マスター・オブ・ウイスキー 静谷和典(バーテンダーしずたにえん)氏に ウイスキーの魅力を聞く
YouTube、TikTok、Instagramの総フォロワー数が55万人と、SNSを席巻中のバーテンダー・静谷和典さん。超難関の「マスター・オブ・ウイスキー」の資格を史上最年少で取得し、ウイスキーユーザー拡大のために精力的に活動をされている静谷さんに、ウイスキーの奥深い魅力についてお聞きしました。
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国内外合わせて700本のウイスキーが揃う「Shinjuku Whisky Salon」
新宿三丁目交差点近くのビルの3階にある「Shinjuku Whisky Salon(新宿ウヰスキーサロン)」は、今、全国のウイスキーファンから熱い注目を集めている人気のバー。カウンター席のほか、複数人で座れるテーブル席もあり、落ち着いた雰囲気のなかリラックスしてウイスキーを味わえるお店で、海外はもとより、日本国内のほぼすべての蒸溜所で生産されたジャパニーズウイスキーが揃っており、連日多くのウイスキーファンが訪れ、賑わっています。
寄席でお馴染み「新宿末廣亭」のすぐそばのビルの3階。
10席のカウンター。目の前にはウイスキーのボトルが並びます。
複数人でもウイスキーをたのしめるテーブル席も。
アパレル業界から転身、ウイスキーの世界へ
オーナーバーテンダーの静谷(しずや)和典さんは1985年生まれ。学生時代は競歩の選手としてインターハイや国体にも出場した経験を持つ元アスリートです。大学卒業後はアパレル業界へ就職。店員として接客を担当して新入社員ながら全国2位の営業成績を残し、そこでさらなる目標が芽生え、ウイスキーの世界へ飛び込みました。
(静谷さん)学生時代からアルバイトをしていたこともあって、アパレルの仕事では入社後すぐに結果を出すことができました。すると自分のなかで、『接客業をもっと極めてみたい』という強い思いが生まれ、迷わず退職を決めました。
以前からバーボンが好きでよくバーで飲んでいたのですが、カウンターを挟んでお客様と向き合い、お酒を通して会話が生まれるバーテンダーさんの接客の世界に、それまでの服を売るための接客とは違った魅力を感じて強く惹かれました。
自分もそうでしたが、バーでお客様がお店に求めるものは、お酒や店の雰囲気もありますが、一番は“出会い”だと思うんです。「人ありき」のバーの世界で、バーテンダーとのコミュニケーションを含めて五感でたのしんでもらえる接客をしたいと思いました。
かつては競歩でオリンピック出場を目指していた静谷さん。「決めたことには何事にも全力で取り組む性格なんです」。(静谷さん)
史上最年少で「マスター・オブ・ウイスキー」合格
一からウイスキーと向き合いはじめた静谷さんは、連日、お店の営業が終わった明け方から数時間、一人前への登竜門として課された「ザ・グレンリベット」のソーダ割りを作る特訓に励んでいました。ある日書店で、ウイスキーの専門書を読み、そのお酒の名前が自分の名字と同じ“静かなる谷”だと知り、深く感銘を受け、将来への夢が大きく膨らみました。
(静谷さん)「ザ・グレンリベット」のソーダ割りが作れないと、その先のカクテルを学ばせてもらえなかったので、来る日も来る日も、指の皮が剥けるほど作り続けました。ある時、このウイスキーの名前が自分の名字と同じ意味だと知りとても驚きました。それと同時に、「いつか必ずこの名前を店名にした店を開きたい」と、明確な目標が生まれて、そこからさらにウイスキーを深める思いが強くなりましたね。
2014年に念願の「BAR LIVET」をオープンしてからも、ウイスキー検定1級・2級・3級すべてで全国1位に。ブラインドテイスティング大会で優勝し、「ウイスキーエキスパート」「ウイスキープロフェッショナル」と、勉強は怠らず難易度の高い資格を取得しました。
その後、ウイスキーの資格では国内最難関の「マスター・オブ・ウイスキー」が新たに生まれたので、1回目から受験しました。合格率はかなり低く、9年かかりましたが4度目のチャレンジで2019年に合格しました。
連絡をいただいた時は嬉しかったですが、「ここからスタートだ、もっと頑張ろう!」という気持ちのほうが強かったですね。結果が出るまでの間に、「受かったらこんな活動がしたい」といろいろなイメージが湧いていたので、「よし!やるぞ!」と、気合いが入ったのを覚えています。
「マスター・オブ・ウイスキー」の資格所有者は全国にわずか11名。静谷さんは8人目の史上最年少の合格者。
「バーテンダーしずたにえん」でSNSを席巻
「BAR LIVET」に続いて2店目となる「新宿ウヰスキーサロン」を2019年にオープンした後、新型コロナウイルスの影響でお店を休業せざるを得ない状況になった静谷さんは、SNSを通してウイスキーについての発信を始めました。
(静谷さん)新型コロナでお店の営業ができなくなり、何ができるかを考えた時に、これまでのバーテンダーはカウンターの中でお客様を待つというのが当たり前だったけど、これからはSNSなどで自分からお客様を迎えに行かなくてはならないと思いました。
YouTubeはすでに始められていた同業者もいたので、配信を始めた反応はそれなりな感じでしたが、その1年後に始めたTikTokは、業界にとって未踏の世界だったこともあって大バズりしました。
始めてすぐのころ、角ハイボールの作り方を投稿したところ、いきなり60万回再生になったんです。かなり驚きましたが、すごく手応えを感じて「これだ!」と思いましたね。
ウイスキーを好む世代は年齢層が高いイメージがありますが、SNS「バーテンダーしずたにえん」の視聴者は若年層が多く、「これまでウイスキーに馴染みがなかったけど動画をみて飲んでみたいと思った」と言って店に来てくれるお客様が増えました。
「20歳になったらお店に行きたいです」や、「バーテンダーになりたいです」という声も連日届いて、集客を目的で始めたつもりが求人にまで繋がって、思わぬ反響に驚いています。
同業者からも、「バーのエントランスを広げてくれた」という好意的な声をいただくことが多く、業界への貢献になっていると言っていただけることは励みになっています。
TikTokは「バーテンダーしずたにえん」(@tiktok_shizutanien)
「SNSは24時間自分の分身となって働いてくれている、そんな存在です」。(静谷さん)
進化するウイスキーの味わい方
静谷さんに、ビギナー向けのウイスキーをお聞きしたところ、クセがなく飲みやすいシングルモルト「ザ・グレンリベット」がオススメとのこと。飲み方のアドバイスもいただきました。
(静谷さん)あまりウイスキーに慣れていない方には、最初は炭酸水で割ったハイボールがおすすめです。2009年頃に始まったハイボールブームですが、そこからウイスキーが好きになった方はやはり多いですね。「ザ・グレンリベット」はフルーティーさがあるのでハイボールにすると爽やかさを感じてビギナーでも飲みやすいと思います。
世界で一番飲まれている人気のシングルモルト「ザ・グレンリベット」。
(静谷さん)少しずつウイスキーの味に慣れてきたら、その次のステップとして、ウイスキーベースのカクテルでアレンジした味わいもたのしんでもらいたいです。今、ウイスキーをベースにしたカクテルが世界のトレンドなのですが、お店でも人気ですね。
「CTスピリッツジャパンカクテルチャレンジ2021」にて静谷さんが見事優勝したカクテル「シェアードメモリー」。シングルモルト「グレングラント アルボラリス」に、エルダーフラワーやチナール(あざみ・アーティチョークのリキュール)が加わり、ミントとオレンジピールの香りがアクセントとなった至極のカクテル。
ウイスキーのフードペアリングの奥深い世界
さらに静谷さんは、これまで難しいとされてきたフードとのペアリングの世界も広げ、ウイスキーの持つ風味と食材が、口内で一つになることで生まれる絶妙な香味を追求し、お店で提供しています。
(静谷さん)これまでウイスキーには、チョコレートやナッツ、ドライフルーツなどを合わせるのが一般的でしたが、ウイスキーは一つひとつにキャラクターがあるのが持ち味で、そこに合う食材がそれぞれあることを知ってもらいたいと思い、ペアリングを体感してもらえるメニューを作りました。
“ニコラシカ”という、砂糖を乗せたレモンスライスを噛み締めてブランデーを飲む、口の中で完成するカクテルがあるのですが、それをツイスト(カクテルにおけるアレンジの意味)して、「ウイスキラシカ」とネーミングしたペアリングメニューをいくつかお出ししています。
似た味わいを持つものを組み合わせたり、ウイスキーの歴史や地域の特徴を加味して構成していますが、ウイスキーそれぞれの個性を感じるので、お客様からの反響も大きいですね。
ストレートなのでアルコール度数は高いですが、フードがクッションになってくれるので刺激が強すぎることなく飲んでいただけます。もちろんご希望に応じて加水も可能です。
「アルボラリス&リッツ ベイクドチップス、スイートピクルス、柚子ジャム、トリュフ塩、ミント」
アルボラリスのフローラルで清涼感のある飲み口に、柑橘やミントの香り、リッツとピクルスの味と食感がマッチ。
「アードベッグTEN&自家製蜂蜜ウォーター、マシュマロ、エビソルト」
アイラ島で潮風を浴びたスモーキーなアードベッグと、エビソルト、炙ったマシュマロの香りが絶妙な組み合わせ。
ジャパニーズウイスキーの未来とともに
現在日本国内にはウイスキーの蒸溜免許を取得した施設が80カ所以上あり、各地で個性豊かなジャパニーズウイスキーが造られています。品質の評価も高く、海外からの注目が集まる中、これまで、長期熟成のウイスキーを追い求めていた愛好家が、クラフト次世代が生んだ若いウイスキーを求める流れが始まっていると静谷さんは語ります。
(静谷さん)ジャパニーズウイスキーは寒暖差のある気候の影響で、冷涼なスコットランドに比べると熟成が1.5倍早いと言われていて、熟成期間が長くなくてもおいしく味わえるものが多いことから、高価で手に入りにくい海外の年代物よりも、品質のよいクラフトウイスキーを味わいたいという愛好家が増えています。
また、私自身も、ウイスキー造りの現場で頑張っている人たちが同世代というのもあって応援していきたい気持ちが強く、店には国内の蒸溜所のウイスキーをすべて揃えています。
新宿は世界中からさまざまな人が訪れるエリアなので、この街でアンテナショップのような存在になって、ジャパニーズウイスキーを発信し続けていきたいですね。
外国人客も多く訪れるお店は、日本を感じられる雰囲気。
マスター・オブ・ウイスキーとしての使命を
「ウイスキー本来のおいしさを感じるには、やはりストレートで味わってもらうのがベスト」と語る静谷さん。そこには、使命感溢れる強い思いがあります。
(静谷さん)初めはハイボールからでも、その後、ウイスキーベースのカクテルやフードとのペアリングで少しずつ飲み方をステップアップさせていって、最後はストレートで飲んでもらいたいというのが僕の願いであり、そういうウイスキーファンを増やすのが使命だと思っています。
使うグラスでウイスキーの香りや味わいがまったく違うので、ストレートでおいしく飲むためのグラスの開発にも取り組んでいます。
今後は、この新宿でスコティッシュパブのような、地域に根ざしたジャパニーズウイスキーのお店を開きたいと思っています。
そして、ゲストバーテンダーとして世界中のバーにカクテルを作りに行きたい夢もあります。
お客さんを店で待つバーテンダーではなく、外に出て、さまざまな人に会い、異文化に触れ、ウイスキーの素晴らしさを発信し続けるバーテンダーでありたいですね。
業界に新風を吹き込む、静谷さんのウイスキーに向けられた情熱は、世界中のウイスキーファンを必ず幸せにしてくれることでしょう。
「Shinjuku Whisky Salon(新宿ウヰスキーサロン)」
160-0022
東京都新宿区新宿3丁目12-1佐藤ビル3階
TEL 03-3353-5888
営業時間 18:00〜26:00 無休
HP https://t.co/AppwHnSeNK
YouTube 「マスターオブウイスキーしずたにえん」
tiktok 「バーテンダーしずたにえん」
ライタープロフィール
阿部ちあき
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター