〜日本酒をたのしむシーンの演出を〜 木本硝子がプロデュースする「日本酒グラス」とは

〜日本酒をたのしむシーンの演出を〜 木本硝子がプロデュースする「日本酒グラス」とは

日本酒の味わい方が多様化し、多国籍の料理と合わせてたのしむペアリングにも注目が高まるなか、そのテーブルシーンを演出し、よりおいしくお酒を味わえる“日本酒グラス”のプロデュースにいち早く取り組んだ木本硝子株式会社。日本酒ファンのために生み出したグラスの開発秘話について木本社長にうかがいました。

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創業は東京・浅草、硝子食器問屋として創業

東京で作られるガラス製品の歴史は古く、江戸時代から職人の手作りの技法によって製作された「江戸硝子」や、幾何学的な文様を加工した「江戸切子」の製法が受け継がれ続け、現在も東京を代表する伝統工芸品として親しまれています。
1931年(昭和6年)に創業した木本硝子(きもとガラス)株式会社は、ガラス食器専門の問屋として90年の歴史を持ち、現在の木本誠一社長で三代目になります。


木本社長)東京は江戸時代から硝子製品の産地でした。当時、さまざまな文化が発展したなかで、ガラスに職人が砥石で文様を入れた江戸切子が生まれましたが、江戸っ子の持つ粋な格好よさが表れているように感じますね。明治時代になると品川に国立のガラスの製造所が設立され、イギリスから技術者を呼んでヨーロッパの技術を導入したガラス製品が作られるようになりました。重たい原材料を運ぶのに水運を利用していたことから、川や運河のある墨田区や江東区などに硝子の工場が建ち、さらにその周辺に職人たちがいたので、東京の下町はガラス製品の産地になりました。弊社は創業時からずっとこの場所で、ガラス食器に特化した問屋を続けています。

東京生まれ東京育ちの木本誠一社長。

創業時から変わらず台東区の春日通り沿いにある本社とショールーム。

百貨店からスーパーの時代へ、その後、デフレを痛感

大手総合電機メーカーに4年勤め、その後、家業を継いだ木本社長。ガラス食器問屋としてのそれまでのおもな取引先は百貨店でしたが、当時(昭和50年代頃)の時勢を鑑みて、今後の流通の中心はスーパーマーケットになることを確信し、大手流通グループとの業務提携を開始しました。


(木本社長)当時はショッピングセンターの全国展開や、店舗の大型化など、スーパーマーケットの台頭が目覚ましかったですね。輸入総代理店制度のもと、弊社は海外のガラス工場と直接取り引きを行って大手量販店に卸していたので、輸入ガラス食器を百貨店よりも安い価格で消費者に提供できました。当時はドイツ、フランス、イタリア、チェコやスイスなど40カ国近くを商談に走りましたね。

しばらく経営は順調でしたが、ある時、モノの価値よりも値段が重視されている潮流を実感し、これはよくないと感じました。この価格競争のデフレ状態から脱却するには撤退しかないと思い、2008年に量販店との取り引きを止めました。同時に大規模なリストラも行い、20名近くいた社員は3名になりました。

それまでの業務を振り返った時に、ふと、海外のガラス製品の輸入をしてきたことは、巡り巡って東京のガラス工場や職人たちを苦しめてしまったのではないかと気づいたんです。そこから、江戸硝子や江戸切子の販売に力を入れるようになりました。

江戸切子のグラスを片手に当時の様子を語る木本社長。

ガラス製品のプロデュース、黒切子の誕生

伝統の江戸切子の販売を積極的に始めたものの苦戦していた矢先、商品を手にした女性の何気ない一言にハッとさせられた木本社長は、そこでの気づきから、これまでの問屋業と視点を変えたビジネスに方向を転換させていきました。


(木本社長)江戸切子を手に取った女性に、「技術は素晴らしいけれど、欲しいとは思わない」とハッキリといわれた時に、ピンときたんですよね。あぁ、ライフスタイルに合っていないんだなと。洗練された現代風のオシャレな空間に従来の江戸切子は合わない。そのためには、デザインとマーケットを変えていく必要があると思いました。

こういう視点は、工場や職人さんたちはなかなか持てないんですよね。そこで、これからはプロデューサーとして、現代のニーズに応えられる江戸切子を、外部のデザイナーや職人さんたちと一緒に生み出せばよいのではないかと気づいたんです。

デザインは旧知のデザイナーに委託して、今までにない黒の江戸切子の開発に取り組みました。高度な技術を要するので簡単ではありませんでしたが、決してあきらめず、江戸川区にある田島硝子さんに技術協力をいただき、一緒に試行錯誤を繰り返しついに商品化しました。
とても評判がよく、とある百貨店では大通りに面したショーウィンドーに展示してくれたんです。うれしかったですね。

漆黒の江戸切子グラスは国内外からの反響があったそう。
木の柾目(まさめ)をイメージした「KUROCOストライプ」。

市松模様の中に細胞の球状の核をイメージした「KUROCO玉市松」。

日本酒グラスの開発へ、「日本酒のおいしさを引き出す」

長年培った、商品を仕入れて売る問屋業の経験を生かし、デザイナーやクリエイターの発想と、硝子工場や切子職人の技術を一つに合わせて商品開発を行うプロデュース業務に業態を変化。次々と製品を生み出し始め、これまでにはない商品を市場に送り出したことで、さまざまな業界から反響があったそうです。
そんななか、友人のデザイナーとの話から日本酒のグラスの製作をはじめることになりました。


