日本のウイスキーの原点。鳥井信治郎氏とサントリー

日本のウイスキーの原点。鳥井信治郎氏とサントリー

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日本のウイスキーの始まり

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ヨーロッパの島国、アイルランドで誕生したウイスキーが日本に初めて届いたのは、江戸時代末期といわれています。黒船来航とともに献上品やもてなしの一品として入ってくるようになりましたが、そうした性質上、しばらくは極々限られた人だけのものでした。

初めて日本に輸入されたウイスキーには諸説ありますが、1871年に横浜のカルノー商会が輸入した「猫印ウイスキー」が定説。この猫印ウイスキーの正式銘柄にもさまざまな憶測がありますが、当時、勢いのあったアイリッシュウイスキーという説が有力です。

一方、国産ウイスキーの製造はしばらく本格化せず、調合ウイスキーと呼ばれる“ウイスキーもどき”なものしか造られていませんでした。しかしながら、猫印ウイスキーの輸入をはじめ、西洋式ホテルなどでもウイスキーが出されるようになると、いよいよ日本でも国産ウイスキーを造ろうとする動きが出始めました。ときは大正時代に入った頃です。

サントリーウイスキーの誕生

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国産ウイスキー造りの先頭を走った会社のひとつが、甘味葡萄酒「赤玉ポートワイン」で大成功をおさめていた鳥井商店、現在のサントリーです。創業者である鳥井信治郎氏は13歳で薬種問屋に丁稚奉公に入り、その店で扱っていた輸入ワインやウイスキーを通して洋酒の知識を得て、1899年に鳥井商店を創業。不屈のチャレンジ精神と巧みな販売促進術で一躍、時代の寵児になっていた人物です。

その彼がウイスキー造りに適した土地を日本全国で探しまわった結果、最終的に選ばれた地が大阪府山崎。千利休が茶室を開いたといわれるほど良質な水や豊かな自然環境に恵まれながら、大阪や京都などの大都市に近かったことが選ばれた理由だったそうです。1923年に山崎蒸留所の建設がスタートするとともに、ウイスキーの製造も開始。長い試行錯誤の末、国産ウイスキー第一号として発売されたのが「白札」です。蒸留所の建設開始から6年経った1929年のことでした。

サントリーの人気銘柄

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国産第一号「白札」は、お手本にしたスコッチウイスキーの影響を強く受けていました。そのスコッチ独特のスモーキーさがウイスキー慣れしていない日本人の口に合わず、残念ながら売れ行きは芳しいものではありませんでした。

しかしながら、鳥井氏は当然のことながらそんなことで負けません。日本人の口にあうウイスキーを追求し続けて10年以上の時が経過した1937年、満を持して「角瓶」が誕生します。これこそ近年のハイボールブームでも再び脚光を浴びているウイスキーであり、今日まで続くサントリーのウイスキーを代表する銘柄です。

その後も、シングルモルトウイスキー「山崎」、高級ブレンデッドウイスキー「響」、シングルモルトウイスキー「白州」など、ジャパニーズウイスキーの存在を世界に広めた名ウイスキーを次々に世に送り出しています。

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