<J-CRAFT SAKE蔵元探訪その①>島根県松江市・李白酒造 発祥の地から海外へ日本酒を届ける

<J-CRAFT SAKE蔵元探訪その①>島根県松江市・李白酒造 発祥の地から海外へ日本酒を届ける

4月23日に9銘柄を発表、順次飲食店でたのしめることになった “生酒(なまざけ)”ブランド『J-CRAFT SAKE』。日本全国に点在し、非加熱・無濾過という難易度の高い清酒造りに取り組む蔵元を訪ねる連載の初回は、日本酒発祥の地の一つとされる島根県にある『李白(りはく)酒造』です。

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明治15年創業。『石橋の名水』を活かした酒造りが始まる

製造蔵に展示されている貴重な写真。前列の右から4人目が2代目の田中芳信さん。

製造蔵に展示されている貴重な写真。前列の右から4人目が2代目の田中芳信さん。

お話をうかがったのは、1993年に5代目を継いだ田中裕一郎さん。

お話をうかがったのは、1993年に5代目を継いだ田中裕一郎さん。

八岐大蛇(やまたのおろち)伝説が残る島根県出雲地方に、李白酒造はあります。日本酒の原点の一つとされているのが、『日本書紀』に登場する須佐之男命(すさのおのみこと)が八岐大蛇を退治するために造らせたという八塩折之酒(やしおおりのさけ)。出雲が日本酒発祥の地と呼ばれる由縁です(※諸説あり)。

この逸話に加えて、おいしい酒造りに必要とされる米・水・杜氏の条件を、稲作が盛んで出雲杜氏を有する水の都・松江は難なくクリア。この地に最盛期で30社以上もの醸造会社が存在したのは、必然のことだったのでしょう。

李白酒造は、明治15(1882)年に松江城のほど近く、のどかな風景が広がる地で産声をあげました。創業者の田中竹次郎さんが、『石橋の名水』の井戸水を使った清酒造りを始めたのです。当時は個人経営の田中本店という名で、「草創期は近所の人たちが、徳利を持参し量り売りで買いにくるほどの小さな商いだったようです」と裕一郎さん。

島根の名水百選の一つ『石橋の大井戸』を含む4つの水源を活用。

島根の名水百選の一つ『石橋の大井戸』を含む4つの水源を活用。

潤沢に湧き出すのは、柔らかな酒を醸すのに適した軟水。

潤沢に湧き出すのは、柔らかな酒を醸すのに適した軟水。

命名は松江出身の、若槻礼次郎元内閣総理大臣

詩人・李白は酒を讃えた詩をたくさん書いたと伝えられています。

詩人・李白は酒を讃えた詩をたくさん書いたと伝えられています。

“李白”の名を授けたのは、内務大臣として普通選挙法と治安維持法を成立させ、その後2度の内閣総理大臣を務めた若槻礼次郎氏。この地元の名士は田中本店の日本酒を好み、漢詩をこよなく愛していたと言われています。

そこで「酒を愛し、讃えた詩で知られる中国唐代の詩人・酒仙李白のごとく」という思いから、1928年銘柄を『李白』と命名、自ら筆を揮(ふる)って贈られたそうです。のれんやラベルの李白の文字は、この揮毫(きごう)を写したもの。氏がロンドン軍縮会議に首席全権として臨まれた際にも李白の菰樽(こもだる)を持参、現地で日々愛飲していたというエピソードも残されています。

ちなみに田中本店は、1950年に法人化して田中酒造となりますが、1987年に李白酒造と社名を変更。「変更直後は、田中酒造と李白とが結びつかないお客様が多かったのですが、有名な詩人の名前であることも幸いして、認知度も上がっていきました」。

「酒文化を普及し正しく後世に継承する」

1968年竣工した製造蔵『酒仙蔵』は今も現役。

1968年竣工した製造蔵『酒仙蔵』は今も現役。

太平洋戦争の戦中・終戦直後の混迷を持ちこたえた田中酒造。国をあげての復興が進むにつれ、日本酒の消費量も増え続ける中で、ブランド力や営業戦略に長けた大手酒造メーカーが急成長していきます。しかし、製造量が追い付かず地方の蔵元から瓶詰めせず原酒のまま買い付ける“桶(おけ)買い”を行い、田中酒造もこの流れにのって“桶売り”によって生産量を伸ばしていったそうです。

こうした桶売りが全盛だった昭和50年代に、4代目の征二郎さん率いる田中酒造は大きな転機を迎えます。全国の地酒や吟醸酒を発信するオピニオンリーダーたちとの交流が増えていた征二郎さんは、手頃な価格での桶売りを求めてくる大手に断りを入れ、品質を重視した高級酒造りへとシフト。酒造りに適した米だけを使用し、味わいをとことん追求した清酒を、自社ブランドで販売するようになったのです。

兵庫県産の山田錦を用いた大吟醸が数々の賞に輝き、首都圏での李白の認知度がアップ、県外からの取引きも増えてきたタイミングで、社名を李白酒造に変更。同時に「酒文化を普及し正しく後世に継承する」という経営理念を掲げ、今もこの指針に沿って営みを続けています。

いち早く海外のマーケットに進出する

看板商品の『純米吟醸 超特撰』には、“WANDERING POET”の文字が。

看板商品の『純米吟醸 超特撰』には、“WANDERING POET”の文字が。

経営理念に沿って征二郎さんが目指したのは、海外へ日本酒文化を普及すること。1991年に取引のあった西武百貨店が、香港で初の海外出店。その際、日本酒を販売できる可能性があるのかをリサーチに出かけたことがきっかけで、香港輸出への道が開けたのだとか。「私にとって生まれて初めての海外家族旅行が香港。父にとっては市場調査のついでの家族サービスだったのでしょう」と懐かしい目の5代目・裕一郎さん。

征二郎さんは全国18の蔵元とともに『日本酒輸出協会』を設立、自身が代表理事を務めるなど、日本酒の海外における認知度アップに貢献されていました。やがてフランスのワインイベントに出展、アメリカにも進出。現在では、島根県にある蔵元の総輸出額の半分以上を占めて、ダントツのトップだそうです。

李白酒造を代表する銘柄の一つ『純米吟醸 超特撰』のラベルには、“WANDERING POET(放浪の詩人)”と印刷されていますが、これはアメリカ人に名前を覚えてもらうことと、レストランなどでオーダーしやすいようにと考案したニックネーム。他にも特別純米のにごり酒には“DREAMY CLOUDS(夢の雲)”といったように親しみやすい名前が付けられています。

「山田錦」を55%精米。伝統的手造りの技法でじっくりと低温発酵させた純米吟醸。まろやかな味わいとコクがあるのと同時に爽やかでキレの良さも。

「山田錦」を55%精米。伝統的手造りの技法でじっくりと低温発酵させた純米吟醸。まろやかな味わいとコクがあるのと同時に爽やかでキレの良さも。

ITと伝統的な製法を融合した酒造り

蓄積したデータに基づいて行う「洗米」。

蓄積したデータに基づいて行う「洗米」。

最新式の甑(こしき)で米を蒸しています。

最新式の甑(こしき)で米を蒸しています。

征二郎さんが66歳で他界された後、28歳の若さで当主となった長男の裕一郎さんに、差し迫った問題が。「季節雇用の職人さんたちが高齢になり、徐々に引退せざるを得なくなってきました。そうなると社員だけで酒造りをしないといけない。思い切った改革が必要となったのです」。

そこで酒造りのデータ化と品質向上につながる設備の導入を推進、経験と勘だけに頼る酒造りから脱却。しかし重要な工程では、原点に返り手作業に磨きをかけることを忘れなかったそうです。結果、革新と伝統が融合した新たな酒造りの手法を極めていくことになりました。

「例えば麹の緻密な温度管理とか、昔の職人さんがやりたくてもやれなかったことが、現在では容易にできますし、情報量も圧倒的にあります。今、酒造りに携わっている私たちは、昔の杜氏さんたちより優れた醸造ができて当たり前と肝に銘じ、仕事に向き合っています」。

製麹機の温度データを細かくチェック。

製麹機の温度データを細かくチェック。

『J-CRAFT SAKE 金色(こんじき)おろち』

怖いはずの八岐大蛇が、キュートに描かれたラベル。

怖いはずの八岐大蛇が、キュートに描かれたラベル。

李白酒造が満を持してJ-CRAFT SAKEにエントリーした銘柄『金色おろち』。ネーミングはもちろん、八岐大蛇にちなんでいます。原料米は島根県産の酒造好適米・五百万石を使用。精米歩合は58%の特別純米酒です。

58%という吟醸を名乗れる精米歩合だが、特別純米としているところに老舗蔵の奥ゆかしさが。

58%という吟醸を名乗れる精米歩合だが、特別純米としているところに老舗蔵の奥ゆかしさが。

取材時は上槽したばかり。「これからどのように熟成していくのかが、とてもたのしみですね」と裕一郎さん。さらに「私たちは味があり、旨味があってキレの良い酒、食事をおいしくさせる酒を目指しており、この酒も例外でありません」と続けます。試飲させていただくとバランスの良い酸味も感じられ、確かについつい進んでしまうという感想でした。

産まれたばかりの酒から、ふわりとバナナのような香りが立ち昇ります。

産まれたばかりの酒から、ふわりとバナナのような香りが立ち昇ります。

さて、『金色おろち』に合わせるとしたら、どんな料理がおすすめなのか?をうかがいました 「幅広い料理とたのしんでいただけると思いますが、温かな焼物がおすすめですね。塩の焼き鳥もいいですが、島根なので海産物。干物、少し値が張りますが、脂が乗ったのどぐろの干物は最高でしょう」。そう言えば、のどぐろを有名にしたのも、地元出身のテニスのスター選手・錦織圭さん。この地産地消の組み合わせは間違いなさそうです。

『金色おろち』
■特別純米 無濾過生原酒
■使用米/五百万石
■精米歩合/58%
■アルコール度数/17度

李白酒造の詳細はこちら

ライタープロフィール

とがみ淳志

(一社)日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート/SAKE DIPLOMA。温泉ソムリエ。温泉観光実践士。日本旅のペンクラブ会員。日本旅行記者クラブ会員。国内外を旅して回る自称「酒仙ライター」。

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