(木本社長)今から6年ほど前に、展示会で訪れていたフランクフルトのバーで、友人でデザイナーの澄川伸一氏と飲んでいた時に、「二人とも日本酒が好きだけど、気に入ったグラスがないよね」という話になったんです。そこで、「二人で作ろう」ということになりました。

私がこの開発で大切にしたかったのは、

◇お酒の味と香りのよさを引き出せるものであること
◇料理に合わせてグラスを変えるたのしみがあること
◇女性や外国人の新しいマーケットを開拓できるものであること

の3点。そうして生まれたのが「es」シリーズです。

「es」シリーズのグラスの人間工学に基づいた曲線は、お酒を手の中で包み込んでいるような雰囲気に。

口元の極繊細な返しと美しい曲線が特徴的で、お酒のタイプに合わせてグラスを変えられるように口径や高さ、ステムの有無などで分けて十数種類を製作しました。

このグラスを持って全国の蔵元を訪ね、実際に試してもらったのですが、それまで大手のワイングラスメーカーが日本酒用のワイングラスを商品化した以外は、“日本酒のためのグラス”がなかったこともあって、皆さんからの賛同の声がとても多く寄せられました。

その後、蔵元の方たちにもご協力いただき、いろいろな意見を参考にして日本酒グラスを製作しましたが、海外で活躍する外国人デザイナーや、日本人の女性デザイナーなど、クリエイターたちの斬新なイマジネーションも同時に反映していきました。今では130アイテムにまで増えています。

数ある日本酒グラスの中からお客さんにグラスを選んでもらいやすいように、日本酒のそれぞれのタイプに合うグラスをセレクトしたシリーズ「Sake Glass Selection」。

実際に体感してもらう大切さ

自社でプロデュースした日本酒グラスを多くの人に知ってもらうために、木本社長は百貨店の食器売り場で日本酒の有料試飲会を行い、販売促進につなげました。実際にグラスを試してもらうことで、日本酒をよりおいしく味わえることを体感した多くのお客様が購入されて行ったそうです。


(木本社長)酒屋さんでお酒を選ぶ時に試飲してから購入するのと同じように、グラスも実際に試してもらって、いつも飲むグラスとの違いをハッキリと感じてもらうことが大切だと思いました。五感を通じて感じたよさは身体にインプットされていきますし、そこに感動が生まれると、人にも伝えたくなりますよね。
また、そのグラスのコンセプトを同時にお伝えすることで、知識を持ってたのしんでもらえるようになるので、合う日本酒のタイプなど、グラスの使い方もお伝えしました。

うちのグラスは、一つひとつ手作りなので、たいへん繊細にできていて口当たりもとてもよいので、そのよさをわかっていただける方にはとても喜ばれ、反響が大きかったです。

華やかな香りを持つ大吟醸に合う「華」。

すっきりと喉越しのよい純米吟醸や発泡清酒に向いている「爽」。

生酛や山廃造りのお酒に合わせたい、盃のようなフォルムの「雅」。

ふくよかな味わいの古酒や原酒と合う「醇」。

親しみやすく、応用シーン広い万能グラスの「和」。

ペアリングの次は“トリプリング”

日本酒のグローバル化が勢いを増すここ数年、木本社長は海外のレストランの日本酒をたのしむスペシャルディナーでのグラス提供や、飲食店やソムリエ向けのグラスセミナーなどを積極的に行っています。国内外問わず、日本酒の蔵元とのコラボイベントも行い、日本酒をたのしむシーンの演出にグラスを役立ててもらいたいと東奔西走する毎日です。


(木本社長)NY、パリ、ドバイ、シンガポール…毎月のようにさまざまな国を訪ね、日本酒グラスの魅力を多くの方にお伝えしています。昨年はアフリカのウガンダへも行きました。日本酒を初めて飲む方の場面にも立ち会わせてもらえたことはとても刺激になりましたね。

飲食の場において一番の主役はお客さんであり、その次に料理、そしてお酒。器は添え物であり、テーブルの演出物だと思っています。その演出物によって空間が変わり、テーブルが華やかになり、会話が弾む。そして、お酒のパフォーマンスを引き立てるパートナーでもあります。

料理とお酒を合わせるペアリングはすでに認知されていますが、私はそこに器を加えた“トリプリング”を提案しています。まだ取り入れている飲食店は少ないですが、これから増えていくとうれしいですね。
今後、酒蔵の方など業界を越えたつながりを大切に、“One Team”となって日本酒を盛り上げていきたいと思っています。



作り手たちの思いが込められた、手作りの“メイド・イン・トーキョー”の日本酒グラスが、日本のみならず、世界各国で親しまれ、どんな感動を届けてくれるのか、今後がたのしみです。



奥に見えるショールームでは130種類のグラスのテイスティングが可能(要事前予約)。

木本硝子株式会社

https://kimotoglass.tokyo

ライタープロフィール

阿部ちあき

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会認定 きき酒師 日本酒・焼酎ナビゲーター公認講師
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター

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