「おとそ(お屠蘇)」とは? 正月に飲むお酒の歴史や作法を知ろう
お正月に飲むお酒「おとそ(お屠蘇)」をご存じですか?おとそは、正月酒として広く知られていますが、地域によって違いがあります。今回は、おとその意味や歴史、作法、同じく正月に関係する「御神酒(おみき)」や「鏡開き」についても紹介します。
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「おとそ(お屠蘇)」とは正月に飲む酒
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正月に飲む「おとそ」とはどんなお酒なのでしょう。名前の意味や歴史などについてもみていきます。
「おとそ」とは
「おとそ」とは、正月に祝い酒として飲まれる薬草酒のこと。いくつかの生薬を調合した「屠蘇散(とそさん)」または「屠蘇延命散(とそえんめいさん)」と呼ばれるものを、日本酒やみりんなどに漬け込んで作ります(酒税法上の清酒とは異なります)。
「屠蘇散」の中身は、漢方薬にも使われている山椒(さんしょう)や白朮(びゃくじゅつ)、桔梗(ききょう)、肉桂(にっけい)、防風(ぼうふう)といった生薬で、5~10種類ほどが調合されています。
「おとそ」の「とそ(屠蘇)」の意味
「おとそ」は漢字で「お屠蘇」と書きます。
「屠蘇」には、「蘇(そ)」と呼ばれる悪い鬼を「屠(ほふ)る=打ち負かす」という意味があるとする説や、「蘇」という漢字の「生き返る/よみがえる」という字義から、「邪気を打ち負かし追い払って、魂をよみがえらせる」という意味があるとする説など諸説があります。
いずれの説でも、無病息災、延命長寿の願いが込められている特別なお酒であることを意味しています。
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「おとそ」を飲む風習はいつから?
正月に「おとそ」を飲む風習は、その昔、中国から伝わったものといわれています。
平安時代の初期には、正月三が日に行われる宮中行事で天皇に「おとそ」などが供されるようになり、江戸時代になるとしだいに一般にも広まっていきました。
「おとそ」の風習で飲むお酒は地域によって異なる
正月酒として広く知られている「おとそ」ですが、同じ「おとそ」といっても地域によって違いがあるようです。
関西では日本酒やみりんと屠蘇散を合わせた正式なものが飲まれている一方、関東や東北などでは日本酒を「おとそ」と称して飲まれることが多いようです。また、熊本では「赤酒(あかざけ)」、鹿児島では「黒酒(くろざけ)」といった伝統酒を使って作られた「おとそ」が飲まれています。
正式な「おとそ」が関西で飲まれているのは、「おとそ」が京都の平安京で行われていた宮中行事から広まったものだからかもしれませんね。
「おとそ」を家で作っても酒造法に違反しない?
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「おとそ」の作り方はとてもかんたん。屠蘇散を日本酒やみりんに5~8時間ほど漬け込むだけでできあがりますが、「おとそ」は酒税法上の「酒類」にあたります。
結論的には、家で「おとそ」を作ることは酒造法に違反するおそれがあるのでオススメできません。その理由を以下で説明していきます。
「酒類」の製造には原則「酒類の製造免許」が必要です。果実や穀物などからお酒を造る場合はもちろん、「酒類」に水以外の物品を混ぜる「混和」を行った場合も「酒類」の製造とみなされます(「みなし製造」)。
日本酒やみりんに屠蘇散(とそさん)という水以外の物品を「混和」して作る「おとそ」は、基本的には「みなし製造」された「酒類」となるので、製造免許を持っていない個人が作ると、酒税法の「みなし製造」に抵触するおそれがあります。
酒類に水以外の物品(当該酒類と同一の品目の酒類を除く。)を混和した場合において、混和後のものが酒類であるときは、新たに酒類を製造したものとみなす
※酒税法第八章第四十三条より抜粋
なお、「みなし製造」には法律違反にならない特例措置が設けられています。
「みなし製造」の特例措置が適用されるための要件を、「おとそ」に関係するものに絞ってみていきます。
(1)使用する酒類は、酒税が納付または徴収された(またはされるべき)ものであること
(2)酒類の消費者が自ら消費するため、アルコール分が20度以上の酒類と酒類を除く他の物品との混和をする場合(作り置きする場合)
(3)消費の直前において、酒類の消費者が自ら消費するため、酒類と酒類を含む他の物品との混和をする場合(すぐ飲む場合)
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自家製の「おとそ」は特例措置の要件をクリアできる?
最後に、実際に自家製の「おとそ」を作る場合、特例措置の要件がクリアできるかどうかを確認していきましょう。
(1)の要件は、(2)(3)どちらの場合でも必須ですが、酒販店やスーパーなど小売店で売られている日本酒やみりんを使うことでクリアできます。
(2)と(3)の要件については、それぞれの注意点も含めてみていきます。
(2)(3)共通の注意点:「酒類の消費者が自ら消費するため」に作っているか
ほかの要件を満たしたうえで、製造免許を持たない個人が作ってよいのは、自分と同居の親族が飲む分の「おとそ」だけ。販売はもちろん、原則として譲渡も許されていません。
(2)の注意点:使っているのは「アルコール分が20度以上の酒類」か
酒税法で定められたアルコール分の上限は、日本酒が22度未満、みりんが15度未満なので、(2)の要件がクリアできるのは20度以上22度未満の日本酒のみとなります。
国税庁の調査によると、市販されている清酒(日本酒)のアルコール分の平均値は15度台。20度以上22度未満の日本酒は一般的とはいえないので、特例措置が適用される日本酒を使用するのは現実的には難しいといえます。
(3)の注意点:「消費の直前」に「混和」したか
「おとそ」の場合、屠蘇散の成分が日本酒やみりんに抽出されるまで5~8時間ほどかかるため、それが「消費の直前」とはいいにくく、酒税法に抵触するおそれがあります。
酒税法に抵触した場合には厳しい罰則もあります。一般的な家庭で、「おとそ」を作る際に特例措置の(2)(3)をクリアすることが難しいので、次で紹介する市販の「おとそ」でたのしむことをおすすめします。
蔵元が手掛けたおすすめの「おとそ」を紹介
正月にぜひ飲みたい、日本酒やみりんを造る蔵元が手掛けた市販の「おとそ」を紹介します。
大七(だいしち)酒造「大七の七福おとそ」
大七酒造株式会社提供
福島県の大七酒造が造る至高の味わいの「おとそ」。3年間熟成させた「粕取り焼酎」に米麹(こめこうじ)ともち米を加えて「本直し」を造り、「生酛(きもと)純米大吟醸雫(しずく)原酒」をブレンド。高野山から取り寄せた7つの生薬からなる屠蘇散を漬け込みました。
※季節限定商品(11月下旬ごろ発売)。
製造元:大七酒造株式会社
公式サイトはこちら
白扇(はくせん)酒造「福来純 屠蘇酒(ふくらいじゅん とそしゅ)」
白扇酒造株式会社提供
日本酒「黒松白扇」や、もち米四段仕込みで造る「福来純 純米料理酒」などで知られる岐阜県の白扇酒造の「おとそ」。蔵元の看板商品のひとつ、国産のもち米と米麹、米焼酎のみで造られた旨味たっぷりの「福来純『伝統製法』熟成本みりん」に屠蘇散を浸して造った逸品です。
※11月中旬ごろから12月31日ごろまでの期間限定商品。
製造元:白扇酒造株式会社
公式サイトはこちら
今西清兵衛(いまにしせいべえ)商店「春鹿 延壽 屠蘇酒(はるしか えんじゅ とそざけ)」
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日本酒「春鹿」ブランドでおなじみの奈良県の今西清兵衛商店が手掛ける「おとそ」。平安時代創業の菊岡漢方薬局が特別に調合した屠蘇散を、日本酒と本みりんを合わせたものに漬け込んで仕上げています。さらりとした飲み口で、生薬の香りと甘味がほのかに感じられるのが特徴です。
※季節限定(毎年11月下旬ごろ発売)。
製造元:株式会社今西清兵衛商店
公式サイトはこちら
正月酒「おとそ」の作法とは
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正月に飲む酒「おとそ」には作法があります。祝い酒ですから作法を気にせず飲んでもよいのですが、無病長寿の願いが込められた伝統的な飲み方も知っておくとたのしみが広がります。
細かな作法は地域や家庭によって異なるものなので、ここでは一般的な流れを紹介します。
「おとそ」を飲むときの準備
まず「おとそ」を飲むための事前準備から紹介します。
「おとそ」用の酒器を準備する
「おとそ」を入れる「銚子(ちょうし)」、大中小3種類の「盃(さかずき)」、盃を置く「盃台(さかずきだい)」、これら一式を載せる「屠蘇台(とそだい)」からなる「屠蘇器(とそき)」を準備します。使用する際には、水引の「銚子飾り(ちょうしかざり)」を銚子に結びつけます。
「屠蘇器」がない場合には、正月にふさわしい少し高級感のある酒器などで代用します。
「おとそ」を飲む前にすること
「若水(わかみず)」と呼ばれる元日の朝一番に汲んだ水で手を清めます。そして神棚や仏壇を拝み、家族に新年のあいさつを済ませます。
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正月に「おとそ」を飲むときの作法を知ろう
「おとそ」は元日の朝、おせち料理を食べる前に飲むものとされています。
「おとそ」を飲む際は、家族全員で東の方角を向き、年の若い人から順に飲んでいきます。年少者が先に飲む理由は毒見役だったからとも、若者の生気を年長者に伝えるためともいわれています。また、厄年(やくどし)の人は家族に力を分けてもらって厄を祓うため、最後に飲みます。
飲む順番が回ってきたら「ひとりこれを飲めば一家苦しみなく、一家これを飲めば一里病なし」と唱えてから飲みます。小さな盃から1杯ずつ順に飲み、中くらいの盃、大きな盃と3回に分けて飲むのが正式な作法です。ひとつの酒器で飲む場合には、器に注いだら飲み干すという動作を3回繰り返します。
正月など祝い事には日本酒がつきもの
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正月酒は「おとそ」だけではありません。古くから神々への供え物とされてきた日本酒も、正月をはじめ、めでたい日に飲まれる「祝い酒」として親しまれてきました。正月にもかかわりがある「御神酒(おみき)」や「鏡開き」についてみていきます。
「祝い酒」として正月にも飲まれる日本酒
正月には、多くの家で家族や親戚が集まり、新しい一年の始まりを祝います。「おとそ」はもちろん、おせち料理やお雑煮などとともに普段より少し高級な日本酒をたのしむ人も多いのではないでしょうか。
古くから神々への供え物とされてきた日本酒は、日本の文化のなかでさまざまな儀式や行事に欠かせないもの。正月以外にも、お祭りや結婚式、記念日などのめでたい日に「祝い酒」として日本酒を飲む風習が根づいています。
正月に振る舞われる「御神酒(おみき)」とは
正月には、普段とは異なる特別な日本酒を飲む機会が多くあります。そのひとつが、初詣の際に神社で振る舞われる「御神酒」です。
「御神酒」とは、神前にお供えする酒のこと。神霊が宿るといわれ、参拝者は振る舞われた「御神酒」をいただくことで、「神のご加護が得られる」とされています。
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正月に行われる「鏡開き」とは
正月や祝いごとの際には、木槌などで酒樽のふたを叩き割り、酒を振る舞う「鏡開き」も行われます。日本ではもともと神前に供えられた日本酒を、神事が済んだあと参列者で飲みかわし、祈願の成就を願うという習慣がありました。「鏡開き」は供えられた日本酒が樽酒だったときに行われる神事なのです。
また、1月11日などに神様にお供えしていた鏡餅を下ろして叩き割り、お汁粉などにして食べる正月行事も「鏡開き」と呼ばれています。こちらは江戸時代に武士の家で行われていたものが町人たちの間にも広まったもので、仕事始めの意味合いがあります。
なお「鏡開き」という言葉は、酒樽のふたが「鏡」または「鏡板」と呼ばれていたことに由来します。「鏡割り」「鏡抜き」ともいわれますが、「割り」「抜き」より、縁起のよい末広がりをイメージさせる「開き」が使われるようになりました。
「おとそ」は無病や長寿への願いが込められているお酒です。家族みんなで元日に飲めばすばらしい1年を迎えられそうですね。