創業300年の老舗酒店が仕掛ける、角打ちスペースの魅力を探る
酒屋の店先でちょっと一杯。酒店が厳選した銘柄を、その店ならではのおつまみと合わせて、リーズナブルに味わうことができるのが角打ちの魅力ですね。今回は創業300年を越える老舗「伊勢五本店」が、2号店を中目黒に出店する時に設けたという角打ちスペースに注目。その魅力とともに、若いスタッフたちが今注目する蔵元や焼酎を紹介します。
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宝永3年(1706年)創業の老舗、伊勢五本店
創業以来300年間、谷中の地で営業してきた伊勢五本店。
現在、伊勢五本店の店主は、九代目の篠田俊志さん。篠田さんが代々続いてきた家業を継いだ平成元(1989)年頃までは、寺町の立地をいかして小さな商いを営む昔ながらの酒屋だったとか。その歴史を辿れば、宝永3(1706)年にまでさかのぼります。
初代・篠田五右衛門が、江戸の寺町、谷中に酒屋「伊勢屋五右衛門商店」を開いたのが伊勢五本店のはじまり。「江戸に多きもの、伊勢屋、稲荷に犬の糞」といわれたように、当時の江戸の町には、多くの伊勢商人が営む店が軒を連ねていたそうです。初代・篠田五右衛門もそんな伊勢商人の一人。「伊勢五」とは「伊勢屋五右衛門」の略称です。
寛永2(1625)年に、江戸城の鬼門にあたる上野に寛永寺が創建され、上野にほど近い谷中にも多くの寺院が建てられるようになりました。伊勢五本店は、そんなお寺にお酒を納める酒屋として代々商いを続けてきたのです。
ところが、篠田さんが九代目を継いだ頃から、酒販店を取り巻く環境は大きく変化していきます。「免許制度の改定や量販店の参入など、競争環境が厳しさを増すなか、伊勢五本店としても、それまでの商いのやり方を見直さなければなりませんでした。伊勢五本店を、本格焼酎や日本酒、日本ワインに特化した店へと発展させることで、この危機を乗り越えようと考えました」と篠田さん。
そこで、「研究熱心で信念を持って酒造りに取り組む蔵元や杜氏たちとの出会いを積極的に求めた」といいます。取り扱う蔵の数を増やすことばかりに力を注ぐのではなく、信頼のおける造り手のもとに足繁く通い、深い関係づくりを大切にしながら店づくりを行ってきたことが、現在の伊勢五本店へのお客様の評価やそれを支える確かな品揃えにつながっているようです。
造り手の想いを伝え、架け橋となるのが商人の仕事
中目黒店の店内。本格焼酎をはじめ、日本酒、ワインなど、700〜800種類を取り揃えています。
「私たちが販売しているお酒という商品は、飲めばなくなってしまい、かたちに残るものではありません。ですが、それぞれの商品には、原料を育てる農家の方々や蔵元さんなど、多くの人々のものづくりへの想いが凝縮されています。そんな一つひとつの物語を、しっかりと受け止め、噛み締め、味わい、造り手とお客様との架け橋となって伝えていくのが、私たち商人の仕事なのだと、多くの造り手たちとの出会いを通じて思うようになりました」。
こんな九代目店主・篠田さんの想いは、店内でお客様と向き合う若い従業員たち一人ひとりにしっかりと受け継がれています。今回、中目黒店を案内していただいた丹羽雄一さん(取締役仕入れ企画統括)もその一人。11年前の伊勢五本店との出会いを、次のように振り返ります。
「酒造りに携わりたいと考えて、大学では醸造を学びました。しかし酒造りの現場に身を置くよりも、より多くのお酒について学ぶことができて、それらを造り出す人たちとの出会いや接点があるのは酒販店だと考えて、伊勢五本店の門をたたきました。
当時は千駄木に店を移す前で、谷中の店は歴史を感じさせる重厚な佇まい。薄暗い店内に入っていくと、静かにクラシックの音色が聞こえてきて。それまでに抱いていた酒屋のイメージとは、まったくかけ離れた光景に戸惑いながらも、この店なら何か新しいことができるのではないかと感じたことを覚えています」。
現在は、蔵元との窓口として取り扱う商品の選定や仕入れ業務を担当する丹羽さんですが、配達業務を担当していた頃から、蔵元が主催する勉強会に参加する機会を与えてもらったとか。「当時、造り手がどんなことを考えて酒造りに取り組んでいるのかを、彼らの生の声によって確かめられたことは、お客様に商品をご提案する時の貴重な情報源となりました。そして今でも、酒販店に対する要望や期待の声は、商人としてこの先に何ができるのかを考えるヒントにさせてもらっています。一方で、お客様と日々、接している商人だからこそ、気づけることもあると思うんです。それらを造り手のみなさんと共有し、新しい酒造りにつなげていく。そんな商人になりたいですね」。
中目黒店に初の「角打ちスペース」を設置した想いとは?
中目黒店の「角打ちスペース」。黒板の「おすすめ銘柄」からその日の一杯を選んで、たのしめます。
2015年11月、中目黒駅から4分のところにオープンした伊勢五本店の2号店は、黒を基調としたスタイリッシュでおしゃれな外観。店内は外観とは対照的な雰囲気で、お客様にゆっくりとくつろげる空間で商品を選んでいただけるようにと、温かみのある色合いで統一されています。
「角打ちスペース」の設置は、伊勢五本店では中目黒店が初の試み。明るく清潔感のある空間で、季節ごとのおすすめ銘柄とともに、スタッフが考えた「そのお酒と相性の良い手造りのおつまみ」を提供しています。お客様に、新しい味わいを知っていただくきっかけをつくること。そして、焼酎ブームを知らない若い世代への本格焼酎の普及も「角打ちスペース」設置の目的の一つと丹羽さん。
「酒屋なので、1杯400円からという低価格で提供しています。この手軽さもお客様に喜んでいただいているポイントの一つですね。伊勢五本店では、今までもお客様と顔を合わせて対話をしながら、それぞれのお好みにふさわしい商品をご提案することを大切にしてきました。角打ちをたのしんでいただくカウンターも、そんなお客様へのご提案の機会を広げる場であってほしいと思っています。その場で味わえるお酒があって、それに合わせるおつまみがある。カウンター越しに、お酒やおつまみにまつわる話を広げながら、飲み比べ、食べ比べていただくことで、『あっ、こんな組み合わせがあるんだ!?』という新しい発見をしていただけたら嬉しいですね」。
この日のおつまみ。手前:山うにとうふ プレーン(450円)/奥・左から:自家製!落花生の醤油煮(350円)/まぐろ酒盗とクリームチーズ(450円)/うずら卵とトマトのカレーピクルス(350円)
さらに、この「角打ちコーナー」を利用して、飲食店のお客様をお招きして、若手蔵元との交流会や勉強会を企画し、開催することも。「造り手の体温が伝わってくるほどの身近さで、酒造りへの熱い想いが聞けるので、お酒がさらにおいしく感じる」と、大好評です。
おすすめ! 若手スタッフたちの「この一本」
丹羽雄一さん(仕入れ担当)、中目黒店スタッフの越智芙美子さん、藤田俊大さんに、それぞれ、おすすめの一本とその理由をお聞きしました。
中村酒造場「なかむら」
昔ながらの手造り製法にて米麹を仕込んで造られる中村酒造場の人気銘柄「なかむら」
丹羽雄一さんのおすすめの一本は、中村酒造場の「なかむら」。中村酒造場では、阿多杜氏最後の一人といわれる上堂薗孝蔵さんが杜氏を務め、その技術を受け継ぐ若き杜氏に指導を続けてきました。そんな上堂薗杜氏の技術を受け継ぎ、さらに進化させようと努力してきたのが中村慎弥氏です。昨年の秋に「なかむら」を試飲してみると、すごく良くなっていると感じました。中村氏本人にその印象を伝えると、上堂薗杜氏が体調を崩され、精神的支柱が不在の状況で造られたことを聞かされました。上堂薗杜氏の不調が、継承者である中村氏を鼓舞することになったようです。原料と造り、それぞれのポテンシャルを高度に引き出した、完成度の高い酒に仕上がっていると思います。
中村酒造場「なかむら」の詳細はこちら
「中村慎弥氏は、私が醸造を学んだ大学の後輩ということもあり、その年ごとの「なかむら」の仕上がりは、私にとって重要な関心事のひとつでした」と丹羽さん。
天草酒造の「池の露」
創業当時のまま、和甕と甑を使い、すべて手作業で丁寧に造り込んだ「池の露」
学生時代に発酵の勉強をしたことでお酒造りに興味がわき、蔵元と深いおつきあいをしている伊勢五本店で働きたいと思うようになりました。そんな私がおすすめするのは、天草酒造の「池の露」。世界遺産に登録された天草諸島では唯一の蔵元であり、米焼酎で有名な熊本県にありながら、芋焼酎造りで創業した蔵です。私がおすすめする「池の露」は、天草を愛する地元の人たちの手によって造られ、地元の人たちが肩肘はらずにたのしめる焼酎です。ストレートで本来の芋の味わいを堪能するのもよし。常温の水で割って、芋の甘さをたのしむこともできます。残念ながら、角打ちコーナーではご提供していませんが、天草産のぼたんえびをあぶって軽く塩をふり、「池の露」と合わせるというのが、蔵元さんおすすめのたのしみ方です。
天草酒造「池のつゆ」の詳細はこちら
「飲み方によって、その味わいとたのしみ方が広がる焼酎なんです」と越智芙美子さん。
小正醸造の「蔵の師魂 The Green」
白葡萄「ソーヴィニヨン・ブラン」から採取された酵母を使用した「蔵の師魂 The Green」
伊勢五本店に来る前は日本酒を造っていて、日本酒以外のお酒を飲む機会がないこともあって、日本酒がもっとも優れていると思っていました。そんな私が伊勢五本店に入って初めて焼酎を口にした時に、衝撃を受けたのが「蔵の師魂」。それまでは、焼酎は日本酒に比べて香りの幅が少ないものと決めつけていました。ところが「蔵の師魂 The Green」を味わった時に、蒸留酒でもこんなに香りの幅を表現できるのだと、衝撃を受けました。白ワインに使われる「ソーヴィニヨン・ブラン」から採取される酵母を採用するなどの革新的な試みによって、生み出されるその味わいと香りを、たのしんでいただきたいと思います。本格焼酎といえば、お湯割かロックで味わうのが定番といわれていますが、「蔵の師魂 The Green」は炭酸割もおすすめです。
小正醸造「蔵の師魂 The Green」の詳細はこちら
「炭酸割にするとフルーティで華やかな香りをたのしめますよ」と藤田俊大さん。
伊勢五本店に並べられた商品を見ているだけで、何だかウキウキとたのしい気分になりました。専門店でもなかなか手にできないような商品に出会えたからです。そして、お気に入りの一本に出会うために、角打ちスペースを利用してみるというのも、賢い選択かもしれませんね。
【伊勢五本店 中目黒店】
〒153-0042 東京都目黒区青葉台1-20-2 1F
TEL:03-5784-4584
営業時間:11:00-21:00(角打ちは15:00〜)
定休日:火曜・祝祭日