「日本酒を世界酒へ!」今秋、フランスに醸造所を設立、 〜WAKAZEのチャレンジ〜

「日本酒を世界酒へ!」今秋、フランスに醸造所を設立、 〜WAKAZEのチャレンジ〜

昨年夏、東京三軒茶屋に、どぶろくやボタニカル副原料を使用したお酒を製造する「三軒茶屋醸造所」を開設、従来にない新たなタイプのSAKEづくりを行う“WAKAZE”。2015年のチーム結成時に掲げた「フランスにSAKEの醸造所を設立」の目標達成にあと一歩と迫った、渡仏直前の今井杜氏に話をうかがいました。

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生家は酒蔵、企業へ就職後、仲間と出会い「WAKAZE」を結成

オシャレな飲食店が立ち並び、さらには日本酒ファンが注目する人気店が多いことで話題のエリア・三軒茶屋に、昨年7月に誕生した「WAKAZE三軒茶屋醸造所」。
30歳前後の同世代のメンバーで結成した“日本酒ベンチャー企業”が行なった、わずか4.5坪のスペースで新しいタイプの酒を醸造し、さらに併設の飲食店で多国籍料理との“ペアリング”で味わうことができるという珍しい事業展開は、日本酒業界に新たな風を吹き込んだことで大きな話題を呼びました。

三軒茶屋駅から徒歩5分ほどの、飲食店が立ち並ぶ一角にある醸造所。

200Lのタンクが4本並び、醸造の設備はすべて整っています。

醸造の責任者となる杜氏を務めるのは、今井翔也氏。群馬県の180年近く続く「聖酒造」の三男として生まれ、東京大学農学部を卒業後、一般企業へ就職。そこで、外資系コンサルタント会社出身の稲川琢磨氏と出会い、同世代のメンバー5名で「チームWAKAZE」を結成。「WAKAZE」は「和の風」と、酒蔵の若手職人を意味する「若勢」の2つの意味を込めて命名したそうです。
世界中に日本酒を飲む人の裾野を広げたいとの思いから“日本酒を世界酒に”を合言葉に、2015年、目標に向けて動き出しました。

(今井さん) 実家の酒蔵は長兄が八代目として継いでくれました。次兄は愛知県の酒蔵の蔵人参謀を務めています。自分は酒造りに興味はありましたが、実際に酒蔵で働くイメージは正直あまり湧かなかったですね。
大学に進学する頃、日本酒業界の低迷がかなり深刻な状況でしたが、実家の蔵もそんな感じでした。「うちの蔵に足りてないところを何か自分が補えたら」と思い、東京大学農学部で食品生化学を研究し、卒業後は大学院に進みました。

左から聖酒造社長の長男・健夫さん、丸石醸造蔵人参謀の次男・俊輔さん、三男・翔也さん。

その後、休学して、企業のインターンシップに参加したり、貯めたお金でヨーロッパを旅行するなど、自分の向かう先をいろいろと探していたのですが、インターンで行った、有機野菜など食品の宅配事業を行う会社「Oisix」で、造り手(生産者)が作ったよいものを消費者のもとに届けるには、その価値を紐解き、わかりやすく伝達する“伝え手”の存在がとても重要であるということに気づきました。

これは日本酒に置き換えても同じことなんです。実家の酒を飲んでおいしいと感じるけれど、酒蔵は厳しい状況。いいものがあるのに状況が厳しいのは、その価値がしっかりと伝わっていないということですから、造り手と伝え手間のコミュニケーションが不足しているところに、日本酒業界の問題があるのではないかと深く思いました。
そこで、自分は“伝え手”として実家をサポートしていきたいと思い、大学院での研究を止め、Oisixに正式に入社しました。

幸いにも兄が頑張って立て直してくれたおかげで、自分がいなくても実家は大丈夫だったので、会社勤めをしながら、自分ができる形で日本酒を盛り上げる活動を始めていたのですが、そこで、同じように日本酒で何かをしたいと考えていた稲川と出会い、さらに、ほかの3名も加わって「チームWAKAZE」を結成しました。

“日本酒を世界酒に”するために

5人のメンバーで「チームWAKAZE」を結成し、自分たちが日本酒で何ができるか、どうしていきたいかを話し合うなかで、全員に共通していた思いは“日本酒を世界酒に”。
そのために、まず何から始めるべきかを考え、出した答えは「フランスでSAKEを造る」。
いきなり大きな目標を掲げ、ただ夢を見たわけではなく、そこにはしっかりとした理由がありました。

(今井さん)日本酒を世界酒にすることを目指し、そのゴールから逆算して考えたときに、きっとどこかに“ターニングポイント”となるきっかけがあるはずだと思いました。それは、誰もができないと思っていた場所で日本酒が造られ、親しまれ、世界から注目されることではないかと。
そこで、食の都であり、ワインが愛されているフランスでSAKEを造ろうと決めました。あえてインパクトの大きな、ハードルの高いところから勝負していくことにしたんです。

インタビューに答える今井さん。

すぐにフランスに向けて動き出すのではなく、まずは日本でできることから少しずつ始めていこうということに。実家の聖酒造とコラボレーションし、日本酒初心者に向けた「WAKAZE飲み比べセット」をリリースするなど、会社勤めをしながら日本酒の伝え手としてチームで活動をしていたなかで、ヨーロッパ初の酒蔵を訪ねる機会があり、そこである大きな決意が生まれました。

(今井さん)「WAKAZE飲み比べセット」が経産省のプロジェクトに採択され、フランスで開催される日本酒のイベントに出展した際、足を伸ばしてノルウェーにあるヨーロッパ初の酒蔵「Nogne Ø(ヌグネ•エウ=裸島)」を訪ねました。そこで出会った杜氏のシェティル・ジキウン氏に大きな影響を受けました。日本の酒蔵に比べるととても素朴な設備でしたが、ちゃんとお酒を醸しているのを見て背中を押された気がしたんです。それまで、「酒造りの道は一生かけて向き合う、深く難しいもの」と構えていて、目標こそ掲げたものの実際のイメージはなんとなくしかなかったのですが、それでは前に進めないなと。まずは、造ってみることが大切だと思い、帰国したら退職して本格的に酒蔵で修行をすることを決めました。

3年間の修行期間で得たものは

修行先として最初に浮かんだのは、秋田県にある新政酒造。従来の日本酒にはなかった新たな味わいや世界観にファンも多く、伝統を守りながら新しいものづくりを行う酒蔵のスタイルに魅力を感じ、第一候補だったそうです。

(今井さん)まず新政酒造で学びたいと思い、ツテがなかったので代表電話にかけてお願いしたのですが、最初はまったく相手にしてもらえませんでした。その当時、杜氏を務めていた古関さんと電話やメールでのやり取りをしながら何度も思いを伝えていたのですが、遠回しに断られていました。ところが、ひょんなことから佐藤祐輔社長と電話で話せる機会に恵まれ、翌日15時からのアポが取れて急いで秋田に向かい、直々に思いを伝えたところ修行を受け入れてもらえました。

新政酒造ではほとんどのことを経験させてもらい、多くのことを学ばせてもらって、師匠の古関さんにはとくに感謝しています。
修行期間は3年間と決めていて、新政で2年間学び、残り1年は自分に足りていないところを学ぶ時間に充てました。

富山県の桝田酒造店では、以前から技術力の高さに感銘を受けていた樽熟成のお酒や、フランスで日本酒文化を根付かせていきたいという思いのもと、桝田社長に地域のまちづくりの部分を含めた酒蔵の在り方について学びました。
新潟県の阿部酒造では、父と息子の二人で酒造りを行う、小規模で丁寧に酒を醸す造りを学ばせてもらい、最後の修行先として行った実家の聖酒造では、タンク一つを受け持たせてもらいました。

修行先では本当に多くの方に支えられたと思います。どこかの蔵の修行が一つでもなかったら、今の自分の基盤はないと思えるくらい貴重な経験をさせてもらいました。

「修行先はすべて“どうしたらこんなにおいしい日本酒を造れるのだろう”と、飲んで心が揺さぶられた酒蔵を訪ねました。
最初に自分に生まれた熱意があったからこそ、多くのことを学べたと思っています」。

WAKAZE三軒茶屋醸造所

当初の予定では、今井さんは修行を終えた2018年のタイミングでフランスに渡る予定でしたが、東京にも「WAKAZE」の拠点を持つことになり、飲食店を併設した酒蔵を設立することに。
2018年7月「その他の醸造酒免許」を取得し、「WAKAZE三軒茶屋醸造所」と併設の飲食店「Whim SAKE&TAPAS」が完成しました。

(今井さん)これまでのWAKAZEは、山形県鶴岡市の酒蔵に委託醸造をしていたメーカーだったので、やっと自分たちの酒蔵を持つことができたのでうれしかったです。新規の清酒免許の取得は難しく、「その他の醸造酒免許」を取得したことで、どぶろくやボタニカル素材を副原料としたお酒を醸造していますが、清酒を造れなかったことで、逆に、お米を含めた植物素材の素晴らしさや、発酵の根源的な部分、さらには食材を掘り下げることで見えてきた日本文化の奥深さと向き合うことができてよかったと思っています。

タンクで発酵中のどぶろく。

創立1周年を祝って造った記念酒。

フランスの米、水、酵母で地酒を醸す

WAKAZE代表の稲川氏がフランスで物件探しや交渉、申請の手続きなどを行い、着々と準備を進め、現在(2019年8月)は建設工事真っ只中。今井さんの渡仏も目前に迫っています。

(今井さん)工事の関係で予定よりも少し時間がかかりましたが、酒蔵完成までもう少しです。
醸造機器は、その後のメンテナンスのことなども考え、現地にあるワインやビールの設備をSAKE用に使用する予定です。

酒蔵となる現在工事中の建物の外観。

代表を務める稲川琢磨氏。

酒蔵の場所はパリから少し南のフレンヌという街ですが、世界最大といわれる食市場のあるランジスの隣町なんです。ランジスの水は、ルイ13世が気に入ってパリまで水路を造って引いたそうで、その同じ水源の水で酒を仕込むことになります。

日本ではきれいな味わいが出せるので軟水で仕込むのが主流ですが、今後はヨーロッパらしい、ミネラル分の多い硬水で仕込みを行います。原料の米は南フランスのカマルグ産のジャポニカ米を使用し、酵母はフランスのワイン酵母。三軒茶屋とは違い、副原料を使用しない「清酒」を醸しますが、どんな土地でもおいしいSAKEは造れることを証明していきたいと思っています。

カマルグの水田。ここで育った米でSAKEを醸します。

日本酒が世界酒になるには、世界中で飲まれるのではなく、さまざまな国で“造られている”ことが大前提だと思うんです。自分がノルウェーの酒蔵を見て背中を押されたように、自分たちの取り組みが、あとに続くプレーヤー(造り手)が増える起爆点になれたらと考えています。

日本酒を世界酒にするために、志を同じくした仲間と力を合わせて、まずはフランスで日本酒文化をしっかりと根付かせてきます。

「一緒に頑張れる仲間の存在はとても力強いです。」と語る今井翔也さん。
9月下旬に無事渡仏し、醸造の準備に取り掛かっています。


4年前、WAKAZE結成時に掲げた目標に向かい、一つひとつ丁寧に努力を重ねてきた今井氏のこれまでの歩みは、さらにその先にある、世界中の人たちに日本酒が愛されている未来に向かって続いていくことでしょう。
フランスでの活躍、そしてその後の展開がたのしみです。

WAKAZE三軒茶屋醸造所
https://wakaze.jp/brewery/

※内容は2019年8月の取材時のものです。

ライタープロフィール

阿部ちあき

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会認定 きき酒師 日本酒・焼酎ナビゲーター公認講師
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター

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