長野県・小諸市『中棚荘』&『ジオヒルズワイナリー』/ワインを醸し始めた老舗温泉宿の物語
1898年に長野県小諸市で創業した温泉旅館『中棚荘(なかだなそう)』。5代目荘主の富岡正樹さんは2002年にブドウ栽培を始め、5年後に『マンズワイン』での委託醸造で『中棚シャルドネ』が誕生。さらにワインを究めるべく、2018年に『ジオヒルズワイナリー』を開所。家族で力を合わせ、ワイン醸造に取り組んでいる。
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「小諸の土を活かした農産物でもてなしたい」
“新鮮にして簡素”をコンセプトに、多くの旅人をもてなしてきた老舗の宿。画像提供/中棚荘
長野県小諸市の里山に隠れ家のようにたたずむ『中棚荘』は、今年で121年目を迎えた歴史の深い温泉宿。島崎藤村が『千曲川旅情の詩』の一節に、この宿を詠っていることから、“藤村ゆかりの宿”とも称されてきました。良質の温泉と手仕事を大切にしたおもてなしが身上で、その居心地のよさに虜になったリピーターが多いことでも知られています。
レトロな『大正館』と和モダンな『平成館』からなり、合わせて27室。こちらは『平成館』1階の和洋室。画像提供/中棚荘
温泉は飲用も可能なアルカリ性低張性温泉(美人の湯)。10月~4月は、“初恋りんご風呂”に。画像提供/中棚荘
かねてから「小諸の土を活かした農産物でお客様をもてなしたい」と考えてきたという、5代目荘主の富岡正樹さん。やがてその想いは、「究極の農産物として、テロワールを色濃く伝えるワインを造りたい」へと極まり、2002年に宿からほど近い御牧ヶ原で、ワイン用のブドウ栽培に着手しました。小諸市にある『マンズワイン』の契約農家としてのスタートだったそうです。
最初に植えたのは、シャルドネ888本。2007年には『マンズワイン』で委託醸造をし、宿の名前を冠した『中棚シャルドネ』がリリースされました。その翌年にはメルローを定植。こちらは、2011年に東御市にある『ヴィラデストワイナリー』、2015年の仕込みからは同じく『アルカンヴィーニュ』で委託醸造されています。
シャルドネとメルロー、2種のオリジナルワインは宿で提供され、販売されています。画像提供/中棚荘
自ら醸造まで手がけたいとワイナリーを創設
準高冷地で降雨量の少ない御牧ヶ原に、自社ワイナリーが誕生。
宿オリジナルワインが出来あがったことで、富岡さんの想いは結実したかに見えましたが、夢には続きがありました。ワインへの情熱はいっそう高まっていき、旅館での提供という枠を超え、ワイン造りを目指すように。これまでは委託醸造でワインを造ってきましたが、自らの手で醸したいとワイナリーを起ち上げ、2018年秋からの仕込みを決意したのです。
しかし、単身で旅館業とブドウ栽培を両立させるだけでもたいへんな苦労があったのに、さらに醸造までというのは明らかに無理があります。そんな状況で富岡さんの力となったのは、やはり家族でした。ベトナムで5年間日本語教師のボランティア活動をしていた三男の隼人さんが帰国。東御市の『千曲川ワインアカデミー』に第一期生として参加、カリキュラムを終えた後に醸造責任者として富岡さんの片腕を担うことになりました。
ワインメーカーは三男の隼人さん。父の影響を受けてワイン造りの道に。
一方『中棚荘』は、長男直希さん夫妻が中心となって切り盛りしていくことに。2019年の夏に直希さんは6代目荘主に就任し、名実ともに旅館の主人となることで、富岡家のワイン造りをサポート。父の想いや背中を見て育った息子さんたちが、父の夢を家族みんなの夢としてとらえ、必ずや叶えようという熱い気持ちが伝わってきます。
さて、いちばん近くで見守ってきた女将の胸中も、やはり気になるところ。「こっそりブドウ栽培を始めた時、私に内緒でトラクターを購入して呆れてしまったのを思い出します」と洋子さん。「でも土をいじっている時の真剣な眼差しを見て、いつしか応援するようになっていましたね」とにっこり。まさに家族の絆があってこそ、ですね。
右から、醸造責任者の三男・隼人さん、富岡さん、女将の洋子さん、6代目の直希さんとお嬢さん。
宿で暮らしていたヤギのピノちゃんも、除草担当としてワイナリーをお手伝い。
“風の吹く丘”でワインを醸し、人々を迎える
『ジオヒルズワイナリー』は、小高い丘のような立地にたたずんでいます。
さて、ここからは2018年11月にオープンした『ジオヒルズワイナリー』をレポートしましょう。ベトナム語の「Gio(風)」と英語の「Hills(丘)」を組み合わせたのが、名前の由来。ベトナム語を用いたのは隼人さんがベトナムで暮らし、ベトナム人の伴侶を得ていることから。文字通り風が抜けるような丘のてっぺんに、四方を見渡せるように建てられています。
ワイナリーは2階建て。まずは1階の醸造所で富岡さんに話を伺いました。テロワールについて尋ねると、「この地は標高800mほどで、気候は冷涼。昼夜の寒暖差がはっきりしているため、酸味がしっかり残るブドウが育ちます。平均年間降雨量が985㎜と少なく、ブドウ栽培に適しているんですよ」。ちなみに土壌は強粘土質。根が張るのには時間がかかりますが、その分力強い樹に成長するそうです。
さまざまなメディアの記者が招かれた取材会に参加して、お話を聞きました。
栽培しているブドウ品種は、シャルドネ、メルロー、ピノ・ノワールを中心に、ピノ・グリ、シラー、ソーヴィニヨン・ブランと多種多彩。さらに「最近はムニエも植えています」と富岡さん。シャルドネ、ピノ・ノワールにムニエの3種が揃うとなると…。「はい。瓶内で二次発酵させるシャンパーニュ方式のスパークリングワインを造りたいと、いつも隼人と話しているんですよ」と相好を崩されました。
自社畑は3カ所に分かれていて、合わせると1.2haあるそうです。
続いて2階へ。こちらにはショップとカフェがあります。たいへん見晴らしがよく、北アルプスに浅間山、八ヶ岳、遙か先には富士山の姿まで…。この大パノラマを眺めながら味わうのは、本格的なベトナム料理。隼人さんの奥さんが考案したというランチプレートをいただきました。
オープンキッチンで、開放的なカフェ。
天気がよければ、テラス席がおすすめ。
揚げ春巻きや鶏肉の塩麹焼き、フォーのスープなど盛りだくさんの『風の丘プレート』。1100円(税込・ワイン別)。
ランチに合わせたのは、『ホン・ゴック・シードル』。地元産の紅玉りんごを使用していています。甘口を連想してしまうシードルですが、こちらは食に合うドライなタイプ。ちなみに「ホン・ゴック」とは、ベトナム語で「赤い宝石」という意味。ネーミングも素敵ですね。
『ホン・ゴック・シードル』。光と風を感じて飲むワインは最高です。
続いて『御牧シャルドネ』を。酸味がきれいに表現されていました。
「すべて無濾過で造っていますが、クリーンな味わいになるように心がけています」。
もちろんショップで、製造しているワインを購入することができます。
日が沈むと満天の星。ちなみに『中棚荘』のゲストには、夜のワイナリーツアーも用意されています。画像提供/中棚荘
登録有形文化財指定の別邸で、夕餉とワイン
藍染めの染物屋として、北国街道沿いに建てられた旧家を移築。
ワイナリー訪問の後は『中棚荘』へ。温泉で体を温めた後、母屋から庭の階段を下りた所にある別邸の『はりこし亭』で、夕食をいただくことにしました。こちらは江戸時代末期に造られた築140年の古民家を移築したもので、国の登録有形文化財に指定されています。
2002年に移築、4年後に国の登録有形文化財となりました。
元々は藍染の染物屋。30㎝角の大黒柱などケヤキがふんだんに使用されているのは、幕末に小諸藩に納入した際、代金の代わりに譲り受けた城内の立ち木を切り出したからだとか。食事処として再生しましたが、通り土間や厨房の位置は、今も昔のままだそうです。
吹き抜けの空間には、凛とした空気が漂っています。
料理長が腕をふるった和風創作会席料理のパートナーは、もちろんジオヒルズワイナリーで醸した“中棚ワイン”。お造りなどが供される前半には、『中棚シャルドネ』を。温かい料理に移ったところで、『中棚メルロー』にスイッチ。どちらもアルコール度数は12.5%と低め。料理の繊細な味わいにそっと寄り添って、口福の時間を演出してくれました。
お造りや出汁を使った料理には、余韻の長いエレガントな酸を持つシャルドネが合います。
『中棚シャルドネ』(白・辛口)。清涼感を出すため、ステンレスタンクのみを使用しています。
肉料理はもちろん、信州サーモンの味噌漬けなどしっかり味の温かい料理にはメルローを。
『中棚メルロー』(赤・ミディアムボディ)。ステンレスタンクと樽で発酵したワインを半々でブレンド。
中棚荘
長野県小諸市古城中棚
TEL/0267-22-15114
アクセス/JR・しなの鉄道小諸駅よりタクシーで約5分。徒歩なら下り道で約20分。
中棚荘の詳細はこちら
ジオヒルズワイナリー
長野県小諸市大字山浦富士見平5656
TEL/0267-48-6422
カフェ営業時間/10:00~16:00(不定休)
ランチ営業時間/11:30~14:00(金・土・日のみ)
定休日/不定休
アクセス/JR・しなの鉄道小諸駅よりタクシーで約15分。
ジオヒルズワイナリーの詳細はこちら
ワイナリーでブドウの栽培や醸造について学んだ後は、畑とその背後に連なる山々を眺めながらのランチ。さらに宿に移動して温泉で寛ぎ、登録有形文化財のダイニングで夕食とワインを味わうという贅沢さ。家族の温もりも感じられる温泉とワインの旅へ出かけてみませんか?
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