焼酎ブームの火付け役・二階堂酒造が手がける伝説の麦焼酎

焼酎ブームの火付け役・二階堂酒造が手がける伝説の麦焼酎
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二階堂酒造は、昭和の焼酎ブームを牽引した大分県の老舗蔵。代表銘柄「大分むぎ焼酎 二階堂」をはじめとする伝説の麦焼酎はどのようにして生まれたのか、どのように育まれてきたのか、その魅力と秘密を深堀りしていきます。

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二階堂酒造の歴史

二階堂酒造の歴史

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二階堂酒造の始まり

二階堂酒造は、慶応2年(1866年)から続く大分の老舗蔵。創業当初は、焼酎ではなく醸造酒の製造を手がけていました。おもに蒸し米と米麹、水を仕込んで密封し、土の中で熟成させたにごり酒「麻地酒(あさじざけ)」を醸していましたが、昭和18年(1943年)、戦時中の食糧不足により休業を余儀なくされてしまいます。

焼酎蔵としての再スタート

二階堂酒造が復活したのは、それから6年の時を経た昭和24年(1949年)のこと。蔵の再開を機に焼酎蔵へと鞍替えし、戦時中より続く麦の統制が撤廃された昭和26年(1951年)には、米麹に代わる麦を用いた麹の製法に着手しました。原料も麹もすべて麦という麦100%の麦焼酎を開発し、昭和49年(1974年)に発売。麦焼酎ブームの火付け役として、広く知られるようになりました。

その後も麦特有の風味を追求し続けた二階堂酒造は、蔵の名を冠した銘柄「二階堂」で、「いいちこ」で知られる三和酒類とともに第2次焼酎ブームを牽引。日本全国に焼酎の魅力を浸透させました。

二階堂酒造の功績

二階堂酒造は、大分麦焼酎を全国へ広め、また大分県をトップレベルの麦焼酎生産県に押し上げた功績が認められ、昭和54年(1979年)の農林水産省「第一回食品産業優良企業賞」受賞。これを皮切りに、内閣総理大臣中曽根康弘紺綬褒章や内閣総理大臣竹下登紺綬褒章、内閣総理大臣海部俊樹紺綬褒章、社会保険庁長官功労賞など、多数の賞を受賞。焼酎ブームはもとより、後の焼酎文化にも多大なる影響をもたらしました。

二階堂酒造の焼酎造り

二階堂酒造の焼酎造り

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二階堂酒造の原点「麻地酒」とは?

二階堂酒造の焼酎造りの原点は、創業当時に手がけていた「麻地酒」にあります。醸造酒の製法を受け継ぎ、改良を加えて今に至っているのです。
「麻地酒」とは、日本酒の起源のひとつとされるにごり酒。古くは江戸時代初期に詠まれた詩歌に登場し、風味のある美酒として庶民の間で愛飲されていたといいます。一時は藩が醸造に携わり、将軍への献上品として重宝されていたそう。このような記録からも、「麻地酒」が名酒であったことがわかります。

二階堂酒造の焼酎造り

二階堂酒造が醸造酒から蒸溜酒へと乗り換えたのには理由がありました。米を原料に天然醸造される「麻地酒」は腐敗しやすく、貯蔵に向かなかったからです。こうした「麻地酒」の弱点を補うべく採用したのが、もろみのうわずみを蒸溜精製するという方法。さらに麦による麹の製法を研究し、麦だけを原料にした麦100%の焼酎を完成させました。

二階堂酒造の製法は秘伝

「麻地酒」の流れを受け継ぐ麦焼酎のレシピは、後継者のみぞ知る門外不出の秘伝。そのため、二階堂酒造の名を全国に轟かせた今も、家内醸造という体制を継承し、伝統の製法を守り続けています。二階堂酒造が手がける本格焼酎が焼酎ブームの火つけ役となり、誕生から半世紀近くの時を経てもなお愛され続けているのは、こうしたゆえんなのかもしれません。

二階堂酒造が焼酎ブームにもたらしたもの

二階堂酒造が焼酎ブームにもたらしたもの

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麦焼酎ブームの火付け役に

二階堂酒造が麦100%の本格焼酎を発売したのは、昭和48年(1973年)のことです。70年代半ばの日本といえば、人々の健康への関心が高まり、健康ブームに沸いていた時期。当時健康食品として注目を浴びていた麦だけを原料に造られる本格焼酎は、多くの人々に受け入れられ、麦焼酎ブームが巻き起こります。さらに県を挙げた取り組み「一村一品運動」の後押しを受け、大分の麦焼酎は、全国に通じる焼酎ブランドへと成長をとげたのです。

第2次焼酎ブームを牽引

80年代には、缶チューハイの登場で第2次焼酎ブームが到来。気軽に飲める甲類焼酎が大流行し、若者を中心に焼酎文化が浸透しましたが、一方で、二階堂酒造の「大分むぎ焼酎 二階堂」が三和酒類の「いいちこ」とともに本格焼酎市場を席巻します。両者ともに一時は店頭で品薄になるほど話題を呼び、第2次焼酎ブームを牽引。その後の焼酎文化に大きく貢献しました。

焼酎ブームの火付け役「二階堂」とは

焼酎ブームの火付け役「二階堂」とは

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「二階堂」の特徴

二階堂酒造の名を日本中に知らしめたのは、蔵の名を冠した代表銘柄「大分むぎ焼酎 二階堂」でしょう。「二階堂」は、日本で初めて麦だけを原料に造られた麦100%の本格焼酎。大分県の焼酎蔵の経営安定化に貢献し、第二次焼酎ブームの火付け役にもなった伝説の銘柄です。

選び抜かれた大麦と麦麹、良質な水だけを原料に育まれたその雫は、麦の甘味と芳醇な香りが特徴。減圧蒸溜ならではのクセのないすっきりとした味わいは、麦焼酎ファンだけでなく、焼酎を飲み慣れていない人やアルコールはたしなむ程度という人からも支持を集めています。

「二階堂」のおいしい飲み方

飲み飽きない味わいに定評のある「二階堂」は、その割り方もさまざま。ロックや水割り、お湯割りといった定番の飲み方はもちろんのこと、レモンやすだち、かぼす、梅干しなどをプラスしたり、甲類焼酎のようにソーダやジュースで割ったりと、多彩な飲み方がたのしめます。焼酎を飲み慣れていない人やお酒が苦手な人には、コーヒー割りや紅茶割り、牛乳割りなどもおすすめです。

二階堂酒造が誇る伝説の麦焼酎「吉四六」の魅力

二階堂酒造が誇る伝説の麦焼酎「吉四六」の魅力

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「吉四六」の特徴

「吉四六(きっちょむ)」は、「大分むぎ焼酎 二階堂」をじっくりと熟成させた本格麦焼酎。華やかかつ芳醇な香りと、まろやかな口当たりが特徴です。
とんち話で有名な大分の民話の主人公「きっちょむさん」の名を冠したこの焼酎の最大の特徴は、一度見たら忘れられない壺型のボトルにあります。「吉四六」には、陶器製の壺に入った「吉四六 壺」と、壺型の瓶に入った「吉四六 瓶」がありますが、「壺」はコルク製の栓をしておくことで熟成が進むため、購入後も好きなだけ寝かせて味わいの変化をたのしむことが可能です。壺表面を飾る味わい深い文字も、すべて職人による手書き。同じものは2つと存在しない、コレクション性の高い逸品に仕上がっています。

「吉四六」が伝説となった時代的背景

「吉四六」の人気は、宅飲み派の焼酎ファンのみならず、飲食店においても広がりをみせました。第二次焼酎ブームに続き、日本中がバブル景気に沸いた時代は、バーの棚に世界中の名だたる蒸溜酒と並んで「吉四六」が置かれ、洋酒よりも焼酎を好む人の間では、焼酎ブームを牽引した「二階堂」ではなく「吉四六」をボトルキープするのがステイタスとされていたことも。高級クラブや会員制バーなどでは、最高級ランクのブランデーやウイスキーとともに「吉四六」が並ぶ光景が見られることもありました。
こうして、夜の街でいくつもの物語を紡いできた「吉四六」は、その芳醇な香りとまろやかな口当たり、ボトルのインパクトとともに、時代のアイコンとして多くの人の心に残り続けたのです。

二階堂酒造は秘伝の製法を守り抜くべく、家内醸造という形態を貫いているため、多くの銘柄を世に送り出すことはできません。それでも、麦焼酎ファンの好みに合わせ、「二階堂」の原料や製法を活かした趣のある商品を複数手がけています。「二階堂」が気に入った人は、よりカジュアルな味わいの「焼酎倶楽部」、「二階堂」ならではの香りとなめらかな口当たりがたのしめる「吉四六の故郷」、長期貯蔵でふくよかな香りとやわらかい口当たりを引き出した「豊後路(ぶんごじ)」なども試してみてください。

二階堂酒造有限会社
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大分の焼酎【二階堂(にかいどう)】本格焼酎ブームの草分け的存在

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