〜「花見蔵」から「黒松白扇」へ〜 28年ぶりに清酒銘柄を戻した 岐阜・白扇酒造の新たな取り組みとは
有名料亭をはじめ、全国の飲食店や料理家から支持されている「福来純 伝統製法本みりん」を醸造する白扇(はくせん)酒造は、日本酒蔵としての歴史も長く、地域の人たちに親しまれ続けています。今秋、清酒銘柄をかつての「黒松白扇」に戻し、酒蔵の一部もリニューアル。心機一転を決断した加藤副社長にお話を伺いました。
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江戸時代後期、みりん屋として創業
岐阜県を北から南に流れる一級河川の飛騨川をもつ川辺町。日本屈指といえる、良質な水に恵まれたこの地で、江戸時代の後期、近隣の清酒蔵元から仕入れた酒粕を原料に焼酎を造り、みりんの醸造を始めたのが、現在の会社の前身となる加藤醸造店です。
明治32年には日本酒の製造免許を取得し、以来、みりんや清酒の地酒屋として地元で愛され続けています。
かつて、みりんの製造に使用していた、もち米を蒸す甑(こしき)と木桶。
みりんよりも日本酒に注力、代表銘柄を「花美蔵」へ
昭和26年、白扇酒造株式会社に社名を変更。戦後の復興や日本の高度成長に伴い、日本酒の製造を中心に事業をさらに拡大しました。
しかし、岐阜の地酒として広く親しまれていた当時の代表銘柄「黒松白扇(くろまつはくせん)」は、他県にも同じく「白扇」を使用した日本酒があることから商標の問題が生まれ、1992年に「花美蔵(はなみくら)」に変更することに。
当時、低価格のみりんや、みりん風調味料が発売され始め、伝統の製法で手間をかけて製造していたみりんの売れ行きが低迷していたこともあり、白扇酒造は酒質の向上を図り、新銘柄「花美蔵」を主力商品とし、日本酒の製造販売に力を注ぎました。
「今でこそ、『福来純 本みりん』は全国のみなさんに使っていただいている弊社の看板商品ですが、30年ほど前は、1日に1本も売れないこともありました。ですから、当時は日本酒の製造にとても力を入れていました」と語るのは、副社長の加藤祐基さん。
「やがて、テレビで料理をテーマにした番組がいろいろと放送されるようになり、一流の料理人や有名な料理研究家がうちのみりんを愛用してくださっていることが知られると、評判を呼び、少しずつみりんの売り上げが伸び始めました。
今では日本酒をやや上回る出荷量があるので、“白扇酒造はみりん蔵”と思い親しんでくださっている方のほうが多いかもしれません」。
全国の料理家から支持されている「福来純 本みりん」「福来純 料理酒」。
恩師のアドバイスで焼酎を研究した5代目
副社長を務める加藤さんは地元を離れ、東京農業大学醸造学科へ進学。しかし、酒蔵を継ぐことはまったく考えていなかったそうです。
大学時代に、恩師となる、故・中田久保先生から「今後、日本酒業界は厳しくなるが、白扇酒造は『みりん』という武器があるのだから、みりんの原料となる焼酎の研究をするといい」というアドバイスをもらい、卒業後は、栃木県で日本酒と本格焼酎を醸造する白相酒造で研鑽を積み、10年前に白扇酒造に入社しました。
「私は長男ですが、当時は自分が酒蔵を継ぐという思いは、とくに強くは持っていなかったんです。ところが、“ある酒蔵の息子が就職先に困っているので白扇酒造で面倒をみて欲しい”と相談を受け、“それならば自分が引き受けて面倒をみる”と、白扇酒造に戻って酒蔵を継ぐと決心しました。
ずっと焼酎を勉強してきたので、自分が造れるのは焼酎です。米焼酎から始まり、芋、麦…と、商品アイテムを増やしていきました。看板商品のみりんと料理酒の売れ行きも安定していたので、日本酒については、品質を変えようとか出荷量を増やそうとかは正直思っていなかったです」(加藤さん)。
加藤祐基副社長。がっしりとした身体は、長年続けてきた格闘技によって鍛えられたそう。
「格闘技が好きすぎて、地元に道場を開いてしまいました(笑)。現在は指導をしています」。
酒の味に感銘を受け、酒造りの世界へ
今から7年前、白扇酒造に入社を希望する若者から一通のメールが届きました。
送り主は、現在杜氏を務める服部龍二さん。
地元の金型工場に勤めていた服部さんは、ある日「花美蔵」を飲んでそのおいしさに感銘を受け、酒造りをしたいと強く思ったそうです。
「工場に勤めていた頃、“自分の人生を何かに熱中させたい”とずっと考えていました。日本酒は以前から好きだったのですが、あるとき飲んだ花美蔵がとてもおいしくて感動して…。
酒蔵が家から近いということもわかり、すぐに、働けないかと問い合わせのメールを送りました。しばらく経って面接をしてもらえることになり、入社が決まりましたが、そこから私の人生は大きく変わりました」(服部さん)。
「入社が決まったときは本当に嬉しかったですね」と、当時のことを振り返って話してくれた服部龍二杜氏。
日本酒造りを一から学び始めた服部さんは、繰り広げられるさまざまな工程に“なぜこうしなくてはならないのだろう”と疑問を持ち、そのたびに文献を取り寄せ、納得がいくまで理解を深めました。
また、杜氏の勉強会や他の酒蔵の見学に積極的に足を運び、酒造りを深掘りし続けました。
「酒造りは、データの向こう側に感覚があると思って取り組んでいます」と語る服部杜氏。
「服部杜氏はとにかく勉強熱心。そして、見た目はクールでシャイだけど、内面はものすごく熱い。一緒にいて、彼の『おいしい日本酒を造りたい』という強い思いが、私の中で燻っていた日本酒熱に火を点けました。
それまで私は日本酒をほとんど飲まなかったのですが、日本酒が大好きになり、今では毎晩日本酒しか飲まなくなったほどです。
4年前に、服部杜氏自ら“杜氏をやらせて欲しい”と、私に申し出てきました。驚きましたが、彼の探究心の深さと丁寧な仕事ぶりはよく理解していたので、製造部では最年少でしたが、彼を杜氏に抜擢しました」(加藤さん)。
お互いにとって欠かせないパートナーとなった、加藤副社長(左)と服部杜氏(右)。
「杜氏の酒造りへの集中力や熱量は本当に高いです」(加藤副社長)。
「副社長は私の人生を変えた、メンターのような存在です」。(服部杜氏)。
28年ぶりの「黒松白扇」の復活
4年前に服部さんが杜氏に就任し、白扇酒造は、日本酒のさらなる酒質向上を目指して酒造りに取り組みました。加藤副社長も、よりおいしい日本酒をお客さんに届けたい思いが強まり、製造部のメンバーと共に頻繁に勉強会を開催し、意見交換を重ねました。
「杜氏はとても頑張ってくれていいお酒を造っていますが、「花美蔵」の銘柄のままだとお客さんに味わいの変化やお酒のよさが伝わっていないのではないかと思っていました。
ちょうど2年ほど前に、「黒松白扇」の商標の問題がクリアになったのですが、ある時、杜氏が、“今後は「黒松白扇」でいきたい”といってきたんです。
私も、新しい銘柄にする気はなく、変えるなら「黒松白扇」だと思っていたので、28年ぶりに銘柄名を戻すことに決め、準備を始めました」(加藤さん)。
かつて岐阜の地酒といえば、「辛口の三千盛、甘口の白扇」といわれるほど知名度が高かった黒松白扇。
同時に酒蔵内の店舗をリニューアルオープン
「黒松白扇」の発売開始を2020年10月に決定しましたが、加藤副社長は同時に、酒蔵の店舗のリニューアルも行うことに。
それまでのお店はお客さんがくつろげるスペースがなく、お客様とは店内で立ち話をするスタイルでしたが、椅子に座ってゆっくりしてもらえる場を提供したいと考え、酒蔵内の貯蔵庫を改装しました。
リニューアルした店舗の入り口。
天井を吹き抜けにしたことで開放感が生まれ、広々とした店舗内。
休憩・商談用の椅子とテーブルが並びます。
椅子は酒蔵で使用していた酒樽を素材にした特注品。
みりんや日本酒、焼酎やリキュールなどが並ぶ店舗内。
北海道の人気のスイーツには白扇酒造の本みりんが使用されている商品があり、店舗内で販売も。
「店舗の構想には1年くらい時間を費やし、デザインは私が担当しました。
梁や柱はそのまま生かし、カウンターには酒を搾るときに使う槽(ふね)を設えるなど、酒蔵らしい雰囲気を大切にしました。
ここで、従業員とお客様が会話を交わし、コミュニケーションが取れるような、みんなにとって居心地のよいスペースになればと思っています。
キッチンも設置しているので、今後は料理研究家の方々を招いて、みりんや料理酒を使用した料理の実演や、杜氏が出演する動画の配信を予定しています。
そのほかにも、さまざまな企画に応じて多目的に利用していきたいと考えています」(加藤さん)。
みんなに喜ばれる酒蔵に
春と秋の年に4回、2日続けて開催される酒蔵開きは、毎回約5,000人が訪れる人気のイベントとなり、地元や近郊はもちろん、東京や大阪、遠くは仙台から足を運ぶお客様もいらっしゃるとか。
「観光地ではない川辺町まで来てくれるのは本当に嬉しいです。
その分、心からたのしんでもらえるようみんなで温かいおもてなしを心がけています。
私は、お客様には、黒松白扇を飲んでよかった、酒蔵に来てよかったと思ってもらい、酒蔵の従業員には、この会社に勤めていてよかったと思ってもらえるような環境をつくるのが自分の仕事だと思っています。
このメンバーなら必ずおいしいお酒が造れる。みんながたのしく伸び伸びと仕事ができる酒蔵づくりを目指しています。」と加藤さんは語ります。
服部杜氏も、「おいしいなかに、個性が光るお酒を造りたい」と語り、料理の味わいを上手に引き立てる日本酒造りに余念がありません。
固い絆で結ばれた二人がタッグを組んで生み出す、新生「黒松白扇」。
多くの人々の心を潤す日本酒となるに違いありません。
白扇酒造株式会社
岐阜県加茂郡川辺町中川辺28番地
営業時間
平日 8:30〜17:00
土日祝 8:30〜17:00
(年中無休 但し、臨時休業を除く)
TEL 0120−873−976
FAX 0120−873−724
https://www.hakusenshuzou.jp
ライタープロフィール
阿部ちあき
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター