東京都・銀座『酒茶論』/長期熟成させた日本酒って、どんな味? 料理との相性は? 古酒の魅力を学ぶ

東京都・銀座『酒茶論』/長期熟成させた日本酒って、どんな味? 料理との相性は? 古酒の魅力を学ぶ

ヴィンテージワインの価値は広く認められていますが、長期熟成した日本酒(古酒)については、あまり知られていません。そこで古酒の魅力を教えていただくため、東京・銀座にある長期熟成酒専門のバー『酒茶論(しゅさろん)』に、オーナーの上野伸弘(うえの・のぶひろ)さんを訪ねました。

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銀座のど真ん中ながら、静かな時間が流れる古酒バー

銀座の一等地にあるビルの地下1階で営業。

“古酒のスペシャリスト”と称される上野さんに取材のお願いをしたところ、指定された場所は、ご自身が切り盛りされている古酒専門バー『酒茶論』。元々は品川に店舗を構えていましたが、2018年にいったん閉店。2019年12月に、銀座に場所を移して再オープンしたそうです。

「銀座西六丁目」の交差点のほど近く。

「外堀通り」に面したビルに入っています。

ノスタルジックなビルの地下へと降りていくと…。

重厚なドアが迎えてくれました。

まずは上野さんの経歴、そして古酒と深く関わるようになったきっかけをお聞きすることに。1961年生まれの上野さんは、1979年に新卒で『ホテルニューオータニ』に入社。料飲部飲料課に配属され、バーの勤務となるのですが、この人事は本人の望み通りだったとか。18歳の希望としては疑問を感じてしまいますね。

昭和レトロな風情が漂う店内。元はワインバーだったとか…。

「確かにそうですね(笑) 私の出身は東京都なんですが、両親とも酒処といわれる新潟県の出身。お盆などで帰省すると大勢の親族が集まって、わいわいと酒盛りするのが習わしでした」と上野さん。当時は子どもが大人たちの間をお酌して回るような時代です。

「従兄弟たちはおじさんたちの相手をするのが嫌で、みんなすっと逃げちゃうんです。でも私は自分がお酒を注ぐのを喜んでくれ、どんどんご機嫌になるおじさんたちの姿を見ているのが好きだったんですよ」と懐かしそうな表情に。さらに
「ご機嫌になったおじさんから、結構お小遣いももらえたりして…。正直それも目当てでしたね」とにっこり。

酒席でサービスしてお金を稼ぐことを覚えてしまった上野さん。就きたい仕事を考えていたら接客分野が思い浮かび、年輩者たちに相談すると、
「だったらホテルに勤めなさい。ホテルのサービスは王道だから、そこで身につけたものはどこにいっても役に立つはずだよ」とアドバイスされ、ホテルへの就職を志したそうです。

バーテンダーとして世界のVIPをもてなしてきた上野さん。

1980年代はバブル真っ盛り。一流ホテルのバーは華やかな社交場としてにぎわい、バーテンダーとして洋酒を中心に腕を振るってもてなしてきた上野さんですが、
「外国語を学んだり、もっと見聞を広めたいとわがままをいったところ、休職扱いにして渡米させてもらえたんです」。

1年間、ロサンゼルスとニューヨークのレストランやバーで学んだ後に復職。『東京サミット』(1986年)で抜擢され、各国首脳のサービスを担当しました。その後は世界の要人が来日する度に、総理官邸や外務省飯倉公館などへホテルから派遣され、サービスを担当する存在となったそうです。

「じつは『東京サミット』では乾杯酒として日本酒を採用しました。それまであまり日本酒とは接点がなかったんですが、そのときから洋酒と比較して、日本酒の価値はどこにあるのか? などについて考え始めるようになりました」。

日本酒の新たな価値を“長期熟成”に見出す

上野さんが全国から集めた古酒たち。

体調を崩されたこともあって、ホテル内グランメゾン『トゥールダルジャン東京』のバー責任者を最後にホテルを辞し、復調した後は日本酒の醸造設備販売の仕事に就くことに。多くの蔵元とのお付き合いが深まった頃には、日本酒のコンサルティングを行うようになっていたという上野さん。そこで日本酒業界の抱える問題に突き当たります。

「 “フレッシュ&フルーティー”な日本酒ばかりが評価され、 “香り”や“精米歩合”が注目されるようになりました。でも、この2つで商品を差別化していくには限界があります」。結果、価格競争に陥り大量生産ができない酒蔵の多くが、姿を消してしまったのです。

そこで、上野さんが見出したのが「時間軸」という新たな価値です。ご存じの通りワインやウイスキーでは、すでに認められていたものですが、確かに日本酒ではほとんど聞いたことがありません。
「どんな環境で、どの年に、どんなタイプの酒を、どのぐらいの期間をかけて熟成させるか・・・まさに可能性は無限大です。できあがった古酒は独自性を持って、価格も自由に設定できることになりますから、価格競争に陥らずにすみます」。

なるほど、エイジングに注目されたところはさすが。でも大切なのは古酒が飲んで美味しいこと。そこで試飲させていただくと、香りは果実や花、スパイスに乳製品など多彩でとても複雑。味わいはまろやかで、ほのかな甘味も。ただ琥珀色のブランデーのような外観からずっしり感があるかと思いきや、意外と軽やかでびっくりです。

飲ませていただいたのは、新潟のとある蔵の全麹造り。こちらは後ほどペアリングでも登場します。

「蒸留しているわけではないですから、アルコール度数は日本酒と同じ。だから食事とも合います。甘味がやや強めだったのは、熟成させたお酒が全麹造りだったからでしょう。お酒タイプによっては、ドライに仕上がるものもあるんですよ」。

あらためて店内を見渡すと、古酒のボトルがぎっしり。上野さんが個人所有しているものも含めると150種~200種はあり、1975年以降はすべての年の古酒が揃っているそうです。当然気になるのは最古のヴィンテージ。
「昭和元年のお酒がありますよ」と聞き、その貴重なボトルも見せていただきました。

94歳の風格。名前は『Sweet Pea』と書いて『酔人酒』を意味していたとか。粋ですね。

保管は常温のほか冷蔵、マイナス5℃の3段階で。

酒質に合わせるため、酒器のバリエーションも豊かです。

古酒の魅力は実感できたのですが、どうしても気になることが…。そうそれは古酒の定義。文献などを調べてみると、

古酒:前の酒造年度以前に造られた酒
大古酒(だいこしゅ・おおごしゅ):古酒の中でもとくに貯蔵期間の長いもの
秘蔵酒(ひぞうしゅ):5年以上貯蔵した日本酒

といった記述が見られますが、どうやら酒税法上の厳密な規定はないようです。

「その通りです。じつは今、古酒の定義や分類などの作業に取り組んでいる最中なんですよ」。
古酒を“刻(とき)SAKE”と命名し、その貯蔵スタイルなどで分類するプロジェクトに招聘されているという上野さん。確かに通常の保管で寝かせたものと、意図を加えて寝せたものでは、その味わいに違いが出てくるはず。後者の例としては以前このサイトで紹介した『増田徳兵衛商店』 有名。甕(かめ)で仕込んでおり、明らかに酒質をコントロールしようとしています。

取材時にはまだオープンにされていませんでしたが、この記事が公開された頃には、上野さんが中心になって作成した詳細が発表されている可能性が大きいとか。ぜひ“刻SAKE協会”で検索してみてください。

磁器の甕で仕込んだ古酒には、シェリーのような芳香がありました@京都府・伏見の老舗『増田徳兵衛商店』。

料理との相性のよさをペアリングで確認

料理のジャンルを選ばないところも古酒の魅力。

ここからは、食中酒としての古酒の実力を検証させていただくことに。ショットバーのような趣の『酒茶論』ですが、じつはフードメニューも大変充実しています。

野菜のマリネ×海中熟成酒

『野菜のマリネ(古味醂ソース)』900円。

スターターは軽めのものから。一見普通のピクルスに見えますが、仕上げに40年物という貴重なみりんを煮詰めたソースをトッピング。マリネ液にも「ピリッとした辛味を利かせています」。

古酒は海中で熟成させたものを。ワインなどでも見かける熟成方法ですが、どんな効果があるのでしょうか?
「小さな揺れや、不規則な振動があることで、水とアルコールの融合が進むんですよ」。
その結果よりとろみや円みが際立ってくる酒質となるそうです。マリネの熟成ソースのとろみと重なり、辛味をまろやかさで包みこんで口の中に幸せが訪れたという感想です。

『海中熟成酒20年古酒』1000円。

牛ホホ肉の煮込み×10年古酒

『牛ホホ肉古酒煮込み』1800円。

続いてメインディッシュ。牛のホホ肉は醤油をベースに、みりん、そしてブレンドした古酒でじっくり煮込んでいて、とろけてしまうような食感です。隠し味に入っている青唐辛子の辛さが、味わいを適度に引き締めます。

「この辛味と、『達磨正宗』のビターなところが合うんですよ」。
料理の複雑さに、古酒でも若めの酒では負けてしまいます。そこで、10年以上じっくり熟成した古酒を料理同様にブレンドした『達磨正宗10年』で。料理と日本酒でどれだけの古酒がブレンドされているのか? その奥行きと複雑さを感じ取りながら味わいました。

『達磨正宗10年』1500円。

カレー×全麹造り

『古酒に合わせたカレー』1200円。

バーなのに締めのカレーまで用意されていました! その名もずばり『古酒に合わせたカレー』。旨味たっぷりの和風だしのルーにライスも旨味を持つトマトで風味付け。旨味を足し算した料理なら、熟成でやはり旨味が増した古酒が合わないわけはありません。

まずルーをかけてライスを味見。「?」という表情を見て、上野さんが種明かし。
「じつはライスじゃないんですよ(笑) “古代小麦”と呼ばれる『スペルト小麦』なんです。モチモチ、ムチムチした独特の食感で、米ほど重くないのでつまみにもなります」。

最後の一杯は先に登場した新潟で醸された全麹造り古酒。全麹ゆえの甘味が、ジワッと追っかけてくるカレーの辛さを和らげてくれました。
「すべて美味しかったです。ごちそうさまでした!」。

『新潟・全麹造りの古酒』1800円。

さて、ルックス的に食後酒のイメージが強い古酒ですが、料理を引き立てることがわかってびっくり。無理を承知で「一般家庭で古酒を仕込むのって可能ですか?」とお聞きしたら、
「もちろんです。流し台の下が暗くて涼しいため、貯蔵におすすめ。新聞紙にくるんで立てておきましょう。3年~5年ぐらい経って、瓶底に滓が落ちてきたら飲み始められますよ」。
ぜひ実行してみてくださいね。

「保管する日の新聞紙でくるみましょう。開ける際に話のネタにもなりますよ」。

※リニューアルし、現在は熟と燗として営業しています。
※価格やデータ、料理や酒の内容は取材時のもの。価格はすべて消費税別となります。

ライタープロフィール

とがみ淳志

(一社)日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート/SAKE DIPLOMA。温泉ソムリエ。温泉観光実践士。日本旅のペンクラブ会員。日本旅行記者クラブ会員。国内外を旅して回る自称「酒仙ライター」。

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