ウイスキーの流行の歴史をたどる

ウイスキーの流行の歴史をたどる
出典 : olgakim93/Shutterstock.com

ウイスキーは何度かの流行を経て、今や私たちの生活に身近なお酒として定着し、世代や性別を超えて多くの人々に親しまれています。今回は、そんなウイスキーの我が国における流行の変遷をたどりつつ、その歴史を振り返ってみたいと思います。

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ウイスキーの流行は、戦後の経済発展とともに

ウイスキーの流行は、戦後の経済発展とともに

Alexey Lysenko/Shutterstock.com

日本におけるウイスキーの黎明期

ウイスキーが我が国に伝わったのは、嘉永6年(1853年)のペリー来航の際だと言われています。その後は長く“知る人ぞ知る洋酒のひとつ”として珍重されていたようです。
ウイスキーの存在が一般的に知られるようになったきかっけのひとつが、昭和4年(1929年)にサントリーの前身にあたる壽屋(コトブキヤ)が国産ウイスキー第1号を発売したこと。とはいえ、しばらくの間は、一部の富裕層が欧米文化に憧れてたしなむといった程度で、一般庶民への本格的な普及には至りませんでした。

戦後の経済発展とともにウイスキーがステータスシンボルに

ウイスキーが日本で本格的に普及し始めたのは、第2次世界大戦後のこと。それまで国内の酒類市場は日本酒が中心でしたが、戦後の経済発展にともなうライフスタイルの変化とともに洋酒への関心が高まり、ウイスキーが急速に人気を獲得していきます。
その大きな理由と言えるのが、ウイスキーの級別制度です。昭和37年(1962年)の酒税法改正によって、ウイスキーは特級、1級、2級の3区分に分けらます。これにより、たとえばサントリーであれば「トリスからレッド、ホワイト、オールド、リザーブ、ローヤルへ」というように、消費者が社会的地位の向上に応じて、より高級なブランドへと移行するスタイルが定着していったのです。
昔、クルマで流行った「いつかはクラウン」のように、当時のサラリーマンは「自分もいつかはローヤル飲める身分に」と誰もが思っていたのだとか。
ウイスキーは、まさに日本の経済発展を示すステータスシンボルとしても親しまれるようになったのです。

ウイスキーをたのしむ場所やスタイルの多様化

1970年代に入ると、日本のウイスキー文化はさらに多様化していきます。1971年のウイスキーの輸入自由化にともなって、バーボンやスコッチなどの舶来ウイスキーのブームが到来。また、飲みやすい「水割り」が流行し、バーやスナックでは「ボトルキープ」が普及するなど、日本独自のウイスキー文化が育まれていきました。

ウイスキーの流行にかげりが見え始める

ウイスキーの流行にかげりが見え始める

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1983年をピークにウイスキーブームが失速

日本のウイスキー市場は、経済成長とともに右肩上がりを続けてきましたが、1983年にピークを迎えて以降、価格の引き上げや酒税の増税などが重なり、次第にその勢いを失っていきます。
さらに、折からの酎ハイブームのあおりを受けてウイスキー離れが進み、急速に消費量が下がっていきました。

級別制度の廃止がさらに追い討ちをかける

1989年には級別制度が廃止され、高級酒の価格は下がったものの、逆にそれまで低価格だったウイスキーの価格が上がったことで、ますます消費が落ち込んでいきます。
級別制度の廃止は、ウイスキーのステータスシンボルとしての価値を損なうことにもつながりました。それがさらなる消費量の低下を招くといった悪循環を招き、ウイスキー市場は“冬の時代”を迎えることになります。

新たな流行をもたらしたハイボール人気

新たな流行をもたらしたハイボール人気

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ハイボールのブーム再来

1983年にピークを迎えたウイスキー市場は、その後長い低迷期を迎えました。しかし2000年代の後半になって、その流れが大きく変わります。ターニングポイントとなったのが、ウイスキーをソーダで割ったハイボールの流行です。
ハイボールはもともと1950~60年代に、アルコール度数の高いウイスキーを日本人でも飲みやすくしたスタイルとして流行したもの。その後は長く下火となっていましたが、国産ウイスキーメーカーによる積極的なキャンペーンも功を奏し、再びハイボールブームが到来したのです。
その流行は現在も続いており、若い人には新しいお酒として、年配の人には懐かしいお酒として、またカロリーや糖質・プリン体を気にする人々からも支持され、ふだん飲みにも適したお酒として、すっかり定着しています。

「マッサン効果」で国産ウイスキーが品薄に

2014年に放映されたNHK連続テレビ小説「マッサン」のモデルは、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝氏。大正時代に国産ウイスキー造りに情熱を燃やした造り酒屋の跡取り息子の奮闘を描き、たちまち人気となりました。
このマッサン効果に国際的評価も加わって、2000年代後半からは国産ウイスキーへの人気が高まり、今では生産が追いつかず品薄になるほど。
世界的にも盛り上がり見せるウイスキーブームは、従来のアイルランド、スコットランド、アメリカ、カナダ、そして日本といったウイスキー大国以外の新興国にもおよび、現在ではインドや台湾、オーストラリアなどさまざまな国で造られたウイスキーも数多く日本に輸入されています。

黒船とともに到来してから150年以上もの歴史を持つ日本のウイスキー市場。時代ごとの流行に左右されながらも、その長い歴史を通じて、世界的に見てもユニークな独自のウイスキー文化を育んできました。この機に、ウイスキー流行の歴史を振り返りながら、懐かしのウイスキーをたのしんでみてはいかがでしょうか。

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