【人気の国産ウイスキー】「ゴールデンホース」は復活を果たした懐かしい銘柄
「ゴールデンホース」といえば、1980年代の第一次地ウイスキーブームを知る人には、懐かしい銘柄ではないでしょうか。ここでは、全国的な人気を集めながら一時姿を消し、2016年に復活を果たしたゴールデンホースの魅力と、その道のりを紹介します。
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「ゴールデンホース」でたのしめる個性の異なる2銘柄
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「ゴールデンホース」は、東亜酒造が製造する埼玉県羽生市の地ウイスキー。1980年代、ウイスキー市場が活況を呈していた時期には“地ウイスキーの東の雄”と称えられるほどの人気を博した銘柄です。
1990年代以降、ウイスキー業界が“冬の時代”を迎えるなか、ゴールデンホースも一時姿を消していました。しかし、近年の国産ウイスキー人気の高まりにともない、その復活を望む声が高まるなか、2016年に復活を果たしました。
復活したゴールデンホースのラインナップは、「ゴールデンホース 武蔵」と「ゴールデンホース 武州」の2銘柄。
「ゴールデンホース 武蔵」は、スコットランド産モルト原酒を用いたピュアモルトウイスキー。熟成期間の異なる原酒をブレンドすることで、深みのある味わいをたのしめます。
一方の「ゴールデンホース 武州」は、スコットランド産のブレンデッドウイスキーと、モルトウイスキーを再ブレンドし、オーク樽で熟成させた1本。調和のとれたまろやかな味わいが特徴です。
懐かしい銘柄の再デビューとあって、話題を集めているゴールデンホース。往年のファンはもとより、ウイスキー初心者も手に取ってみてはいかがでしょう。
「ゴールデンホース」の復活への道のり
出典:東亜酒造サイト
ゴールデンホースを製造する東亜酒造は、江戸時代初期の寛永2年(1625年)に酒造りを始めた、約400年にわたる歴史を持つ老舗酒造メーカー。昭和16年(1941年)には創業の地、埼玉県秩父市から羽生市に移転しています。
ウイスキー事業に参入したのは、昭和21年(1946年)のこと。当初は輸入したモルト原酒をブレンドした商品からスタートしましたが、やがて自ら原酒造りに取り組むべく、昭和55年(1980年)に羽生蒸溜所を建設。創業地を名に冠した「ゴールデンホース秩父8年」をはじめ、ゴールデンホースのブランドで、好評を博しました。
ウイスキー市場の低迷にともない、羽生蒸溜所は2000年に操業を停止して、2004年にはウイスキー製造を休止。「いつかは再びウイスキー造りを」との想いを秘めながら、雌伏の時期を過ごしてきました。
その後、「日の出みりん」で知られるキング醸造グループの傘下に入って経営基盤を安定させるとともに、昨今の国産ウイスキーへの注目の高まりを好機ととらえ、改めてウイスキー造りに挑戦することとなったのです。
まずは輸入モルトのブレンドからの再スタートですが、今後は、モルト原酒の製造再開にも期待がふくらみます。
「ゴールデンホース」と「イチローズモルト」の深い縁
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「ゴールデンホース」を製造する東亜酒造は、一時ウイスキー事業を休止していたにもかかわらず、往年のウイスキーファンばかりか、ウイスキー愛好家の間でもよく知られている存在です。
その理由は、海外でも評判のジャパニーズウイスキー「イチローズモルト」と深い縁で結ばれているからです。
「イチローズモルト」の造り手であるベンチャーウイスキーを創設した肥土伊知郎氏は、東亜酒造の創業家の一員であり、社員でした。羽生蒸溜所の閉鎖にともない、肥土氏は、貯蔵されていた原酒を譲り受けて独立し、その原酒をブレンドして世に送り出したのが、初期のイチローズモルトなのです。
日本の地ウイスキー造りの歴史のなかで、大きな存在感を放ち続けているゴールデンホースとその造り手、東亜酒造。その歴史に思いを馳せて、復活したゴールデンホースを味わってみませんか?
「いつかクラフトウイスキー造りに挑みたい」と、ウイスキー市場に再参入した東亜酒造。その足がかりとなる新生ゴールデンホースを、ぜひ、たのしんでみてください。
製造元:株式会社東亜酒造
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