まりからこの10年で急激にブルワリーが増え、現在国内の醸造所は700箇所以上となり、各地で個性豊かなビールが造られています。しかし、新型コロナウイルスの影響による消費の低迷が続き、原材料の高騰やエネルギー価格の上昇…ビール業界にとって苦しい現状が続いています。

(井手社長)正直、クラフトビールメーカーにとっては厳しい時代だと思います。私たちを含めた2000年代の地ビールブームの終焉を生き抜いてきたメーカーは、さまざまに努力を重ね、大変な思いをしながらもなんとか経営力をつけてきましたが、近年のクラフトビールブームの流れで醸造を始めたメーカーにとっては実力が試されるのではないでしょうか。

“どうしたらビールが売れるのか“を、品質を磨くことを中心に、販売戦略やブランディングなど、クラフトビール事業の経営をしっかりと勉強し直す機会と捉えて向き合うことで、消費者に選ばれるメーカーとして残ることができるのではないかと、過去を振り返りながら思っています。

ヤッホーブルーイング が掲げる経営理念(画像はヤッホーブルーイング提供)

ヤッホーブルーイング が掲げる経営理念(画像はヤッホーブルーイング提供)

業界全体で手を取り合い、品質の向上を目指した未来へ

2022年春、「全国地ビール醸造者協議会(JBA)」「日本地ビール協会(CBA)」「日本ビアジャーナリスト協会(JBJA)」の3つの団体が一致団結し、醸造技術と品質の向上や醸造所経営基盤の改善強化(酒税減税等の訴え)、市場拡大とクラフトビール文化の発展・広報活動の取り組みを目的に「日本クラフトビール業界団体連絡協議会(クラビ連)」が発足。ヤッホーブルーイングも事務局として参加しています。

(井手社長)これまでクラフトビール関連の団体は、醸造者向け、イベント関係、ジャーナリスト向け団体など多数設立され、それぞれ独自で活動をしていましたが、クラフトビールの市場規模の拡大を本格的に考えるなら、もっと業界内のつながりを深めて活動していこうと設立されました。品質向上のための知見を共有したり、経営基盤の改善を強化する支援や、ビール文化の啓蒙や広報活動を連携して行うなど、手を取り合って業界を発展させていくのが目的です。2年後にはクラフトビール誕生30周年記念イベント「ビアEXPO 2025」を日本で初めて開催する予定です。

また、クラフトビール市場に力を入れているキリンビールさんが、メーカー向けに品質向上のための勉強会を定期的に開催してくれたり、クラフトビールメーカーに声を掛けてイベントを開催するなど積極的な活動をしてくれています。
最近は小さな施設で醸造したり、レストランを併設したブルーパブも増えてきて業態もさまざまですが、ブルワリーのなかには、独学で醸造を勉強されたところもあります。ビールの品質安定や味わいの向上は、業界全体が取り組み続けていく課題なので、情報の共有も含めて、こうしたブルワリー同士のつながりは大切だと思っています。

ヤッホーブルーイング 御代田醸造所内の醸造エリア(画像はヤッホーブルーイング提供)

ヤッホーブルーイング 御代田醸造所内の醸造エリア(画像はヤッホーブルーイング提供)

(井手社長)今後クラフトビールはますます成長していくと確信しています。ただ、業界の発展には、小さなブルワリーが個々に頑張るのだけではなく、多くのブルワリーが一つになって生まれる大きなパワーが必要だと思っています。
みなさんの期待を超えるような、おいしい、多様なビールを、業界全体で生み出していくので、クラフトビールファンのみなさんにはこれからも応援し続けてもらいたいですね。


私たちをあっと驚かせてくれるようなクラフトビールを、さまざまな形で提供し続けてくれるヤッホーブルーイング。 今後はクラフトビール業界を巻き込んだ、より大きな取り組みで感動させてくれるのがたのしみです。

株式会社ヤッホーブルーイング

株式会社ヤッホーブルーイング
本社
〒389-0111 長野県軽井沢町長倉2148

公式サイト
https://yohobrewing.com

ライタープロフィール

阿部ちあき

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会認定 きき酒師 日本酒・焼酎ナビゲーター公認講師
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター

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