「浸漬(しんせき/しんし)」はなぜ必要? お米を水に浸す日本酒造りに欠かせない工程を確認
「浸漬」とは、日本酒造りに欠かせない米を水に浸す工程のこと。今回は浸漬の読み方や日本酒造りにおいての意味、浸漬が必要な理由、浸漬の方法、日本酒の浸漬と、焼酎、ワインや梅酒、ビールやウイスキー、泡盛、それぞれの浸漬の違いなどについて紹介します。
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目次
まずは「浸漬」の読み方や意味からみていきましょう。
「浸漬」の読み方や日本酒造りでの意味は?
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「浸漬」は「しんせき」あるいは「しんし」と読みます。一般的には「液体に浸す」という意味で使われます。
一方、日本酒造りにおいての浸漬は、洗米後の米を水に浸けて吸水させる工程を意味します。
「浸漬」はなぜ日本酒造りに必要なの?
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「浸漬」は日本酒造りに欠かせない工程で、蒸すときに必要な水分を米に吸わせるために行われます。
浸漬時の吸水の加減は、蒸し米のでき具合にかかわってきます。蒸し米のでき具合はさらに、酒質に大きな影響をおよぼす麹(こうじ)のでき具合を左右します。そのため、浸漬は重要な工程のひとつとされています。
蒸し米は、外側が硬く内側が軟らかい「外硬内軟」の、さらっとした手触りのものがよいとされています。麹を造る際にほぐしやすく、麹菌の菌糸が入り込みやすいなどの利点があるためです。
浸漬は、この外硬内軟の蒸し米が造れるかどうかのカギを握る工程といえます。
米を水に浸す「浸漬」はどうやって行われているの?
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「浸漬」は具体的にどうやって行われているのでしょう。浸漬と同じく米の吸水にかかわる前後の工程「洗米」「水切り」も加え、洗米→浸漬→水切りと順を追ってみていきます。
「浸漬」は「洗米」からすでに始まっている!?
浸漬の前に行われる洗米は、精米後の米についている糠(ぬか)や米くずを水で洗い流す工程です。
手洗いや機械を使う方法、洗米と同時に浸漬用タンクへ輸送を行うソリッドポンプを使う方法などがあります。
浸漬の前工程にもかかわらず、洗米時には吸水目標の約20パーセントもの水分が米に吸われるといわれています。よく削った高精白米を洗米する際にはとくに、割れやすく水も吸いやすいことから、細心の注意と手早さが必要になります。
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秒単位で行われることもある「浸漬」の方法は?
洗米された米はすぐに新しい水に浸けられ、浸漬がスタートします。浸漬の方法には「完全吸水」と「限定吸水」があります。
◆完全吸水
おもに普通酒を造る際に行われるもので、米を90~120分ほど水に浸けて限界まで吸水させます。
◆限定吸水
おもに大吟醸酒や吟醸酒などで使われる、よく削った米に対して行われる方法。浸漬時間を調整し、目指す酒質に向けて米ごとに決められた吸水の目標値まで水を吸わせます。
一般によく削られた米は水分が減少しているため、吸水速度が速く吸水量が多くなります。こうした米に限界まで水を吸わせると吸水過多となるため、限定吸水を行って吸水量を調整するのです。
限定吸水の吸水目標や浸漬時間は、米の種類や状態、精米歩合、その日の気温などさまざまな条件によって決まります。洗米時から時間管理が行われ、吸水過多を防ぐため、ストップウォッチなどで秒単位の計測をしながら、ごく短時間、浸漬させます。
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よい蒸し米にするために大切な「水切り」は思いのほか時間がかかる!?
浸漬を終えた米は、米粒の表面についている水分を取り除いて水分を均一にするため、水切りが行われます。
水切りをしっかり行わずに米を蒸すと、できあがった蒸し米は、ほぐしやすい外硬内軟ではなく、粘り気があって軟らかなものになってしまいます。
米の表面の水分を取り除くためには思いのほか時間がかかります。浸漬時間などによっても変わってきますが、通常は一晩程度水切りされます。
なお、よく磨いた米の場合は水分が蒸発しやすいため、目標とした吸水量を下回らないよう、水切り時にもとくに注意が必要となります。
日本酒と同じように「浸漬」を行う米焼酎
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ここからは、日本酒以外の酒類の「浸漬」についてみていきます。まずは米焼酎の浸漬の意味合いをチェックしていきましょう。
米焼酎の場合の浸漬も日本酒と同じく、原料となる米に水を吸わせる工程を意味しています。重要度も変わらず、原料に適した吸水が行われるよう管理が徹底されています。
吸水方法も日本酒同様に、完全吸水と限定吸水があり、銘柄に合った方法が選ばれています。
日本酒とはまったく異なる目的で行われる赤ワインや梅酒の「浸漬」
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ワインでは、赤ワイン造りの重要な工程「マセラシオン」で「浸漬」が行われています。
マセラシオンは「醸し」とも呼ばれる工程で、ブドウ果汁にブドウの果皮や種子を浸します。
その目的は、漬け込まれた果皮などから色素の「アントシアニン」や渋み成分の「タンニン」を溶出させること。米に水を吸わせるために行う日本酒造りの浸漬とは意味合いがまったく異なるもので、この工程を行うことによって、赤ワインらしい色調や味わいが生まれます。
一般に、焼酎などに梅を浸けて成分や香りを浸出させる梅酒なども、ワインと似た目的で浸漬が行われています。
大麦を使うビールやモルトウイスキーの「浸漬」の目的は「発芽」って本当?
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ビールやモルトウイスキーの原料である大麦は、日本酒の原料の米と同じく水に浸されますが、その目的は吸水ではありません。
日本酒でも生米ではなく蒸した米が使われるように、大麦はそのままではビールやモルトウイスキーの原料にならず、発芽させた「麦芽(ばくが)」の状態にする必要があります。「浸麦(しんばく)」の工程は、大麦を適度に発芽させた麦芽にするために行われるものです。
発芽するまで浸麦水は何度か取り替えられます。その間、大麦の表面についたほこりなどが洗い流され、雑味成分の一部も水に溶け出します。浸麦にはこのように、日本酒造りの場合の洗米と同じようで少し違う効果もあるようです。
日本酒の伝統製法にも通じる!? 泡盛に伝わる「シー汁浸漬法」とは
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沖縄の蒸溜酒・泡盛には、「シー汁浸漬法」という伝統的な製法があります。
原料米を洗わずに15~24時間ほど浸漬させ、乳酸菌をはじめとする微生物が繁殖した酸性の浸漬液「シー汁」を造ります。
さらに、シー汁を入れた水で同じように浸漬を行った原料米を蒸して麹を造り、仕込むというもので、シー汁は都度一部を取り置きし、次の浸漬の際に使用されます。
乳酸菌などの微生物のおかげで、汚染が少なくなり、柔らかな口当たりとコクのある甘味をもたらされるなど、発酵や味わいにも影響を与える製法です。
日本酒造りにおいての伝統的な酒母(しゅぼ)「菩提酛(ぼだいもと)」を造る際にも、シー汁とよく似た乳酸酸性水「そやし水」が使われます。
そやし水は、乳酸菌を入れた水で生米を浸漬し乳酸発酵させたもの。菩提酛を造る場合の浸漬期間は2日ほどとされています。
米をただ水に浸すだけのようでお酒の味わいにもかかわってくる浸漬は、日本酒造りの奥深さが垣間見られる工程のひとつです。日本酒造りの工程には一つひとつに意味があります。おいしい日本酒を大いに味わったあとには、その製造方法にも注目してみるとたのしみが広がるかもしれません。