静岡県・沼津/バータクシーに乗車し、オーセンティックバーでカクテルをはしごする

静岡県・沼津/バータクシーに乗車し、オーセンティックバーでカクテルをはしごする

静岡の中核都市・沼津。新鮮な海の幸を味わえる沼津港や、伊豆や富士山の観光拠点として知られていますが、じつはオーセンティック(正統派)バーが数多く点在し、全国に隠れファンがいるほど。どうして沼津でバーなのでしょうか? 実際にバーを体験しその疑問を解消してみようと、現地に向かうことにしました。

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沼津のバー文化を育んできたものとは?

お話を伺った『沼津BAR魅力発信実行委員会』の鈴木智善(すずき・ともよし)委員長(右)とアテンドしていただいた沼津市観光戦略課の益田紀仁(ますだ・のりひと)さん。

静岡を訪れた際に手にしたのが『NUMAZU BAR TRIPS』なるスタイリッシュな冊子。開くと沼津にある数多のバーが紹介されていました。「どうして、沼津にたくさんのバーがあるのだろう? しかも正統派のバーばかり」。高まる好奇心から沼津市役所にアプローチ、この冊子の発行などで沼津のバー文化の啓蒙に努めている『沼津BAR魅力発信実行委員会』の鈴木委員長とお話しできる機会を得ました。

シックな体裁のNUMAZU BAR TRIPSのパンフレット。観光案内所などで入手できます。

単刀直入に「どうして沼津にバーが多いのでしょうか?」と尋ねると、「諸説あるのですが、なかでも有力な説として」と前置きされて、「沼津に御用邸が造られたことが大きな要因とされています」と鈴木さん。この風光明媚で温暖な地は、いわば“海のある軽井沢”。政財界の要人がこぞって別荘を建て、休日を過ごすようになったとか。

そうした別荘族や招いたゲストの社交場として、オーセンティックバーが開業。この地にバー文化が発祥し、その後根付いていったようです。「沼津のバーは歴史の長い老舗が多く、熟練したバーテンダーの技量に惹かれて遠方からわざわざ足を運ぶほど、全国にファンが多いんです。東京の有名バーに務めるバーテンダーたちも、勉強に訪れるとも聞いています」。知る人ぞ知る沼津のバーでしたが、やがて全国にその存在を伝えていこうという動きが始まりました。

じつは鈴木さん、地元の『平和タクシー』代表。どのような経緯で、タクシー会社の社長が、バーを推進するプロジェクトを率いることになったのでしょう? 「県外から人が来た時、ファーストコンタクトする地元民がタクシーの運転手というケースは多く、沼津のおすすめを聞かれることも多々あります」。そこで「沼津で案内しやすい大人が楽しめるスポットはどこだろうか? と考えるようになったのがきっかけです」。

そして、ひらめいたのがバー。観光客やビジネス客の利用の多いタクシー業界とホテルなどの宿泊業界が連携して沼津BAR魅力発信実行委員会を結成。本格的なお酒を楽しめる沼津のバーをもっと気軽に楽しんでもらえるようなアイデアを展開するようになりました。

バービギナーが気後れしないようにと、オリジナルのマナーブックも作成。

NUMAZU BAR TRIPSの詳細はこちら

沼津のバーの案内人は、タクシーの運転手さん。

ボディに貼られたマグネットステッカーが目印。

さまざまなアイデアのひとつが、『NUMAZU BAR TAXI』。街の情報に精通したタクシーの運転手さんが、委員会が開催したNUMAZU BAR TAXI養成講座に参加。直接バーテンダーから、カクテルに関する基礎知識や加盟しているバーの特徴について学び、認定を受けるというシステム。現在は約50名が、“BAR TAXI”ドライバーとして登録されています。

平和タクシーの山田豊さんもそのひとりで、タクシーの運転手でありながら、沼津バーのコンシェルジェとしても活躍。「お客様自身がタクシー会社に電話、BAR TAXIを指名して呼ばれるケースがほとんどです。まず流しというのはありません」。ちなみに料金は通常のタクシーと同じなので、気軽にお願いすることができますね。

実際に山田さんのタクシーを利用した人は、事前に行きたいバーをある程度リストアップしているのか? それともノーアイデアなのか? 「圧倒的に後者です。ご乗車されてから、好みのカクテルや雰囲気。食事をされたいのか、そうではないのかなどをお聞きしていくうちに、おすすめのバーが頭に浮かんできて実際にご案内するという流れです」。

山田さんは、NUMAZU BAR TAXI 認定乗務員の第1期生。

百聞は一計にしかず。実際に乗車させていただくことにしました。現在NUMAZU BAR TRIPSに加盟しているのは6店舗で、すべて(一社)日本バーテンダー協会に属するバーテンダーが腕を振う名店ばかり。各店の個性を尋ねていくうちに興味を抱いたのは、『TOM'S BAR(トムズバー)』。シガー(葉巻)の品ぞろえが充実しているそうです。

「私の役目はここまで。この先はバーテンダーさんにバトンタッチです」

5つの“C”にこだわってきた『TOM'S BAR』

カウンターの奥にはボックス席。背後にはハーフスタンディングの席も。

オーナーバーテンダーは、坪田智(つぼた・とも)さん。そうファーストネームにちなんで名付けられたお店は、1998年秋のオープンで今年21周年を迎えました。沼津出身の坪田さんが、バーテンダーを志したきっかけとなったのは、バブル期に読んだとあるファッション雑誌のコラムでした。

「そこにはヨーロッパではバーテンダーのことを“、ナイト・ドクター”を呼ぶと書かれていました。お客様と会話して、その方の気持ちや体調に合った一杯を調合し、その日をリセットさせるからと。死ぬ前に会うなら、家族はもちろんだけどバーテンダーも外せない的なコメントもあって、将来就いてみたい職業だなと思ったんです」。

「とくに師匠はいません」と坪田さん。「でも沼津には、雲の上の人のようなバーテンダーさんが何人もいらっしゃって、みなさんに学びながら、自分のスタイルを探求してくることができました。この沼津のバー文化を後世にきちんと繋いでいくために、私も貢献していきたいですね」と優しい眼差しで、付け加えられました。

お店のコンセプトとして、5つの“C”を掲げていて、カウンター正面のボードにも記されていました。「カスク(ウイスキー)」「チョコレート」「チーズ」「コニャック」そして「シガー」。どれも食後の時間を豊かにしてくれるものと聞いて、納得。なるほどエントランス付近では、シガーが並んだボードが存在感を放っています。

「お気に入りの一杯に出会えるように努めるのが仕事です」

豊富な種類のシガーが、大人の経験値を上げてくれます。

実際に坪田さんのカクテルを味わってみることに。NUMAZU BAR TRIPSではどの加盟店でも提供しているオリジナルカクテルが存在します。そのオリジナルカクテルから、『イコロ』と『DEEP SURUGA』。そして坪田さんオリジナルの『エターナル フレーム』をいただくことにしました。

地元産のみかんを使った『イコロ』

みかんの果実感たっぷり。1000円。

沼津BAR魅力発信事業の実施を記念して、日本バーテンダー協会沼津支部に加盟している各店舗のバーテンダーが協力して考案したオリジナルカクテル。沼津特産の『寿太郎』というみかんを使用していて、とてもフレッシュな味わい。余韻にミントの爽やかさが感じられます。ちなみに「イコロ」とはアイヌ語で宝物の意。沼津の旅の思い出を宝物に、という願いを込めた名前だそうです。

レシピが自由な『DEEP SURUGA』

深い海をグラスに表現。1000円。

2018年からスタート、深海カクテルという副題を持つDEEP SURUGAは、「ヴァイオレットリキュールとブルーキュラソーシロップでグラデーションを作るという以外は、店によって自由です」(坪田さん)。見かけよりもドライな印象でしたが、「私独自のレシピに、お客様のイメージも重ねて作るので、同じDEEP SURUGAは作れないんですよ(笑)」。そうこちらは、この日の私だけのDEEP SURUGA。まさに一期一会の味となりました。

世界が認めた『エターナル フレーム』

なかなか情熱的な味わい。1300円。

TOM'S BAR最後の一杯は、全世界のバーテンダーがその技を競い合う『フレア・バーテンディング・コンペティション』の世界大会 カクテル部門で、2位の好成績を収めた時のカクテル。“永遠の炎(エターナル フレーム)”の構成は、パッションフルーツ、マンゴー、巨峰のリキュールが主で、とてもフルーティ。巨峰は静岡県の研究所で開発され、その名は富士山にちなんでいるとか。「海外の大会で富士山をアピールしたいという想いから、使用したのです」。

どのカクテルも凛とした所作から産み出され、目でも楽しむことができました。

TOM'S BAR
静岡県沼津市大手町4-6-12 
TEL/ 055-963-2369
営業時間/19:00~26:00(L.O. 25:30)
定休日/なし(臨時休業あり)
アクセス/沼津駅よりタクシーで5分

2019年5月にオープンした『REIWA NELSON』

一枚板のカウンターに10席のほか、テーブル席が2席。

加盟店だった『BAR NELSON(バー・ネルソン)』が、『REIWA NELSON(レイワ・ネルソン)』として新たな歴史を刻み始めたのは、2019年5月1日のこと。「はい。REIWAイコール令和。新年号とともに歩み始めた店にふさわしい名前だと、大変気に入っています」とオーナーバーテンダーの秋山浩三(あきやま・こうぞう)さん。

隣接する三島市の出身。若かりし頃、地元のバーでバーテンダーがシェイクする姿に魅せられ、「立ち居振る舞いがかっこいい。将来はこの道に進みたい」と考えるようになったそうです。最初に務めたのが、やはり加盟店の『Frank Bar(フランク・バー)』。沼津を代表する巨匠・相原勝さんの元で、7年半の歳月を働き、学ばれました。

「誰もが修業したいと願う老舗。タイミングが良くて入店することができたんです。ついていると思いましたね」。その後、三島で独立したり、違うジャンルの飲食店を経営するなど沼津を離れた時期もありましたが、またしても幸運の女神が舞い降りてきたのだとか。『BAR NELSON』のオーナーから、引き継いでくれないかという声がかかったのです。

「喜んでお受けいたしました。店内は何も変えずに受け継いでいます。目利きされたグラスなどすべてが素晴らしく、変える必要がなかったからです」。目指しているのは、オーセンティックでありながら、肩肘張らずにお酒と会話を楽しんでもらえる店。「『Frank Bar』がそういうスタイルなんですよ。原点復帰で令和の時代をたくさんのお客様と過ごしていきたいですね」。

連写で撮影しても、秋山さんの頭はまったく動きません。

ピカピカに磨かれたグラスからも、仕事の丁寧さが分かります。

店名は、名将の呼び声高いイギリス海軍のネルソン提督に由来。

秋山さんにシェイクしてもらったのは、加盟店全店で供されるNUMAZU BAR TRIPSオリジナルカクテルから、『黄昏図(たそがれず)』と『アスル・アレーグレ』の2種。締めの一杯は、秋山さんオリジナルの『万葉』です。

東海道五十三次にちなんだ『黄昏図』

見た目よりほろ苦い大人味。1000円。

夕方から夜にかけての沼津を描いていると言われる、歌川広重の東海道五十三次『黄昏図(たそがれず)』。ピーチリキュールやグレナデンシロップなどで黄昏の色合いを創り出した、ウイスキーベースのショートカクテルで、先の『イコロ』とともに、こちらも日本バーテンダー協会沼津支部に属しているバーテンダーが考案したオリジナルです。

勝利の美酒『アスル・アレーグレ』

晴天の下でも美味しそう。1000円。

Jリーグを舞台に活躍する地元のサッカークラブ、『アスルクラロ沼津』とのコラボレーションにより誕生したカクテル。選手たちが自らつけた名前は、『アスル・アレーグレ』。スペイン語で“明るい・快活な”を意味する”alegre”を冠し、明るい未来を目指し、上昇し続けるクラブのこれからを象徴。ヨーグルトリキュールの風味がクリームソーダのようで、童心に帰ることができるような味わいです。

“令和”にちなんだ『万葉』

新しい時代を表現。1000円。

秋山さんおすすめのオリジナルはショートカクテル。『万葉』というネーミングは、令和の語源となった『万葉集』から。令和は梅の花32首の序文「…時に、初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ、…」から創られたわけですが、梅の花というところに着目、プラム(梅)のリキュールを用いているのが特徴です。酸味がほどよく効いた大人の味わいでした。

オーセンティックでありながらも、フレンドリー。秋山さんと話していると、ついついお酒が進んでしまうかもしれませんね。

REIWA NELSON
静岡県沼津市添池町144-10 
TEL/ 055-952-7400
営業時間/19:00~26:00(不定)
定休日/月曜日
アクセス/沼津駅よりタクシーで5分


※金額などはすべて取材時のものです(税込)。

東京から約1時間とじつはアクセス便利な沼津。このバーの聖地で、沼津オリジナルのカクテル、そしてお店オリジナルのカクテルを味わい巡る…。そんなバートリップに出かけてみてはいかがですか?


ライタープロフィール

とがみ淳志

(一社)日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート/SAKE DIPLOMA。温泉ソムリエ。温泉観光実践士。日本旅のペンクラブ理事。日本旅行記者クラブ会員。国内外を旅して回る自称「酒仙ライター」。

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