蔵に湧き出る北アルプスの名水で“マボタキ”を醸す、富山・皇国晴酒造

蔵に湧き出る北アルプスの名水で“マボタキ”を醸す、富山・皇国晴酒造

日本の名水百選の水が蔵の敷地内に湧き出る国内唯一の酒蔵、皇国晴酒造。豊富で良質な水の恩恵を受け、清らかで透明感あふれる酒を醸し続けています。富山県産の酒米のみを使用し、地産地消を意識した酒造りを行う岩瀬社長にお話しを伺ってきました。

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「黒部川扇状地湧水群 岩瀬家の清水」が蔵の敷地内に

富山県の東部、日本海に面する黒部市。“富山湾が一番美しく見える街”といわれる生地(いくじ)地区で、皇国晴酒造は長きに渡り酒を醸しています。

“天然のいけす”と呼ばれる富山湾。

“天然のいけす”と呼ばれる富山湾。

世界でも類を見ない地形で、約500種の魚介が生息しています。

世界でも類を見ない地形で、約500種の魚介が生息しています。

標高3,000m級の北アルプス連峰から、深さ1,000mの海底に到達する、高低差4,000mというダイナミックな地形に位置する黒部市。黒部峡谷を抜け富山湾へと一気に流れる黒部川の一部が河口にかけて広がる扇状地の地中で伏流水となり、末端部の地域で湧出しています。
富山湾に面する生地地区は、町内の約20箇所に北アルプスの伏流水が湧き出し、湧水は「清水(しょうず)」と呼ばれ、古くから近隣の人々の生活水として利用されています。

町内に20箇所ある清水にはそれぞれ番号があり「清水巡り」ができます。

町内に20箇所ある清水にはそれぞれ番号があり「清水巡り」ができます。

水の湧く最上部は飲み水、中間部は食べ物などを冷やし、最下部では洗い物をすすぐ時に使うというルールが定着。まさに生活の知恵から生まれたマナーです。

水の湧く最上部は飲み水、中間部は食べ物などを冷やし、最下部では洗い物をすすぐ時に使うというルールが定着。まさに生活の知恵から生まれたマナーです。

皇国晴酒造の敷地内には「岩瀬家の清水(しょうず)」と呼ばれる湧水が豊富に湧き出ており、酒造りの仕込み水に使用しています。日本の名水百選にも選ばれるほどの良質な湧水が自噴するのは、日本国内で唯一の酒蔵です。

皇国晴酒造の敷地内

皇国晴酒造の敷地内には深さの違う、軟水、硬水の2つの井戸が。硬水は誰でも自由に飲むことができます。

創業は江戸時代後期

皇国晴酒造の創業は明治20年となっていますが、これは前身である「岩瀬酒造」が法人化して酒造りを始めた時期であり、実際はそれよりも70年近く前の江戸時代後期から酒造りを行っていたそうです。地元の公民館に残されていた古地図には、現在と同じ位置に「酒蔵」の文字が記されていて、網元だった先祖が水に恵まれた地で酒造りを始めたのが最初といわれています。

古地図には酒蔵の文字。

古地図には酒蔵の文字。

地元に愛され続ける「豪華 生一本」

現在の社名へと変更したのは、昭和初期の頃。二代目の当主が、日清・日露戦争で勝利した日本の勢いにあやかり、“日本国が晴ればれとしている様子”を表す『皇国晴』を社名に採用しました。
酒蔵にとって困難な時代だった戦中・戦後を乗り越え、一時は5000石(一升瓶で50万本)を出荷するほどの生産を行っていたこともあったそうです。

当時、もっとも親しまれていた銘柄は「豪華 生一本(きいっぽん)」。
ちなみに、現在、“生一本”と表示できるのは、国税庁によって『ひとつの製造場だけで醸造した純米酒』と定められていますが、皇国晴酒造の「豪華 生一本」が醸造アルコールが添加されているのに“生一本”と表記できるのは、国税局が定める以前に「豪華 生一本」として商標登録を行っていたからだそうです。

「一本の筋が通ったような飲み口の豪華な酒」をイメージしたお酒は、地元の方たちの晩酌酒として長く親しまれています。
ちなみに30年程前に放映した「豪華 生一本」のCMは、富山県人なら誰でも口ずさむことができるほどお馴染みで大人気のCMだったとか。
当時のCMはこちら

富山で大人気だった「豪華 生一本」のCM。

富山で大人気だった「豪華 生一本」のCM。

「豪華 生一本」

「豪華 生一本」

口当たりがよく、するすると滑らかに喉を潤す吟醸酒。地元の晩酌酒として古くから親しまれ続けています。
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酒蔵を継ぐと決め徹底的に日本酒と向き合う

現在社長を務めるのは四代目の岩瀬新吾さん。高校を卒業後、東京の大学に進学。男ばかり三兄弟の次男に生まれた岩瀬社長は、当初、酒蔵は2歳違いの兄が継ぐものと思っていたそうです。ところがある日、同じく東京の大学に進学し、ひと足早く卒業を迎える兄から、「富山に戻って酒蔵は継がない。新吾、おまえが継いでくれ」と頼まれました。

突然の兄の告白に驚いた岩瀬社長でしたが、長く続いてきた酒蔵を自分たちの代で途絶えさせてしまうことはできないと意を決しました。
「まさか兄に酒蔵を託されることになるとは思ってもみませんでした。でも、元々日本酒は好きな酒だったので、抵抗なく受け入れることができ、この頃から日本酒と本格的に向き合い始めました」。

それからは、酒屋に足繁く通い、さまざまな酒をかたっぱしから飲み、また、趣味のバイクで全国を巡り見聞を広げるなど、酒蔵に戻ることを意識して残りの大学生活を送ったとか。さらに就職先も、酒の流通業界を知る必要性を感じ、酒類の卸業者へ。数年勤務したのち、広島県の酒類総合研究所で酒造りについて学び知識を身に付けという岩瀬社長。

「杜氏と同じ目線で話せるくらいの醸造の知識が必要だと思い、広島へ移り住んで約2年間学びました。鑑定官の先生のもとできき酒を徹底的にマスターできたことはとても勉強になりました。そして、他の酒蔵の方たちなど研究仲間との出会いも大きな収穫でしたね」。
難関の『清酒専門評価者』の資格も取得し、30歳を迎える頃、富山に戻り、数年後、社長に就任しました。

岩瀬社長

「年間400日は飲んでいます(笑)」というほど、プライベートでも日本酒が好きな岩瀬社長。マラソン大会に出場するスポーツマンの一面も。

いっさい手を加えていない天然の湧水を仕込み水に

皇国晴酒造の酒造りを語るうえで、欠くことができないのはやはり「水」。
岩瀬社長も、「この地に酒蔵があることは本当にありがたく、先祖に感謝している」と語ります。
黒部峡谷を抜けて流れる豊富な水は、地中でミネラルを含んだ伏流水となり、敷地内の井戸から滾々と湧き出ていて、仕込み水から蔵内の掃除にまで贅沢に使用できるほど。

黒部峡谷の伏流水は、日本酒の発酵に必要なミネラル分が程よく含まれていながら、鉄や亜鉛、銅など日本酒造りにマイナスとなる成分が極めて少ないのが特長。他の酒蔵の仕込み水のほとんどは浄水、濾過などの過程を経て使用されていますが、皇国晴酒造の仕込み水は、一切手を加えていない天然の湧水。保健所からも使用が認められています。

「うちの水は、とにかく“軽い”んです。この軽さから生まれる透明感のある滑らかな味わいを生かして、酒のほとんどを「吟醸造り」にしています。スーッと喉を通る飲み口を大切にしていきたいんです」と岩瀬社長。

酒の仕込み水

酒の仕込み水は、一般には解放せず蔵でしっかりと管理している井戸のものを使用。地下50mから自噴している軟水の天然水です。

100%富山県産米を使用

黒部の水の恩恵によって酒造りを行うなかで、やはり“地元の米”にもこだわりたいと語る岩瀬社長。「地産地消」を大切にして使用する酒米はすべて富山県産。一部は契約農家の栽培による酒米を使用し、農家との情報交換によって把握した米の状態を見極めながら酒造りを行っています。

「富山のお米は、素直で実直。まるで富山県人の気質を表しているようです(笑)。地味ですが、秘めた意思の強さがあるような気がしています。お酒がひと夏を越して秋口になるとよい味がのってくるんです。酒蔵はお米の持つポテンシャルを引き出すのが力量だと思っているので、1年1年、しっかりと向き合っています」。

酵母もほとんどの酒に、北陸生まれの「きょうかい14号酵母(金沢酵母)」を使用。欲しいところにキレを出してくれる信頼感があると、岩瀬社長は語ります。

シンプルで、飲み手に寄り添う酒を目指して

「軽やかな仕込み水によって、重たい飲み口のお酒にはなりにくい」と岩瀬社長。あえて“水の姿”を否定せず、黒部の水の特長を生かした酒造りを目指しています。

「うちの酒は、今のトレンドの華やかなお酒に比べると、派手さやインパクトがあまりないかもしれません。ですが、大学時代からさまざまなタイプの酒を飲み続け、酒のおいしさを追求しつくしてきた自分が出した答えは、“シンプルで、飲んでいて疲れないお酒が一番おいしい”なんです。もちろん、香り高く旨味も強い酒もおいしいですが、香りはやがてストレスになって長く飲み続けられないですし、料理とのバランスが難しい部分もある。たくさんの蔵元が集まる試飲イベントで、会場をひと回りして戻ってきたお客さんが「ホッとする味わい」といいながら飲んでくださる姿をよく目にします(笑)。地味な酒ならではの心地よさってあると思うんです。シンプルだけど飲み続けても飽きない、どのおかずにも合う『食卓の白いご飯』のような存在でありたい」と岩瀬社長。

「幻の瀧 名水乃蔵 特別純米」

「幻の瀧 名水乃蔵 特別純米」

富山県産五百万石などを60%まで磨き、吟醸造りをした特別純米酒。香りは控えめで、旨味をじっくりと引き出した味わい。
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富山湾の魚介に合う“マボタキ”

先代が、地元で親しまれていた「豪華 生一本」とは別に「もっと品質にこだわった酒を県外にも送り出したい」と発売したのが「幻の瀧」。黒部にちなんだ名前にしようと、黒部川の上流に実在する滝の名前を命名したそうです。いつしかファンの間から「マボタキ」と呼ばれ、皇国晴酒造の代表銘柄に。
「北アルプスから流れてきた伏流水は富山湾に注がれて魚介を育て、私たちはその海の幸を食しています。同じ伏流水で仕込んだ酒は、富山湾で獲れた白身の魚によく合う酒質です」。

「幻の瀧 純米吟醸」

「幻の瀧 純米吟醸」

富山県産の五百万石を60%に磨いた純米吟醸。きめの細やかな喉越しとお米の旨味を味わえる一番人気のお酒です。
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“従来の枠”を超えた挑戦を

29BY(平成29年度の醸造)で杜氏が退職し、この秋から始まる30BYの造りについては未定とか。岩瀬社長は「もしかしたら私が造っているかもしれません」。と笑っていましたが、新杜氏を迎え入れることも視野に入れているそうで、「今後は、今までの典型的な日本酒のイメージを変えるような“枠”を超えた挑戦をしていきたい」と語ってくれました。

「酒蔵にとってのライバルは、他の蔵ではなく他のアルコールだと思っています。日本酒の飲み手が減っているのは深刻な問題。なんとかして、日本酒に振り向いてもらわなくてはなりません。そして、日本の伝統産業である酒造りを、どのように後世にバトンタッチしていくかも大切なことだと思っています」。

地域の気候風土を尊重し、伝統を重んじつつ、新たなことにチャレンジしていく皇国晴酒造の今後に大きな期待が高まります。

皇国晴酒造株式会社

皇国晴酒造株式会社

富山県黒部市生地296
TEL 0765-56-8028
http://www.mabotaki.co.jp/?lang=ja

ライタープロフィール

阿部ちあき

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会認定 きき酒師 日本酒・焼酎ナビゲーター公認講師
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター

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