「現代の名工」の技術と情熱で進化を続ける、南部杜氏の里 岩手の銘酒「あさ開」

「現代の名工」の技術と情熱で進化を続ける、南部杜氏の里 岩手の銘酒「あさ開」

あさ開の杜氏である藤尾氏にとって、半世紀以上に渡って続けてきた酒造りは、まさに人生そのもの。穏やかな人柄とやさしい語り口の奥に秘めた、技術者としての信念と日本酒と真摯に向き合い続けている情熱。 これまでの歩みについてお話しを伺いました。

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日本最大の杜氏集団、南部杜氏の重鎮、藤尾正彦氏

酒造りにおいてチームの総監督、最高製造責任者を務める「杜氏(とうじ)」。
古くは江戸時代に確立された制度で、以来、地域ごとに流派や集団が生まれ、独自の技術や奥義が伝承されてきました。中でも、日本で一番大きな規模を持つ杜氏集団が、岩手県発祥の「南部杜氏」。
南部流一筋で50年以上に渡り酒造りを続け、数々の賞を受賞した実力派杜氏、藤尾正彦氏が醸す銘酒が岩手県盛岡市の「あさ開(びらき)」です。

日本最大の杜氏集団、南部杜氏の重鎮、藤尾正彦氏

白壁に黒瓦が印象的な仕込み蔵「昭和旭蔵」。

南部杜氏発祥の里に生まれ、米とともに歩み日本酒の世界へ

南部杜氏発祥の里、紫波郡紫波町の農家の長男として生まれた藤尾杜氏が酒造りを始めたのは、高校を卒業後、家業の農業に就き、冬の農閑期に酒蔵に出稼ぎに行き始めたのがきっかけでした。夏は農作業、冬は酒造りをしていた農民たちが、次第に酒造りの指揮を任されるようになったのがそもそも南部杜氏の始まり。藤尾さんも当然の流れで冬は酒蔵へ行き、一人の蔵人として酒造りに励みました。

その後、県外の数蔵で酒造りの研鑽を積み、地元岩手の酒蔵へ。その蔵が、かつて若い頃、父の紹介でひと冬だけ勤めた経験があった「あさ開」と合併することになり、酒造りの豊富な経験と真摯に取り組む姿勢が認められ、杜氏としての酒造りをスタートさせました。

しかし、吸収合併された酒蔵の方から杜氏に抜擢された藤尾さんのやり方に反発する仲間もいてとても苦しい立場に。「新しく結成された酒造りのチームは、2社それぞれの製法やしきたりなどの違いもあり、なかなか一つにまとまらず苦悩しました」と藤尾さん。杜氏として、バラバラのチームを団結させて士気を高めていくことも、酒造りと同時に向き合っていかなくてはならない大きな課題でした。

追い打ちをかけるように、鑑評会での結果などから「全国で活躍する南部杜氏はみな優秀だけれど、地元の岩手県にはよい杜氏がいない」という噂を耳にします。
まとまらない蔵人たち、傷つけられた南部杜氏としてのプライド・・・。
「本当に悔しかった。でも、こんなことでは負けたくなかった」と、当時の気持ちを語ってくださいました。

支えになった社長の言葉、機械化へシフトしていく酒蔵の改革

「周囲を納得させるには、とにかく全国に認められる酒を造ること」。
東京での勉強会に積極的に参加し、また、岩手県内の指導機関の門を叩くなど、酒造りと徹底的に向き合うとともに、様々な研究が進む最先端の酒造りへのアンテナを張り巡らせました。

その頃、何より藤尾さんを勇気づけたのは、当時の社長からの「任せたからな」のひとこと。
「信頼されているのが何より心強かったです」。
当時社長だった村井良一郎氏(現会長)は、時代の先を見据え、今から30年前に、それまでの伝統的な製法で行っていた「あさ開」の酒造りに様々な改革を行いました。

まず、「最終的に人の口に入るお酒は、清潔な環境で造られなくてはいけない」と、蔵での衛生管理を徹底。

また、「女人禁制」といわれるほど肉体労働が主体だった酒造りの工程を改善するために機械化を図ります。あさ開は、県内でもトップクラスの出荷量だったこともあり、相当量の仕込みを行っていましたが、蔵人が重い蒸米を担ぎ、何度も蔵内を往復して運んでいた作業にはエアシューターを導入。かなりの力仕事だった、大きなタンク内の醪の撹拌(櫂入れ)を自動撹拌機で行うようにするなど、蔵人の負担を徹底的に軽減しました。

さらに、「旅行客に見学してもらえる観光酒蔵にしたい」と、製造室をガラス張りにし、廊下から作業を眺められるようにするなど、当時の酒蔵では珍しかった取り組みも。
「社長は方針が明確で、目指す姿をイメージしやすかった」と藤尾さん。機械の導入は、それまで蔵人たちの不眠不休の手仕事で造られていた製麹(麹造り)の工程にも。
「酒造りの勉強も然ることながら、難しい機械を使いこなす勉強も必須でした」。

支えになった社長の言葉、機械化へシフトしていく酒蔵の改革

精密な機械で、麹、酒母、発酵タンクを24時間休まずコンピューターで監視制御。30年間大きな故障もなく、あさ開の酒を安定して醸し続ける支えとなっています。

支えになった社長の言葉、機械化へシフトしていく酒蔵の改革

当時はまだ珍しかった観光酒蔵として、見学ができるように建てられた「昭和旭蔵」。現在、年間4万人余りの見学者が訪れていて、近年は海外からの観光客も増えているそう。

機械を導入しても、人の感覚を大切にした酒造り

機械化の導入などによる改革によって、全国にも珍しい、近代的な酒造りを行う代表蔵となった「あさ開」ですが、そんな頃、「あさ開の酒は人じゃなくて機械が造っている」と揶揄する声が耳に届きます。「でも、決してそんなことはないんです」と藤尾さん。

「例えば酒米の状況をみる時は、温度を的確に捉えることが大切ですが、温度計だけに頼ってはいけない。自分の掌で感じる温度が一番正確なんです。30度~35度を、0.5度刻みで違いを感じられる感覚は今もブレていません」。
機械はあくまで重労働の作業を人の代わりにしてもらうためのもの。頭脳と感覚を研ぎ澄ませて造るのが「あさ開」の酒。その想いは、透明感のある清らかな酒質と味わいに表現されていきました。

機械を導入しても、人の感覚を大切にした酒造り

2トンの米麹を造ることができる自動製麹機は、当時、全国でも導入している蔵はかなり少なかったとか。「でも、すべてを機械に任せるのではなく、自分の感覚を信じて微生物の働きを見極めることが大切です」。

全国新酒鑑評会25回連続入賞、そして「現代の名工」「黄綬褒章」の受賞

毎年春に、製造技術や清酒の品質向上を目指して開催される「全国新酒鑑評会」は、全国の酒蔵が出品する日本酒の品評会。平成3年、藤尾さんは初めて金賞を受賞しました。最高評価の金賞を受けたことによって、蔵人たちも藤尾さんの技術力を認め、結果、酒造りのチームとしてもまとまり始めます。「金賞は本当に嬉しかった。頑張ってきたことが認められました」。

全国新酒鑑評会25回連続入賞、そして、「現代の名工」、「黄綬褒章」の受賞

藤尾さんが蔵に来るまでは僅か数枚だった賞状も、今では蔵内の至る所に飾られるほど。「金賞は嬉しかったけど、社内の人にも取るのが当たり前と思われて、毎年発表の前から受賞酒発売の準備を進められていたのはちょっとした重圧でした(笑)」。

しかし、残念ながら翌年は受賞を逃すことに。「金賞を受賞して、みんなで喜びすぎちゃったのかな」と苦笑する藤尾さん。これではいけないと、チーム一丸となって酒造りと向き合い、その翌年には再び金賞に。その後、連続で金賞を受賞し、2016年まで、入賞を含めると連続25回の受賞。そのうち金賞が20回という立派な記録は全国でも最多受賞となり、岩手を代表する銘酒「あさ開」の名を全国に轟かせます。

また、平成17年には厚生労働大臣賞、国の卓越技能者「現代の名工」に、さらに、平成20年5月には「黄綬褒章」を受章。平成29年には南部杜氏の憧れである「南部杜氏自醸鑑評会」 の第1位となる首席を受賞し、名実ともに、日本最大の酒造り集団である南部杜氏を代表する名杜氏に。

全国新酒鑑評会25回連続入賞、そして、「現代の名工」、「黄綬褒章」の受賞

「南部杜氏自醸鑑評会」で首席を受賞したトロフィー。豊富な経験と知識を持つ藤尾杜氏に学びたいと、蔵には全国から酒造りを学びに来る若者も後を絶たないそう。

自然豊かな岩手で生まれる、清らかで透明感のあるお酒「あさ開」

酒蔵のある大慈寺町からすぐ近くに、平成の名水百選に選ばれた「大慈清水」があり、昔から生活用水として地元の人たちに使用されている湧水があります。
「あさ開」では、この大慈清水と同じ湧水が敷地内に湧き出ており、創業以来変わらず酒造りに使用。軟水で繊細さを感じるやわらかな飲み口の湧水は、そのまま、お酒の味わいに。南部流酒造りの特徴ともいわれる、突き破精製麹と長期低温発酵によって、淡麗な味わいに仕上がっています。
また、地元岩手県で栽培された「吟ぎんが」「結の香」など10種類近くの酒米を積極的に使用し、「岩手の地酒ならではの味」を大切にしています。

純米大吟醸 オールいわて

純米大吟醸 オールいわて

米・酵母・麹菌など、原材料のすべてが岩手県産。
華やかで上品な雰囲気ながらも、米の旨味も感じられる、香りと味わいがきれいに調和した純米大吟醸。
米: 岩手県産「吟ぎんが」 50%精米
米麹: 岩手県産「吟ぎんが」
麹菌: 岩手県産オリジナル麹菌 黎明平泉
酵母: 岩手県産オリジナル酵母「ジョバンニの調べ」
 水: 平成の名水百選認定 岩手県盛岡市「大慈清水」
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あさ開 純米大吟醸 四割磨き (結の香)

あさ開 純米大吟醸 四割磨き (結の香)

岩手県で開発された酒造好適米「結の香」を40%まで磨き上げた純米大吟醸。
雑味が少なく、すっきりとした飲みやすさで、品のあるやわらかな香りと滑らかな米の旨味が感じられます。
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あさ開 純米酒

あさ開 純米酒

あさ開の酒造りの基本、65%精米の純米酒。純米酒ならではの旨味を残しながら、やや辛口で飲みやすい酒質に仕上げられています。岩手県産米を使用。
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食と日本酒の奥深いたのしみを若い世代へ

蔵の方針から、平成29年度から鑑評会への出品は辞退したため、連続入賞の記録はストップしましたが、藤尾さんの、よりおいしい酒造りへの探究心は深く、新酵母の使用や、新しいジャンルのお酒の商品開発など、半世紀以上の酒造りのキャリアと柔軟な発想でチャレンジし続けています。

「これからの課題は、若い人たちにも日本酒のおいしさを知ってもらい、味わってもらうこと」。
食と日本酒の深い繋がりを知ってこそ味わえるたのしみを伝えたいと、あさ開ではこれからも、若い世代も含め、多くの方たちに、様々なシーンでおいしく味わえるお酒を造り続けます。

株式会社「あさ開」
岩手県盛岡市大慈寺超10番34号
TEL 019-652-3111

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地酒物産館 TEL019-624-7200

ライタープロフィール

阿部ちあき

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会認定 きき酒師 日本酒・焼酎ナビゲーター公認講師
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター

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