有名歌人も愛飲した酒を醸す、山梨・萬屋醸造店が生み出した 「生冷 KIREI あまくち、するする」
日本を代表する有名な歌人が宿泊し、以来、こよなく愛飲した酒を醸す山梨・萬屋醸造店。地元で育まれた酒米と名水を仕込み水に、酒造り歴50年以上のベテラン杜氏が熟練の技で醸した「生冷 KIREI あまくち、するする」とは・・・?
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創業は江戸時代、酒銘は「一力政宗」
四方を山に囲まれた、自然豊かな街で酒を醸す萬屋醸造店が創業したのは1790年(寛政2年)。初代当主・萬屋八五郎が、現在の地に酒蔵を開いたのが始まりです。この地を流れる富士川は、ちょうど釜無川と笛吹川の合流点となっており、創業した江戸時代半ばから後半にかけての頃は、甲州(山梨)と駿府(静岡)を結ぶ「富士川水運」の拠点として賑わっていたそうです。「萬」の略字「万」を、上下に分けた「一力」から「一力政宗」を酒銘とし、水質のよい南アルプスの伏流水を仕込み水に使用したお酒は、地元民や行商で訪れる多くの方たちに広く親しまれていました。
与謝野夫妻が蔵を訪れ宿泊
1933年(昭和8年)、六代目当主と文学交流を通じて交友が深かった与謝野鉄幹・晶子夫妻が甲斐路を旅した際、萬屋醸造店に宿泊しました。旅中、多くの歌を詠みましたが、その中の一首に萬屋醸造店でお酒を味わったときの様子を詠んだ歌があったそうです。
「法隆寺などゆく如し 甲斐の御酒(みき) 春鶯囀(しゅんのうてん)のかもさるゝ蔵」
“春鶯囀”は、中国・唐の高宗皇帝が鶯(うぐいす)の妙なる鳴き声に耳をすまし、その感動をもとに音楽家に作らせたという雅楽の名曲。まるで春の鶯がさえずるような、清楚でたおやかな味わいのお酒と表現され生まれた歌は、その後、蔵元に贈られ、深く感銘を受けた六代目当主は、これを機に酒銘を「春鶯囀」へと改めることにしました。与謝野夫妻は以後もこよなく萬屋醸造店の銘酒を愛飲。酒蔵の敷地内には歌が刻まれた石碑が置かれ、一般に公開されています。
与謝野夫妻が、眺めながら日本酒を嗜んだといわれている庭。当時の塀は板造りだったそうですが、その風景が法隆寺の雰囲気に似ていたことから歌が詠まれました。
敷地内には歌碑が置かれ、公開されています
それまでの「一力政宗」から「春鶯囀」に酒銘を変更。以来、大切に守られているブランドです。
就任1年目の新社長
現在、取締役社長を務めるのは、2017年8月に就任した田邊征司さん。地元山梨県の出身です。「萬屋醸造店には、歴史や、それぞれの時代に生まれたエピソード、そして何より、お酒そのものの味がおいしく、地元の方たちに長きにわたって愛され続けているという魅力がたくさんありますが、まだ多くの方に伝えきれていない部分があります。これから少しずつ、発信していきたい」と語ってくれました。
就任したばかりの田邊社長。「これからさまざまな取組みにチャレンジしていきたい」。
蔵に入社して26年、酒造り歴は57年
長きにわたり萬屋醸造店の製造の責任者である杜氏を務めているのは、田中浩さん。現在75歳、酒造り歴57年になる大ベテランです。地元、長野県諏訪市の高校を卒業後、長野や岐阜、甲府などの酒蔵に務め、26年前から萬屋醸造店で杜氏として酒造りを行っています。
夏場は地元の諏訪でセロリの栽培を行い、冬になると酒を造る生活を50年以上続けていますが、実際の年齢よりも若々しく見える元気なお姿。それもそのはず、若い頃はフルマラソンの大会によく出場されたアスリートでもあり、自己最高タイムは2時間35分の記録を保持しているそうです。「酒造りとマラソンには、どんなにツラくても、途中であきらめず、最後までがんばって走り抜いてゴールしなくてはならないという共通点があります。一言でいうなら『忍耐と努力』でしょうかね(笑)」。
淡麗な仕上げが特長の諏訪杜氏として、長年にわたり酒造りを行ってきましたが、新たな酵母の開発や、日本酒の持つ香りの多様化、飲み手のニーズに合わせた酒質の構成など、50年以上携わってきた中で、酒造りには時代と共にさまざまな変化があったとか。さらに、「長くやってきても、目に見えない微生物の世界を相手にしていく難しさはいつも感じています」と、大ベテランの経歴を持ちながらも、つねに真摯に酒造りと向き合っている様子が印象的でした。
夏はセロリの栽培、冬は日本酒造りに励む田中杜氏。
地元の農家と結成した「酒米造り協議会」
酒蔵は、2町の合併によって2010年に発足した富士川町にありますが、もともとこの場所は“増穂町”という地名でした。文字通り、山梨県の中でも米どころとして知られ、現在も棚田を中心とした米作りが盛んに行われています。萬屋醸造店では、平成23年に地元の富士川町とその近郊の約10軒の農家と“酒米造り協議会”を結成。酒造りに使用する8~9割の酒米の栽培を委託し、現在は約5品種の酒米を仕入れています。
酒米「玉栄」への思い
酒米の中で、萬屋醸造店が特に力を入れているのが「玉栄(たまさかえ)」。おもに滋賀県で栽培されている酒米ですが、かつての社長が滋賀の農家と契約栽培を行い、その後、地元の増穂町(当時)でも栽培を開始しました。以前は長野県の酒造好適米「美山錦」も栽培していましたが、標高が低い増穂町には向かず。滋賀県で契約栽培を依頼していた「玉栄」なら、地理的な条件も合うことなどから地元で積極的に栽培を行い、以来、萬屋醸造店でもっとも使用量の多い酒米となりました。
「玉栄は原料処理(洗米や浸漬、蒸し米にする工程など)もしやすく、また、玉栄にしか出せない“キレ味”もあり、とても信頼しています。うちのお酒には欠かせない酒米です」と、田中杜氏は語ります。
精米は外部に委託せず、自社で行う萬屋醸造店ですが、山梨県内の酒蔵で自家精米をするのはわずか2蔵。契約栽培の酒米を、日本酒にするまでしっかり自社で管理するこだわりの強さが感じられます。
蔵内に設置されている精米機。
山梨の自然の恵みが生きた「あまくち、するする」
この春、新発売された「生冷 KIREI あまくち、するする」は、麹米に山梨県産の「玉栄」、掛米に同じく山梨県産の「あさひの夢」を使用し、南アルプス山系の水を仕込み水に使用して醸された、山梨県産の米と水にこだわって生まれた美酒。
「日本酒にとって大きな影響を及ぼす水がどんな水質なのかは、非常に重要です」と語る田中杜氏。萬屋醸造店が酒造りに使用している水は、名水として名高い「白州」と同じ系列の南アルプス山系の水で、極めて鉄分が少ないのが大きな特長です。
日本酒を造るうえで、水に含まれる「鉄分」は、色や味わいを悪くしてしまうため有害となる成分。できるだけ鉄分の含有量が少ない水が求められており、まさに理想的な仕込み水を使用しています。
「酵母は、華やかな香りと吟醸香を生み出す2種類をブレンドしました。また、通常の純米酒などよりも低温でじっくりと日数をかけて発酵させ、飲み口がやさしい印象のお酒に仕上げています。」と田中杜氏。
「生冷 KIREI あまくち、するする」(山梨 萬屋醸造店)
麹米 玉栄(山梨県産)
掛米 あさひの夢(山梨県産)
精米歩合 60%
アルコール度数 14度
田邊社長は、軽やかな飲み心地で、米の持つ甘味と酸味のバランスがよい味わいの「あまくち、するする」は、ぜひ女性に味わってもらいたいと語ります。
「仕事終わりの、ホッと一息つきながらの晩酌にぴったりな味わいではないでしょうか。どんな食事にも合わせやすいですが、とくに、女性が好みそうな、ホワイトソース系のお料理、たとえば、グラタンやラザニア、シチューなどに、とても合うと思いますよ」。
また、田中杜氏が育てたセロリも、おつまみにおすすめとか。「じつはそれまでセロリが苦手だったのですが、杜氏の育てたセロリはあまりにおいしくて食べられるようになりました。とくに、杜氏の奥様が作る“セロリの酒粕漬け”が本当においしくて・・・!『あまくち、するする』のおつまみにもぴったりだと思います」。
「生冷 KIREI あまくち、するする」をきっかけに
社長に就任してもうすぐ1年を迎える田邊社長ですが、今後の萬屋醸造店の展開をさまざまに思案しているそうです。「今後も日本酒市場は、女性の目線を意識していくことになると思いますね。ですから、女性に好まれるお酒を生み出しつつ、一方で、地元の方たちに古くから親しまれている、しっかりとした味わいで酒呑みが好きなタイプの「春鶯囀」も守っていきたいと考えています。
これまでは地元での流通が多く、県外にはあまり知られていなかったので、今回の「生冷 KIREI あまくち、するする」をきっかけに、萬屋醸造店や「春鶯囀」を知ってもらえたら嬉しいですね。蔵にはカフェやギャラリーも併設しているので、気軽に立ち寄ってもらいたいです」。
ゆったりとした広さのカフェギャラリー
常時15アイテムの日本酒を用意している試飲コーナーは430円でたのしめます。
昔使用していた酒造りの道具の展示も
熟練した技術を持つベテラン杜氏と、就任1年目の社長がタッグを組んで生まれた「生冷 KIREI あまくち、するする」。
「あまくち」ながらも、程よい酸味が口中を引き締め、飲み飽きしない味わいです。
萬屋醸造店との出会いのきっかけのお酒として、ぜひ味わってみてはいかがでしょうか?
「あまくち、するする」の詳細はこちら
「からくち、するする」の詳細はこちら
「やわらか、するする」の詳細はこちら
ライタープロフィール
阿部ちあき
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター