「東洋美人」澄川酒造の若き当主によって生まれ変わった山口の人気地酒【山口の日本酒】
「東洋美人」は山口県萩市の蔵元、澄川酒造場が手掛ける人気の日本酒銘柄です。2016年(平成28年)12月、日露首脳会談のために来日したロシアのプーチン大統領に振る舞われ、絶賛されたことも話題となりました。銘酒「東洋美人」の旨さの背景に迫ります。
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「東洋美人」と「十四代」の運命的な出会い
出典:澄川酒造場
「東洋美人」を生まれ変わらせたのは4代目の現当主
「東洋美人」は、大正10年(1921年)に創業した澄川酒造場の銘柄酒です。特徴のある名前は、初代当主が亡き妻を思って名づけたもの。米本来の旨味を感じさせる品のよい味わいが、その名によくマッチしています。
もともと「東洋美人」は、地方の小蔵元が醸造する一銘柄にすぎませんでした。その後、現4代目当主の澄川宜史氏が家業を継いで蔵元杜氏となり、原料と伝統製法にこだわったていねいな酒造りを実践。おいしさと品質を地道にブラッシュアップしていった結果、現在のような人気銘柄に生まれ変わったのです。
「東洋美人」の蔵元が影響を受けた「十四代」の蔵元杜氏
澄川氏は、在籍していた東京農業大学の応用生物科学部醸造科学科の学外実習で、山形県の銘酒「十四代」の蔵元を訪れました。そこで出会ったのが高木酒造の当主、高木顕統氏です
高木氏は、当主が醸造も行う“蔵元杜氏”の先駆け的な存在。経営はもちろん、酒造りにも命を削って向き合い、自らの思いを「十四代」に反映させています。
澄川氏は、高木氏の真摯な仕事ぶりに影響を受け、同じ蔵元杜氏の道を歩むことを決意。以来、酒は“稲をくぐり抜けた水でありたい”という自身の思いを「東洋美人」に込め、米の丸味、甘味、旨味が味わえる酒造りに取り組んでいます。
「東洋美人」が乗り越えた未曾有の豪雨災害
出典:澄川酒造場
「東洋美人」の蔵元を襲った集中豪雨
「東洋美人」は蔵元杜氏、澄川氏の尽力で、その旨さが知られるところとなり、東京をはじめ全国にファン層と販路を広げていきました。
生産量も拡大を予定し、前途洋々と思われていた矢先の出来事です。平成25年(2013年)7月28日、山口県で集中豪雨が発生し、蔵の目の前を流れる田万川が氾濫。澄川酒造場にも濁流が押し寄せて機械類が水没し、冷蔵庫内で出荷を待っていた約1万本の「東洋美人」が流されたのです。その被害は甚大で、澄川氏が“廃業”を考えるほどでした。
「東洋美人」を救った“大応援団”
澄川酒造場を救ったのは、全国から集まった各地の蔵元関係者や酒販店、災害ボランティア、そして澄川氏が醸す「東洋美人」のファンの人々でした。延べ1,500人以上という“大応援団”の助けを受けた蔵元は、5か月後、例年よりわずか2か月遅れで仕込みを再開することができました。
修築された蔵の壁には、澄川酒造場の復活を確かめようとやってきた応援者たちの寄せ書きが残されています。彼らの気持ちに応えるため、澄川氏はその後、「原点」「ippo(一歩)」、さらに「醇道一途(じゅんどういちず)」という「東洋美人」の新シリーズを次々に発表していきます。
「醇道一途」は、澄川氏が、師のひとりである但馬杜氏の故・米田幸市氏から贈られた言葉。そこに込められた、「何があろうと、今もこれからも酒造りひと筋に生きていく」という思いを胸に、澄川酒造場と「東洋美人」は未来に向けて前進し続けているのです。
「東洋美人」で叶える天才蔵元杜氏の理想とは
出典:澄川酒造場
「東洋美人」が酒質を向上させ続けているわけ
「東洋美人」は、厳選した上質な酒米と土地の良水を使い、伝統的な製法でていねいに造られている日本酒です。各工程では経験によって培われた“感性”を大切にする一方、勘頼みにはせず、学問的な知識や計測データを駆使した酒造りが行われています。
被災後の設備投資では、地上3階建ての蔵を新設。最先端の自動洗米浸漬装置などを導入し、生産効率を高めました。
酒質が年々向上し続けているのも、一部を機械化することで余裕が生まれ、伝統的な製法をしっかり行う酒造りが徹底できるようになったためといわれています。
「東洋美人」は世界で認められる山口の酒
「東洋美人」を手掛ける澄川氏には、地酒を造る蔵元杜氏としての理想があります。それは、「地元への貢献を第一義に考え、地元住民が誇りにできる蔵元」になることです。
一方で「東洋美人」は、プーチン大統領に絶賛されたほかにも、平成25年(2013年)に開催されたFIFAワールドカップ南アフリカ大会の公認日本酒のひとつに選出されるなど、海外でも広く認められています。ていねいな仕事を積み重ねて醸した山口の酒「東洋美人」が、世界的にも好評を博す日本酒に成長したことで、「地元住民が誇りにできる蔵元」をめざすという澄川氏の理想の一部は叶えられたのかもしれません。
2016年に、プーチン大統領に供されたのは、澄川酒造場の旗艦商品「東洋美人 壱番纏(いちばんまとい)」。地元の契約農家が生産した山田錦を使用し、40%まで精米した純米大吟醸酒で、米の旨味、酸味、香り、キレなどが見事に調和した極上の一本です。入手困難ともいわれていますが、機会があればぜひお試しを。冷やして飲むのがおすすめです。
監修者
工藤貴祥
(一社)日本ソムリエ協会認定ソムリエ・エクセレンス、同SAKE DIPLOMA、きき酒師、焼酎きき酒師、日本ビール検定2級。29年以上お酒業界にいて、特に日本酒愛、ワイン愛、ビール愛が止まらない。もちろんこれ以外のお酒も(笑)。料理やアウトドア、古典酒場巡りが趣味。