国内外からの注目が高まる「北海道産ワイン」 独自性にあふれ、個性輝くワイナリーの魅力に迫る <後編>
食の王国・北海道で、新たな名産品として注目を集めている“北海道産ワイン”。後編では、全国のワインファンの間で注目が高まる「ドメーヌ・タカヒコ」、新規就農でワイナリーを開設して3年目となる「ドメーヌ・モン」、家族経営のワイナリーとして北海道で先駆け的存在の「山﨑ワイナリー」に伺い、さまざまなお話しを伺ってきました。
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現在、北海道で開設されているワイナリーは約37軒。主に空知エリア、余市エリアに多く存在しています。
画像提供:悠悠北海道® http://www.uu-hokkaido.jp/index.shtml
ワイナリー「ドメーヌ・タカヒコ」 歴史ある酒蔵に生まれ、ワイン造りの道へ
ワイナリーを設立するにあたっては全国に候補地があったそう。北海道で栽培するブドウに可能性を感じ、余市へ。
2010年に余市町にワイナリーを開設した曽我貴彦さんは、長野県の「小布施ワイナリー」の次男として生まれました。元々は江戸時代に創業した日本酒蔵でしたが、戦時中に果実酒の醸造免許を取得。家業がワインと日本酒を製造していたこともあり、東京農業大学醸造学科へ進学し、卒業後は大学の研究室で微生物の研究に励みました。
「初めは日本酒の道も考えてはいたのですが、ワインの世界に惹かれました。しかし研究を進めるうちに、このまま研究室にいても、よいワインはいつまでも造れないなと。そんな時に栃木県のココ・ファームワイナリーの醸造責任者をしていたブルース・ガットラヴ氏と出逢い、ブドウ栽培のスタッフとして働かせてもらうことになりました。栽培について海外からコンサルタントを招引するなど、当時、日本のワイナリーでは珍しい取り組みを行っていて、研究熱心なブルースと共に、さまざまなことにチャレンジさせてもらいました」。
10年間、農場長として務め、独立。北海道の余市町に畑を購入し、ワイナリー「ドメーヌ・タカヒコ」をスタートさせました。
マークは、曽我家の家紋、五三の桐を五三の葡萄(ピノノワールの葉)に曽我さんがアレンジしたもの。
目指すのは、“日本の食文化を表現したワイン”
取材時期は昨期の収穫が終わり剪定作業を行っていた頃。これまでの剪定方法とは違う方式にトライされたそうです。
「余市町は昔から果樹栽培が盛んですが、産地にはやはり相応の理由と歴史があります。北海道のワイン産地として次の世代に繋げていきたいという思いもあり、この場所に決めました。」と話す曽我さん。栽培する品種はピノ・ノワール一種類です。
「深く感銘を受けたフランスのジュラ地方のワインがあるのですが、まるで“土瓶蒸し”のお出汁のような、じわじわと旨味と余韻を感じる味わいなんです。このワインに出逢った時に、日本人として、旨味と向き合ったワインを造りたいと思いました。地元の余市で、良質なピノ・ノワールを栽培されている方がいらっしゃったのですが、自分の求めている味わいを、この余市で育った、繊細さと複雑さを併せもつピノ・ノワールでなら表現できるのではないかと感じました」。
一般的にブドウ栽培には水はけのよい痩せた土がよいといわれていますが、曽我さんは、雑草が地表を覆う草生栽培によって生き物や微生物が豊かに生きる土壌でブドウを栽培しています。
「そうすることで、ブドウに旨味を生んでくれるんです」。
また、雨が多い日本で育つピノ・ノワールには、逆に、雨が多くなければ表現できない繊細な味わいと魅力があり、そこには他の農作物にも共通する、日本の食の美学があるとも。
「私たち日本人が世界に誇れる食の世界観を、地域の風土の中で育まれたワインで表現できるたのしさがある」と曽我さんは語ります。
収穫は終了していましたが、ブドウ畑に残っていたピノ・ノワール。粒が小さく、種と皮の比率が高いのがよいピノ・ノワールの条件。
心に溶け込む、里山の香りを感じるワインを
左は「ナナ・ツ・モリ ピノ・ノワール」。右は理想的な貴腐に感染したピノ・ノワールのみで造られた「ナナ・ツ・モリ ブラン・ド・ノワール」。
ピノ・ノワールが栽培されているブドウ畑は、かつて7種類の果樹が植えられており、その畑の歴史を後世に伝えていきたいという思いから、ワインには「ナナ・ツ・モリ(七つ森)」と名付けられました。
一般的に認知されている「気候風土」という意味だけではなく、その土地の人や食や文化、歴史、暮らしのすべてが“テロワール(ワインの個性を決定する自然環境要因の総称)”と語る曽我さん。そこには、他の地域には決して真似することができないワインの味が生まれると語ります。
「ワインの完成形のゴールは正直ないと思いますが、イメージしているのは、子どもの頃にクワガタを獲りに行った神社やお寺の裏山で感じた、湿った樹やシダや土の匂いが漂う“自然の香り”を感じられるワイン。誰の心の中にもある、懐かしさや、どこかホッとした気持ちになれるような、スッと自然に涙が流れる、そんなワインを造りたいですね」。
全国のワインファンが注目を寄せている「ドメーヌ・タカヒコ」。
どのようなワインが生み出され続けるのかたのしみです。
ドメーヌ・タカヒコ
北海道余市郡余市町登町1395
http://www.takahiko.co.jp/index.html
「ドメーヌモン」 スノーボードとの出逢いで人生が一変、ワイン造りの道へ
「スノーボードもブドウ栽培も、ずっと自然の中にいられるので幸せです」と話す山中さん。
同じ余市町登町にあるワイナリー「ドメーヌモン」の山中敦生さんは、国が行っている新規就農者研修制度を利用し、2年間、先に紹介した「ドメーヌ・タカヒコ」の曽我貴彦さんの元でブドウ栽培やワイン醸造について学び、2016年に独立しました。
茨城県出身の山中さんの人生を大きく変えたのは大学時代に始めた“スノーボード”。自然の息吹を肌で感じながら滑るたのしさに惹き込まれ、インストラクターの資格を取得。卒業後は東京の一般企業に就職するも、会社を1年で退職し、冬は北海道でインストラクター、夏はレストランに勤務する生活を始めました。
「インストラクターの仲間たちは地元の農家がほとんどだったのですが、春から秋までは農業、冬はスキー場で仕事をするスタイルでした。地域の生活感の中で自然と共に生きている姿が、大変だけどやりがいに満ちていてとても素敵で。20代の頃からいつか農業をしたいという思いがあったので、40歳を前に自分も農家になろうと決意しました」。
耕作放棄地を一から整地したブドウ畑
剪定作業中の山中さん。栽培から醸造まで、奥様とふたりで行っています。
レストラン時代にワインのソムリエ資格を取得していたこともあり、規格に合わせた野菜を作る農業よりも、畑ごとの特長や個性を自由に表現できるワイン造りに惹かれ、ワイナリー開設の準備を始め、2013年に「ドメーヌタカヒコ」の門を叩き、2年間、栽培と醸造の研修を行いました。
「曽我さんには一つひとつの作業をしっかりと身に付けさせてもらい、本当にたくさんのことを教わりました。自分の中では“神”のような存在です(笑)。」
2016年に独立。日当たりのよい東向きの傾斜地が見つかり、土地を整地するところからスタート。
「20年近く耕作放棄されていたため森のような土地で、チェーンソーを使って樹を切り倒すところから始まりましたが、逆に、農薬や除草剤、化学肥料などの残留がなく、さまざまな生物が生息していて、土壌の成分的にもバランスがよかったんです」。
植えたのは、白ブドウ品種の“ピノ・グリ”。研修時に育てた“ピノ・ノワール”と同じ遺伝子を持つブドウで、北海道の野菜の持つ旨味や苦味と相性がよいワインになることから選択したそうです。
「ピノ・グリは果皮の裏側に旨味があるので、皮ごと漬ける方法でワインを造っています」。
伸び伸びとした自然の雰囲気が伝わるワインに
左は登地区のリンゴで造られたシードル。右は余市産のピノ・ノワールで造ったブラン・ド・ノワール(白ワイン)
ボトルの裏ラベルに薄く書かれている「感謝」の文字。
ピノ・グリの初収穫となった2018年。「初めてにしてはよい出来だった」と話す山中さん。
「畑では、土の中の生き物や微生物が生きやすいように、トラクターなど重い機械を入れないことや農薬を撒かないこと、そして、自分の気持ちが朗らかで穏やかでいることに気をつけています。畑の中でのブドウの状態がそのままワインに反映されやすいですが、飲み手にもワインを介してそれが伝わっていくと思うんです。この土地の伸び伸びとした自然の雰囲気を、そのままワインに表現していきたいですね」。
目指すのは“日本らしいワイン”。
雨が降る国で、微生物が活発に動きやすい土壌で育ったブドウのワインには、瑞々しさの中に旨味を感じる味わいがあると語る山中さん。
自らが苗木から育て、始めて収穫したワインは、早ければ2020年の春にはリリースの予定。
どんなメッセージを受け取ることができるのか、今から待ち遠しいです。
ドメーヌモン
余市郡余市町登町898
https://domainemont.com/
「山﨑ワイナリー」 “農家が自立できる農業”を目指してワイナリーの設立へ
三笠市の達布展望台へ向かう途中の丘の上にある山﨑ワイナリー。
札幌から車で北東に1時間ほどの三笠市にある「山﨑ワイナリー」は、家族経営型ワイナリーの北海道内の先駆け的存在として知られています。代々続く畑作と水田の農家でしたが、三代目の和幸さんが、2002年に“地域農業に基盤を置いて付加価値のある農産物を生産する、農家が一法人として自立していける農業を目指したい”との思いから、農家としては日本で初めてとなる果実酒の醸造免許を取得し、ワイナリー事業を開始しました。
98年からピノ・ノワールとバッカスの栽培に取り組み、2002年が初年度となりましたが、当時、日本国内で生産されるピノ・ノワールでのワインの成功例が少なかった中で高い評価を得て、一躍注目を集めました。
開設当時からブドウはすべて自家栽培にこだわり、栽培、醸造、瓶詰、販売までを家族5人で担当。ワインラベルには5人の指紋をあしらった花びらが描かれ、絆の深さが感じられます。
現在は10haの畑で10品種のブドウを栽培し、年間4~5万本のワインを生産しています。
5枚の花びらとして描かれている“家族の絆”。
自分自身を生かせる仕事を選択、ブドウ栽培の道へ
次男の太地さん。長男の亮一さんは醸造を担当。「今は僕たち息子が中心となって頑張っています」。
ブドウの栽培を担当するのは、和幸さんの次男、太地さん。当初は“スーツを着て仕事がしたい”と、農家を継がず、教職を目指して大学に進学しましたが、卒業を前に、研究の一環で道内のいくつもの農家を訪ね、自分が生まれ育った農家以外の現場の様子を知る機会があり、また、農業と向き合い続ける両親の姿を幼少期からそばで見続けてきたこともあって、「農業現場のほうが、自分自身を社会で生かせるのではないか」と考え、卒業後、山﨑ワイナリーに入社しました。
「私たちは他の農家からの買いブドウは一切なく、100%自家栽培のブドウでワインを造り続けています。それは“農家”という立場を崩さない、山崎ワイナリーの信念に通じるものがあります。それだけに、ブドウの出来不出来、ワインの良し悪しすべてが自分たちの責任となって返ってきますが、その分、醸造を担当している兄と僕は二十代のうちから技術力が鍛えられ、多くの経験を積むことができたと思っています」。
98年から栽培してきたピノ・ノワールも樹齢が20年となり、今では太地さんの腕よりも太く成長した樹もあるほど。
「2018年は今までで一番よい品質のブドウができました。とくにピノ・ノワールには期待ができそうです」。
2haから始まったブドウ栽培も、今では10haに。
次なる目標は「よりよい農村づくり」
毎週土日のみ開店している直売店舗。母と長女のあかりさんが担当しています。
順調に売り上げを伸ばし、今では北海道を代表するワイナリーの一つに名を連ねる山崎ワイナリー。地元三笠市の特産品としても親しまれ、敷地内で運営する店舗には多くの人たちが買いに訪れています。
「お陰さまでワイナリーの事業は安定していますが、私たちは自分たちのワインが売れればそれでよいという考えではないんです」と話す太地さん。
「次のステップは、地域をよりよい状態にしていくこと。カフェや宿泊施設などを運営する皆さんと一緒に、遠方からも気軽に足を運んでもらえる、魅力ある農村を創りたいと思っています」。
“農村の気候風土が反映されているのがよいワイン”と語る太地さん。
「よりよい農村に変わっていけたら、私たちのワインもさらによくなり、そしてまた農村が盛り上がり・・・という好循環が生まれます。それぞれが生き生きと活動できる地域になるとうれしいですね」。
今後、三笠市にどのような農村が創られていくのか、これからの展開に期待が高まります。
山崎ワイナリー
北海道三笠市達布791-22
TEL 01267-4-4410
http://www.yamazaki-winery.co.jp/
国内外からの注目が高まる「北海道産ワイン」
独自性にあふれ、個性輝くワイナリーの魅力に迫る「前編」はこちら
ライタープロフィール
阿部ちあき
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター