リニューアルのコンセプトは“原点回帰” 新潟淡麗を極め続ける麒麟山酒造の原点とは
新潟県の奥阿賀に江戸時代に創業した麒麟山(きりんざん)酒造。新潟清酒の代名詞である‘淡麗辛口’の酒造りで知られ、地元を中心に多くのファンに支えられている老舗酒蔵は、この春、商品ラインナップの大幅なリニューアルを発表。『原点回帰』をコンセプトに掲げた取り組みについて、齋藤社長にお話をうかがいました。
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名峰・麒麟山の麓、自然豊かな奥阿賀に江戸後期に創業
新潟県東部に位置する奥阿賀は、四季折々の表情が豊かな山間の盆地。県内有数の米の名産地として知られる阿賀町は、かつて林業が盛んに行われ、天保14年(1843年)に創業した麒麟山酒造も、元は林業・木炭業を生業としていて、酒造業は2代目当主・齋藤吉平氏の時代から本格的に始まりました。(創業当時から酒造業も行っていたが、本格化したのは2代目の時代から)
古代中国から伝わる縁起のよい架空の動物「麒麟」の姿に似ていることから命名された、名峰・麒麟山。
昭和26年に「齋藤酒造場」から「麒麟山酒造株式会社」へ社名を変更。
現在社長を務めるのは、7代目蔵元の齋藤俊太郎さん。東京の大学を卒業後、広告代理店に勤務し、1995年に故郷新潟に戻り、家業である麒麟山酒造に入社。2006年に代表取締役に就任しました。
「酒蔵と自宅が同じ敷地内にあったので、子どものころから蔵人のみなさんには可愛がってもらいました。長男ということもあり、酒蔵を継ぐことは幼少期から自然と意識のなかに芽生えていたと思います」(齋藤社長)
この春、商品のリニューアルを発表、コンセプトは『原点回帰』
今年3月、麒麟山酒造は大幅な商品の見直しを行い、新ラインナップを発表しました。
12種類あった定番酒を7アイテムに厳選し、季節商品を新たに発売。また、ボトルデザインもこれまでのものから一新しました。リニューアルのコンセプトは『原点回帰』。そこには、齋藤社長をはじめとする麒麟山酒造全員の強い思いが込められています。
齋藤社長:長く酒造りを続けてきて、時代の流れにあわせてさまざまな商品が増えてきたなかで、私たちが本当に提供したいお酒がどんな味わいなのか、麒麟山酒造が何をみなさんに届けていきたいのかが、お客様からは少し見えづらくなってきているのではないかと感じました。社員たちも同じように感じていて、社内で課題として向き合ってきたなかで、「一度、私たちが本当にやりたかったこと、やるべきことに戻ってみよう」ということになり、『原点回帰』をコンセプトに商品をリブランディングすることにしました。
麒麟山酒造は、「麒麟山 伝統辛口(愛称デンカラ)」という普通酒が看板商品です。このお酒は古くから地元のみなさんの晩酌酒として親しまれ、派手さはないけれど飲み飽きしない味わいとして支持されています。
最近の日本酒市場では、希少性の高さや味や香りにインパクトのあるお酒が注目を集めていますが、実際は特定名称酒よりも普通酒の方が市場の半数以上を占めている現実を考えると、目立たない酒だけどサラリと飲める、安定感と定番性の高い普通酒を好む人たちが日本酒市場を支えてくれているのではないかと思いました。
とくに新潟にはその傾向を強く感じていて、麒麟山酒造が地元のみなさんに喜んでもらえる、自信を持ってオススメしたいお酒は何かを改めて考えたとき、高級酒やトレンドを追いかけた酒ではなく、やはり、地域のみなさんの日常の生活に寄り添えるこの「デンカラ」ではないかと社員の意見が一致しました。
そこで、リニューアル後はデンカラを主軸にして、新潟清酒らしい「淡麗辛口」の酒をより極めたラインナップにしていくことに決めました。
麒麟山 伝統辛口 720ml 1,100円(税込)
麒麟山の代表銘柄「デンカラ」。地元で長く愛飲されている、キレのよさと飲み飽きしない味わいで人気のお酒。
齋藤社長:定番商品7アイテムの新ラベルは、旧ラベルにも描かれていた麒麟山と麓を流れる常浪川を鮮やかな色合いで表現し、商品ごとにテーマ色を変えました。
特定名称の表記はやめて、代わりに「淡麗×辛口」「香り×淡麗」「まろやか×淡麗」など、日本酒初心者でもイメージしやすい言葉をボトルの裏に表記してお酒の味わいを表しています。
麒麟山 超辛口 720ml 1,155円(税込)
「辛口×辛口」と表記されたキレ味抜群のお酒。心地よい旨味から徐々に辛さがふくらむ究極の淡麗酒。燗酒もおすすめ。
麒麟山 ながれぼし 720ml 3,300円(税込)
「バランス×透明感」。鮮やかな口当たりとどこまでもひろがる透明感が印象的な純米大吟醸酒。
社内にアグリ事業部を設置、酒米は100%阿賀町産を使用
麒麟山酒造が酒造りに使用している酒米は、すべて地元・阿賀町産。
「地元の酒米で日本酒を造りたい」と、農家を兼業していた当時の蔵人に相談し、知り合いの農家への声掛けで15人が集結し、今から26年前の1995年に「奥阿賀酒米研究会」が発足。地元産の酒米100%での酒造りを目指して酒米の栽培に取り組み続けました。
2011年には麒麟山酒造も酒米を栽培するため、社内に「アグリ事業部」を設置。収穫量も増え、18年にはついに、原料となるすべての酒米を阿賀町産にする目標を達成しました。
齋藤社長:15人でスタートした酒米研究会も、今では30人になりました。契約農家さんとアグリ事業部の努力で、麒麟山酒造のお酒はすべて、酒蔵の半径10キロ内のエリアで栽培された酒米を使用しています。
奥阿賀酒米研究会の契約圃場。「五百万石」「越淡麗」「たかね錦」などを栽培しています。
一等米の食米産地として定評のある阿賀町で、2割近く(全国平均の何倍もの割合)のお米が酒造りに使われています。
齋藤社長:うちでは、アグリ事業部以外の社員もみんな、田圃に入って稲を育てているんです。この取り組みを始めて、蔵人たちは今まで以上に酒米に思いを持ってていねいに酒造りを行うようになりました。また、営業部員は自分たちが育てた酒米でできたお酒を、自信を持って取引先にプレゼンするようになりました。酒造りは米作りから始まっているという意識をみんなが持ち、一丸となって頑張っています。
社員全員で田圃に入り、丁寧に稲を育てています。
「おうちで麒麟山」企画、地元・阿賀町への思い
昨年、新型コロナウイルスによる感染拡大によって外出自粛を余儀なくされた春、麒麟山酒造では、応援企画として、阿賀町の全世帯(約4,500世帯)に日本酒一升を贈答。多くの町民に喜ばれました。
齋藤社長:町内は高齢化が進んでいて、子どもや孫たちが遊びに来てくれるのをたのしみにしている年配の方々が、コロナ禍で会えず寂しい思いをしているという声を多く聞き、何か応援できることはないかと「おうちで麒麟山」企画を思いつきました。社員に相談したら「ぜひやりましょう!」といってくれて、町内の酒屋さんのご協力のもとに実現しました。
じつは、2019年に台風19号の影響で酒蔵が浸水の被害に遭い、2、3ヶ月出荷ができなくなってしまったことがあったのですが、阿賀町の方々にとても助けられ、励まされたんです。地元の方たちとの交流はこれからも大切にしていきたいですね。
林業が盛んだった奥阿賀では木炭をつくるため多くの木が伐採されましたが、木を植え直す人が減り、そのままでは荒地になり生態系や地下水に影響が及ぶため、麒麟山酒造では植林と手入れに力を入れています。
2010年から約5,000本のブナと杉を植え、森林保全の取り組みも積極的に行っています。
淡麗辛口で一世を風靡した新潟清酒の今後は
2004年より毎年3月に開催されている「にいがた酒の陣」は、日本酒ファンなら一度は訪れたい日本酒の祭典。2日間で10万人以上が集う一大イベントですが、齋藤社長は立ち上げメンバーで、2015年より実行委員長を務めています。
齋藤社長:残念ながら昨年と今年は新型コロナで中止になってしまいましたが、「にいがた酒の陣」は毎年多くの方に足を運んでもらっています。新潟のお酒といえば、スッキリとしてキレのある淡麗辛口の印象を強く持たれていますが、ここ数年は、日本酒のトレンドを取り入れた、多種多様な味わいのお酒も造られているので注目を集めていますね。
新潟は環境的にも淡麗辛口酒を生むのに適していたことから、県をあげて新潟らしい酒造りを目指していこうと、全国でも初めてとなる酒造技能者のための清酒学校を設立するなど、技術の向上に力を入れ続けてきました。
こうした取り組みを礎に、各酒蔵がそれぞれ、お客様に味わってもらいたいお酒を追求していくのは、新潟のお酒全体がより進化していくのでとてもよいことだと思います。
そのなかで、私たち麒麟山酒造は、これまでの味わいを守り続けるというスタイルを、改めて「原点回帰」の言葉で明確に表現したことになりますね。
日本中が注目する「にいがた酒の陣」。19年には14万人もの日本酒ファンが集まったそう。
日常を照らし続けるお酒であるために
お米はすべて酒蔵の半径10キロ以内で育てられた酒米を使用。酒蔵のすぐそばを流れる常浪(とこなみ)川の伏流水を仕込水とした銘酒・麒麟山は、地元・阿賀町の「テロワール」を表現。約8割のお酒が県内で消費されていて、地域の方たちの食文化を支えるお酒として高い評価を得ています。
齋藤社長:長年地域の方々に親しんでいただいていますが、その方たちの生活の一部としてあり続けるため、酒質をよりよくしていく取り組みは必要だと思っています。
5年前にお酒を貯蔵するための第二蔵を新設し、温度管理をしっかりして数ヶ月の貯蔵後に出荷していますが、以前に比べて劣化を抑えられるなど酒質がとてもよくなりました。味わいは変わらないままに、品質はより高めていきたいですね。
貯蔵専用の第二蔵の名称は「鳳凰蔵」。中国の伝説の四動物のなかから、麒麟と相性のよい鳳凰から命名。
齋藤社長:定番商品とは別の季節限定商品については、社員のアイデアも取り入れながら、新たなチャレンジをしていく予定です。飲んでくれるみなさんがどう感じてくれるか、フィードバックをいただきながら、私たちの技術でできるチャレンジもしていきたいですね。
これからも地元のみなさんと向き合って、私たちが本来目指してる酒造りをしっかりと続けていきたいと思っています。
個性豊かな日本酒が登場し続けるなかで、新潟清酒の伝統の味わいを変わらず守り続けることを掲げた麒麟山酒造。
「原点回帰」のテーマは、日本酒ファンへの一つのメッセージでもあるのかもしれません。
徹底した温度管理のもと、100本のタンクで貯蔵を行なっています。
麒麟山酒造株式会社
959-4402
新潟県東蒲原郡阿賀町津川46
TEL 0254-92-3511
https://kirinzan.co.jp
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ライタープロフィール
阿部ちあき
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター