大きな期待を背負い、若き新杜氏が醸す「水の如き」酒、白瀧酒造
新潟が誇る代表銘柄の一つ「上善如水」を醸しているのは、今期から杜氏に就任した27歳の松本宣機さん。杜氏の世代交代、また、酒蔵には珍しい本格的な化粧品事業への参入も行うなど、さまざまなチャレンジを続ける白瀧酒造へ行き、お話しを伺ってきました。
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首都圏から訪れる若いスキーヤーのために生まれた「上善如水」
世界有数の豪雪地帯の新潟県魚沼地方で、長きに渡って酒を醸し続ける白瀧酒造が創業したのは、安政2年(1855年)。初代湊屋藤助氏が江戸と越後を結ぶ三国街道の要衝の湯沢で、往来する旅人や行商人に酒を提供したのが始まりといわれています。全国的にも有名な代表銘柄の「上善如水(じょうぜんみずのごとし)」は、もとは古代中国の哲学者老子の「最高の善は水のようなものでなければならない」という、水の性質を人の生き方に結びつけて述べた言葉。「万物に恵みを与えられる水のように、人と暮らしを潤いで満たす酒」を目指して名付けられ、1990年に発売されました。
スッキリとした軽い飲み口とやさしく広がる米の味わい、斬新なボトルデザインも相まってまたたく間に人気に火がつき、一躍全国区のブランドへ。出荷量はそれまでを大きく上回り、白瀧酒造にとって「上善如水」の発売は、大きなターニングポイントとなりました。
その後、2009年から徐々に醸造アルコールを使用した日本酒の生産を減らし始め、2011年より全量純米化へ。アル添(醸造アルコールを添加したお酒)率の高い傾向の新潟県の酒蔵には珍しく、現在、年間7000石(一升瓶で70万本)近く出荷している日本酒はすべて、米と米麹と水のみで造られる「純米」に分類されるお酒です。
90kl(一升瓶で5万本)の酒を貯蔵できる巨大なタンク。中には原酒が入っています。
これまでの14年を醸してきた、山口真吾 前杜氏
昨季、28BY(平成28年から29年にかけて製造されたお酒)までの製造は、現在取締役の山口真吾さんを中心として行ってきました。電気部品の製造企業からの転職という異色の経歴を持ち、これまでの14期の造りを杜氏(酒造りの総責任者)として任されてきた山口さん。「まさか機械を相手にしてきた自分が微生物の管理をすることになるとは。酒は機械と違ってこちらの思うようにはならず、むしろ微生物たちに、コントロールされて振り回されているみたいでした。でも、上手くいくと、とてもおもしろい。搾った酒を亀口できき酒したときの感動が、酒造りの醍醐味ですね」と振り返ります。
前任、前々任は越後杜氏の支流派、旧寺泊町の野積を拠点とする「野積杜氏」。代々受け継がれてきた教えを受け、真剣に酒造りと向き合い続けてきた山口さんですが、今季(29BY)からは、後任の杜氏にバトンを渡しました。まだまだ現役で造り続けられるのでは?とお聞きすると、「それはよくいわれます(笑)。でも、辞めてしまって「あとよろしく」ではなく、自分がまだ会社にいる間にバトンタッチをして、次の杜氏の成長を見守るのが会社にとってよいのではと思い判断しました」と、未練は一切ない表情。
社長とも相談し、後任の杜氏候補に松本さんを挙げ、3年ほど前から製造の管理やチームワークの構築などを学んでもらったそう。「年上の蔵人たちが年下の彼を慕うのはなかなか難しい部分があるのではと思いましたが、人望もあり、チームワークもここまでの間にちゃんと作れていました」と、山口さん。親子ほど年の離れた新杜氏を見つめる眼差しに、息子を見守る父のような温かさを感じました。
56歳と27歳、親子ほどの年齢差のある二人。「近くで見守っているので、何かあればいつでもサポートします」と山口さん。
27歳の若さで7000石の杜氏に
新杜氏に就任した松本宣機さんは、平成2年生まれの27歳。地元湯沢町の出身で、この春で入社11年目を迎えます。高校を卒業後、白瀧酒造へ入社し、製造部で酒造りのあらゆる工程を担当してきました。さまざまな経験を積んでいくなかで、酒造りのおもしろさに惹かれ、「最終的にいつかは自分で酒を造ってみたい」という気持ちは芽生えたものの、「先輩方もたくさんいましたし、自分が杜氏だなんておこがましい」と思っていた矢先、杜氏への大抜擢。社長が決断した、社内の若返りを図りたいという思いで決まった杜氏の世代交代には、社内でも驚きの声があったそうです。
「決まったときはうれしかったですが、実際に現実味を帯びてくると不安な気持ちにもなりました。でも、現場には熟練の先輩たちがいるので、しっかりお願いできるという安心感が今はあります」と松本さん。「製造部は他の蔵との繋がりも深いので、他社の杜氏からは「大丈夫?7000石、背負える?」なんて心配されたりしました(笑)。プレッシャーはもちろんありますが、でも、もうやるしかないです」と力強く語ってくれました。
「杜氏は、味覚だけじゃなく、感性や官能といったところも大切ですが、これは経験だけでは補えない部分。彼はこのセンスを持っていたし、また、みんなをまとめるリーダーシップも兼ね備えていました」と山口さん。抜擢されたのは「若さ」だけではなく、松本さんの杜氏としての素質を見抜いての人選でした。
「酒造りはどの工程も興味深いですが、特に酵母の使用におもしろさを感じています。醪(もろみ)での香りや、口に含んだときの風味の違いがさまざまなので、今後いろいろと試してみたいです」。
徹底した衛生管理と最新の機械でクリアな酒質を
新体制でスタートした酒造りですが、今までの取り組みと大きく変わるのかを伺ったところ、「柱の商品「上善如水」だけでも、定番の商品のほか、季節に合わせてたのしめる、月替わりで発売するものなどさまざまな種類があります。「変えてよい部分とダメな部分があると思うので、そこをしっかり精査して取り組みたい」と松本さん。
また、90年頃から機械化へシフトし、現在は最新の技術が導入された機械を使用した造りが中心ですが、「麹を造る自動製麹機は、ムラがなく、かなり再現性の高いものができますが、応用して使いこなすには難しい。そのためには昔ながらの手造りの技術を知る必要があり、山口さんに教わりました」。
機械任せではなく、しっかりと微生物の声に耳を傾ける大切さも継承されています。
清掃が行き届き、徹底した衛生管理のもと、最新の機械を使用し、また、豊富な雪解け水が50年をかけて地下水となった水を、敷地内の井戸から汲み上げ、さらにフィルターで濾過を行ってから仕込み水として使用するなど、「上善如水」の名にふさわしい研ぎ澄まされた酒質を生み出すため、酒造りにはさまざまな取り組みを行っています。
上善如水 純米吟醸
1990年の発売以来、大人気を誇る白瀧酒造の代表銘柄。軽快な飲み口と果実を思わせる華やかな香り、まろやかな米の旨味を感じる味わいは、日本酒初心者から愛好家までたのしめる酒として評判。オリジナルボトルの形状もオシャレです。
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辛口 魚沼 純米
魚沼の豊かな自然の恵みと米の旨味をたのしめるコンセプトの酒。越後湯沢の軟水と蔵人の技術により、まろやかでしっかりとした米の味わいを感じる、後味のスッキリさが心地良い辛口。
冷酒からお燗まで、幅広い温度帯でおいしく飲める、万能型の晩酌酒として地元でも評判です。
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湊屋藤助 純米大吟醸
初代当主の名を冠した酒は、新潟県産の原材料にこだわり、県が開発した酒造好適米「越淡麗」を使用。米の旨味と奥深いコクを感じられる味わいは、お燗にすると、よりまろやかでふくよかな飲み心地に。630mlのボトルは、お酒を注ぐときにトクトクと心地良い音が鳴る特殊な形状のオリジナルデザイン。
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ブランド価値を高めるため、化粧品事業へ
白瀧酒造は、2010年から化粧品事業に本格的に参入しました。当時、酒蔵としては珍しい事業展開に踏み切ったのには、「上善如水」の発売によってブランドが広く認知され、女性の顧客が増えたこと、また、次の世代、あるいは、お酒を飲まない人たちにも、日本酒以外の商品を発売することで「上善如水」のブランドが持つ世界観を伝えていきたいとの思いから。古くから「酒蔵で働く杜氏や蔵人の手はきれい」というのが語り続けられていたことに着目し、まずはハンドクリームとオールインワンジェルの商品化からスタート。翌年から方向性をスキンケア部門に定め、少しずつ商品を増やし、現在は約25アイテムを展開しています。
白瀧酒造が長年培ってきた酒造技術と、日本の化粧品製造の技術によって開発された商品は、「モイスチャーシリーズ」と「クリアスキンシリーズ」の2つのシリーズ。「モイスチャーシリーズ」は、保湿を重視したコンセプトのもと、米を発酵させた「コメ発酵液」などによって肌本来の「自活力」を引き出してくれる製品。「クリアスキンシリーズ」は、自社開発の「酒粕発酵エキス」によって、より高い保湿力が期待でき、つけた瞬間から潤いを感じられるシリーズ。
酒粕を乳酸菌で再発酵させて生まれる「酒粕発酵エキス」は、「モイスチャーシリーズ」よりも約4倍のアミノ酸を含み、これまでにない高い保湿力が期待できます。免税店や海外の店舗でも販売しており、外国人からも高い評価が。また、3年前からは男性向けの商品も発売しており、今後もさまざまなアイテムが登場する予定です。
すべての商品には、日本酒の仕込み水と同じ、蔵の敷地内から汲み上げられた清冽な地下水が使用されており、まさに、「上善如水」の名にふさわしいスキンケア商品。「これで満足はまだしていません。さらに品質を磨いて高めていきたいと思っています」と話すのは、化粧品事業部の立ち上げから担当してきた、海外・スキンケア営業部部長の江藤さん。大手の化粧品メーカーの商品に引けをとらない品質の高さで、リピーターが多い化粧品として評判です。
大手の化粧品メーカーの商品に引けをとらない品質の高さで、リピーターも多い。
若い世代や海外に向けた商品開発でさらなるステップを
首都圏を中心に、全国各地でたのしまれている白瀧酒造のお酒ですが、近年は海外への輸出にも力を入れており、現在約30ヵ国で販売されています。今後は世界の人々が日本酒を知るきっかけとなるようなブランドに育てていくのが目標とのことですが、日本国内においても、将来的な日本酒ファンの拡大を目指し、若年層や女性にとって魅力のある商品開発に尽力することも視野に入れて酒造りを行っていくそう。社内にはショールームを常設し、来場客が無料で試飲ができるほか、酒蔵見学も受け付けています。
数年前から毎年新卒の採用を行ってきたことで若手社員が増え、社内に新しい風が吹き始めていたなかで27歳の新杜氏の誕生。「会社は新しいことにチャレンジしていく社風なので、求められたことを形にできる技術と知識を持っていたい」と、力強く語った松本杜氏の頼もしい言葉に、未来に向かって新たなチームで歩き始めた白瀧酒造の今後に大きな期待が寄せられます。
JR湯沢駅から徒歩5分の立地を生かして、観光客やスキーヤーが気軽に立ち寄ってお酒を無料試飲できるショールームを設置。
白瀧酒造株式会社
新潟県南魚沼郡湯沢町大字湯沢2640番地
TEL 025-784-3443 (代表)
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ライタープロフィール
阿部ちあき
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター