微生物にも蔵人にも、心地よい環境を整え続ける「高野酒造」

微生物にも蔵人にも、心地よい環境を整え続ける「高野酒造」

一年を通して水鳥が飛び交う自然環境に恵まれた街で、明治時代から酒を醸し続ける高野酒造。蔵人にとって働きやすい職場であることを大切に考えたうえで、少人数で効率のよい酒造りを行う様子や、早くも30年前から海外で飲まれていたお酒の話などを伺ってきました。

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創業日は二十四節気の「白露(ハクロ)の日」

近隣には、ラムサール条約にも登録された湿地「佐潟」があり、白鳥や水鳥が飛来する豊かな自然に恵まれた新潟市の西部に、1899年(明治32年)高野酒造は創業しました。創業日が二十四節気の一つである「白露の日」だったことから、酒名を「白露(シラツユ)」と命名し、以来120年に渡り、ていねいな酒造りに励んでいます。

現在社長を務める髙野英之さんは、平成12年に入社し、営業や製造、経理・財務などすべての業務を経験し、平成22年取締役に就任。そのタイミングで、蔵人の労働環境を整えるための大きな改善を行いました。最近は業界を問わず「働き方改革」が謳われていますが、高野酒造では、15年以上も前から、労働環境が厳しいといわれてきた酒蔵内の仕事について見直し、「蔵人にとって働きやすい職場環境とは」を考え、さまざまな改善を実行してきました。高野酒造は、もしかすると「日本で一番働きやすい酒蔵」かもしれません。

創業日は二十四節気の「白露(ハクロ)の日」

前職は食品メーカーに勤務していたという高野社長。遠縁にあたる前社長からの声掛けで高野酒造へ入社しました。

「高野酒造流 働き方改革」とは

現在、高野酒造では4名の蔵人で酒造りを行っています。年間2500石(一升瓶で約25万本)を生産するには、同じ生産数の他の酒蔵と比べるとかなりの少人数体制ですが、「あまり人の手のかからない機械設備を導入しているので、4名で十分造れます」と高野社長。

平成12年、蔵では創業百周年事業として、仕込み蔵の新たな建設を行いましたが、その際、前社長の「これからの酒蔵は、若い人が働きたいと思えるような環境でなくてはいけない」との思いが反映され、身体にかかる負担が大きかった作業の省力化を目指して、自動機械が設置されました。

また、蔵での寝泊りの際に使用する宿泊ルームや浴室を完備するなど、施設面においても蔵人のためのさまざまな改善が。当時は季節雇用を含めた12~13名で製造を行っていましたが、「自社の若い社員で、しかも少人数での酒造り」を目指し実現へ。さらに数年後には、労働時間の見直しも行いました。「以前は、酒造り期間中の泊まりも多く、自宅にも寝るために帰るだけで、家族との時間もほとんど取れないのが当たり前でした。曜日感覚もなくなってしまうくらいの労働環境はよくないと、実際に自分も4年間、酒造りの現場を経験して感じました」。

「高野酒造流 働き方改革」とは

18年前に新たに建てられた平成蔵には、ゆったりと使用できる宿泊室を完備。

毎週日曜日は休日になる勤務体制に

そこで、それまで1週間に仕込んでいた酒の量を減らし、日曜日を休みにするための酒造りの方法を考えました。「仕込みの2日目の『踊り』を日曜日になるように仕込むんです。そうすることで、日曜日は出勤しなくてもよくなり、また月曜日から蔵に来て、次の『仲添え』の準備へ進めるようにしました」。

通常、日本酒の製造過程で行う「醪(もろみ)造り」は、3段階の作業を4日間かけて行います。初日の「初添え」で、酒母や水、麹、蒸米をタンクに投入し、2日目は酵母を順調に増殖させるため、仕込みを休みますが、この2日目が日曜日になるように醪造りを計画するようにしたのです。

また、細かな調整が必要とされる醪の温度管理は、自動の冷却式タンクを導入することでコンピューターによって24時間しっかりと管理ができるようになり、蔵人が深夜に点検・温度調整作業をしなくてもよくなりました。このようなさまざまな改善を行い、現在、高野酒造の蔵人の出勤時間は、朝8時から午後5時30分まで、日曜日は休日という勤務体制に。「以前では考えられなかった勤務時間ですが、実際にこのペースでちゃんと計画通りの生産ができています。4人の蔵人で2500石の生産、さらに週に一度の休みに驚かれて、見学に来た蔵元もいらっしゃいましたよ」。

毎週日曜日は休日になる勤務体制に。

24時間温度管理ができる自動冷却式タンクを導入。

平均年齢40歳の4人のメンバーで

しかし、機械に頼るのではなく、蔵人の目でしっかり確認する部分も大切であると話す高野社長。酒造りを行ううえでは、装置化できるところと人間の目で状態を見極める部分をしっかりと分け、ていねいな酒造りを行っています。

「小人数で造りをするには、それぞれが担当する工程において、しっかりと責任を果たすことやチームワークが重要です。石川博規杜氏(酒造りの最高責任者)を中心としたチームは、歳も近く、うまく連携してよいものを生み出してくれるので安心して任せられる」と、信頼を寄せていました。現在43歳の石川さんが杜氏に就任したのは35歳の時。当時は、新潟県内で一番若い杜氏だったそうです。平均年齢40歳のメンバーで、丹念な酒造りに励んでいます。

平均年齢40歳の4人のメンバーで

左から蔵人の戸川さん、石川博規杜氏、酒井さん、佐藤さん。

平均年齢40歳の4人のメンバーで

目で見て肌で感じる感覚を大切に、微生物の様子を見守っています。

地元の契約農家から提供される安全・安心な酒米

酒造りに使用する酒米は、「越後酒米研究会」を発足させて7軒の地元農家と直接取り引きを行っています。現在、製造している日本酒に使用する約7割の酒米は、契約している農家によって栽培されたもの。「おかげさまで、みなさんにはこちらの希望に叶った米を作っていただいています。米作りから携わることで、生産者を特定できるトレーサビリティ管理のもと、安心できる原料で酒造りができるのは酒蔵にとってもありがたいことです」と高野社長。

また、契約農家との直接取り引きによって、原料米の調達のコストが抑えられることから、その分を価格に反映させ、消費者が購入しやすい値段設定に。「うちは、千円台で買える大吟醸など、価格はできるだけお客様に手に取ってもらえる値段にしています。高く売れるのはもちろんうれしいですが、それよりも、気軽に購入してもらえる方がうれしいですから」。肥沃な大地で育まれた上質な酒米で造られた日本酒は、地元の方の晩酌に欠かせない酒として愛され続けています。

20年前から自社酵母を使用

日本酒の製造過程で、アルコール発酵をする際に必要な「酵母」は、酒の味わいとなる、さまざまな酸やアミノ酸、香りの成分を作る役割をしており、酒造りにとって非常に重要な役割を果たしています。

一般的に酒蔵では、日本醸造協会によって提供される「きょうかい酵母」を使用することが多いですが、高野酒造では、自家製のオリジナル酵母(自社酵母)を使用し、現在はすべての醸造に使用しています。技術顧問である元新潟県醸造試験場長の廣井忠夫さんの指導によって約20年前から取り組んでおり、数種類の培養した酵母を目的とする酒質に合わせて使い分け、高野酒造にしか醸し出せない味わいを生み出しています。

20年前から自社酵母を使用

香りが感じられる酵母や、旨味を感じやすい酵母など、約7種類の自社培養酵母で醸しています。

越路吹雪 五百万石大吟醸

越路吹雪 五百万石大吟醸

人気の「雪」シリーズの一つ、「越路吹雪」。新潟県産五百万石を100%使用した大吟醸。香りとコク、キレのバランスが絶妙。キリッとした骨格のなかに米の味わいが広がります。

水の都 柳都 吟醸

水の都 柳都 吟醸

新潟でしか味わえない、新潟県内限定販売の吟醸酒。「柳都」はかつての新潟旧市街地の呼称。ソフトな喉越しとすっきりとしたキレのある味わいが特徴です。
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外国人にも長く愛されているお酒

ここ数年、日本酒の輸出量が増加し、今では世界中のさまざまな国でたのしまれるようになりましたが、高野酒造のお酒が最初に海外へ渡ったのは、業界のなかでは早く、今から30年前。ニューヨーク、ロサンゼルスなどアメリカ国内の主要都市で提供され、以来、途絶えることなく親しまれ続けています。この30年間、不動の人気を誇るのは「越乃冬雪花 純米吟醸」。流行のサイクルが早い街として知られるニューヨークの飲食店で、30年間ずっと変わらずメニューにオンリストし続けているのは、普通では考えられないことだと現地の人にも驚かれたそうです。

また、このお酒はシンガポールの超有名ホテル内の日本食レストランでも長く提供されていたのですが、一時、店側の都合で取り扱いがなくなったところ、常連客から「あのお酒をまた飲みたい」との声が多く挙がり、半年後にグランドメニューに復活したというエピソードも。

日本酒業界にとって、今後海外販路は主要な市場となっていくと話す高野社長は、「垣根を作らず、世界のどこでも、売れるところには売っていきたい」と、意欲的に語ってくれました。

越乃 冬雪花 純米吟醸

越乃 冬雪花 純米吟醸

冬に雪の下で咲いている幻想の花をイメージした、上品で奥ゆかしさを感じる香りと、まろやかな旨味が味わえる純米吟醸。ニューヨーカーに30年愛されており、「冬雪花は外国人の口に合う酒質のようです」と高野社長。
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目指すは助演男優賞のような酒

今後の高野酒造の酒造りについて高野社長に伺ったところ、「理想は『助演男優賞のようなお酒』なんです」との答えが。「食中酒として飲まれる日本酒は、「料理」という絶対的な存在には勝てません。一歩引いて、そっと寄り添うような存在でありたいですね。主役が料理なら、日本酒は脇役。なので、助演男優賞を獲れるようなお酒を造り続けていきたいです」。

派手さはなくても、飲み終ったあとに「あの酒、おいしかったな」と、さりげなく印象に残るような酒を目指したいと高野社長。「みなさんに飲んでいただけるだけでありがたい、という謙虚な気持ちを忘れずに取り組んでいきたい。私たちの仕事は、微生物を心地よく働かせてあげるための環境づくりをすること。自然界の偉大な力には、我々人間はかなわないですから、その存在に感謝しながらていねいに酒を醸していきたいです。」と穏やかに語りました。

豊かな自然環境のなかで、少人数で力を合わせ、細かなところにまで目を行き届かせながら大切に醸された高野酒造のお酒は、これからもずっと、飲み手の心に寄り添ってくれる存在であり続けるでしょう。

高野酒造株式会社

新潟県新潟市西区木山24番1号
TEL 025-239-2046
https://www.takano-shuzo.co.jp/

ライタープロフィール

阿部ちあき

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会認定 きき酒師 日本酒・焼酎ナビゲーター公認講師
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター

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