缶ビールがもっと飲みたくなる! 缶ビール誕生から現在までの歴史を紹介

缶ビールがもっと飲みたくなる! 缶ビール誕生から現在までの歴史を紹介
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ふだん何気なく親しんでいる缶ビール。そもそもどのようにして缶入りのビールが飲まれるようになったのでしょう? 今回は缶ビールの歴史をひも解いていきます。読み終わったあと、きっと缶ビールを飲みたくなりますよ。

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缶ビールの誕生でビールが国民的な飲み物に

缶ビールの誕生でビールが国民的な飲み物に

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高度経済成長期にビールで晩酌する習慣が広まる

【昭和初期のビール事情】

ビールが家庭で飲まれ始めたのは昭和初期のこと。ビアホールやカフェー、ダンスホール、ビリヤード場、喫茶店などで、ジョッキに入った生ビールをたのしんでいた人々が、家庭でも瓶ビールを飲むようになったのです。しかし、企業の課長クラスの月給が100円ほどの時代に、ビールの大瓶の価格は1本30〜40銭。当時はまだ、毎日気軽に晩酌できるような値段ではありませんでした。

【高度経済成長期に家庭でビールが一般化】

ビールで晩酌する習慣が大きく広まったのは高度経済成長期。約20年にわたり年平均10%前後の経済成長率が続いた時代です。平均賃金は男性が約7倍、女性が9倍に上昇し、家計にも余裕が生まれました。

人々の生活レベルが向上してビールが手軽に買えるようになったこと、1950年代後半以降に電気冷蔵庫が普及したこともあって、家で好きなときにビールを飲む人が増えていきました。「テレビでプロ野球などのスポーツ中継を観ながらビールで晩酌」。そんな風景が日常的に見られるようになっていったのです。

レジャーブームに乗って缶ビールが誕生

【レジャーブームとビールの関係】

1960年代に入り、ビールは空前の売れ行きを記録します。1962年には、酒類全体に対するビールの割合が50%を超えました。ビアホールも大盛況。女性のビール好きも増え、その当時「ビアホールの客の約半分は女性」と伝えた新聞もあります。

同時期にレジャーブームが到来。海や山、映画館、遊園地などのレジャースポットでもビールが飲まれるようになります。野球場では、売店で生ビールを飲んだり、売店や販売員から瓶ビールを買い、紙コップに注ぎながら、試合を観戦したりしていました。

【缶ビールの誕生秘話】

そんなレジャーブームに乗るように、缶ビールが誕生します。

缶ビール開発の最大の功労者は、朝日麦酒(現アサヒビール)の山本為三郎社長。戦後直後から缶ビールの開発に着手し、製缶会社や大学と協同で研究を進めていました。同社が日本初の缶ビールを発売したのは1958年。翌年1959年には日本麦酒(現サッポロビール)、1960年には麒麟麦酒(現キリンビール)からも缶ビールが登場します。

ただ、缶ビールは当初から好調だったわけではありません。当時は、缶切りで三角形の穴を2つ開けて飲む必要があり、材質も硬いスチール製でした。開けるのに手間がかかり、ビールがこぼれて衣服を濡らしてしまうこともあったようです。

そのため、缶ビールはあまり普及しませんでした。

缶ビール普及の立役者は、改良された容器と自動販売機

【缶ビールの容器を改良】

缶ビールが広まるきっかけとなったのは1965年。サッポロ、アサヒ、キリンの3社が缶切りのいらないプルトップ型の缶ビールを発売します。フタの部分がやわらかいアルミ製となり、以前より開けやすく改良されました(ただし、缶の胴体と底はスチール製でした)。

当時のプルトップは飲み口とツマミが垂直で、ツマミも持ちにくい形状だったようです。1967年には、飲み口とツマミが一直線で、ツマミがリング状になった缶ビールが発売されました。

改良はさらに進み、1971年に全体をアルミ製にした缶ビールがアサヒから発売されます。スチール製と比べて軽く、冷やしやすくて、空き缶の処理もかんたんというメリットがありました。

【自動販売機の設置が本格化】

さらに、1970年ごろから自動販売機の設置が本格化。1971年から1973年の第1次ピークには約4万8000台、1977年から1979年の第2次ピークには約7万5000台が出荷されたそうです。 いちど設置すれば一定の販売が見込めることから、自動販売機は街の風景の一部として定着していきました。そして、自動販売機は缶ビールの普及に拍車をかけ、ビールの消費量も高まっていきました。

このように、缶の改良と自動販売機の普及によって、ビールは日本の国民的な飲み物として成長したのです。

缶ビールの「容量」と「容器戦争」で多様なニーズに対応

缶ビールの「容量」と「容器戦争」で多様なニーズに対応

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容量違いの缶ビール、ロング缶・ミニ缶が好評を博す

1970年代に入り高度経済成長が安定期に入ると、人々の意識や生活様式に変化が見られるようになります。人々のニーズは個性化・多様化し、趣味や嗜好に合わせて消費する時代に入っていったのです。

缶ビールも人々の幅広いニーズに対応するため、「容量」に変化が起こります。

1958年に缶ビールが発売されて以来、350ミリリットル缶が1種類のみの時期が続きましたが、1972年にキリンが500ミリリットル入りのロング缶を発売。ほかのビールメーカーも追従していきます。

ロング缶は350ミリリットル缶より割安なこともあり人気を集めました。その後も1リットル缶、250ミリリットル缶、135ミリリットル缶と、バリエーションが増えていきます。

仕事帰りにお店や自動販売機で冷えた缶ビールを買って一日の疲れを癒やす。そんなライフスタイルが広まっていったのもこのころです。

各メーカーが容器のユニークさを競う「容器戦争」に突入

1980年代に入ると、プラスチック製の容器や、樽型、取っ手の付いたものなど、特徴的な容器のビールが次々と登場しました。

1982年には「容器戦争」と呼ばれる時代に突入。キリン「ビアシャトル」、アサヒ「生とっくり」、サッポロ「竹取物語」など、各メーカーは容器の奇抜さやかわいらしさを競い合うようになりました。

しかし、「容器戦争」は、目先を変えただけの改良だったせいか、市場の拡大にはつながりませんでした。1980年代の中頃には沈静化してしまいます。

その後、ビールは「中身」の時代に向かっていきます。

価値観の多様化で缶ビールがさらに変化

価値観の多様化で缶ビールがさらに変化

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「容器」から「中身」の勝負へ

「容器戦争」が沈静化したあと、1987年にアサヒビールからドライタイプのビール「スーパードライ」が発売され大ヒットを記録。その後、他社も追随して“ドライブーム”が起こります。

ブームが落ち着くと、各社は新製品の開発競争に突入。地域限定・季節限定、プレミアム、カロリーオフなど、「中身」の勝負を繰り広げます。1990年、一番絞りの麦汁だけを使った「キリン一番絞り〈生〉ビール」が発売されると、競争はより激化していきました。

ビールが多様化したことで、消費者の選択肢も増えました。ビールの味に合わせて料理を選ぶ「ペアリング」をたのしむなど、ビールにこだわりを持つ人も多くなっていきます。

缶ビールの販売チャネルも多様化の時代へ

1980年代後半からはお酒のディスカウントストア、1995年以降はスーパーマーケットやコンビニエンスストアで缶ビールが扱われていきます。

現在では、缶ビールはドラッグストア、ホームセンター、弁当・惣菜店、100円ショップ、ネットショップなどでも販売されていて、缶ビールの誕生以来、販売チャンネルも大きく様変わりしています。これは「好きなときに好きなビールを必要な分だけ買いたい」と考える消費者が増えたことも背景にあります。

また、1990年代の後半からは、円高などを背景に海外のビールの輸入も増加。世界各国の銘柄がお店に並ぶようになりました。

さらに1994年にはビールの最低製造数の基準が引き下げられ、小規模なメーカーもビール造りに参入。「地ビール」がブームとなり、個性的なビールが次々と登場します。アンテナショップで好みの地ビールを取り寄せるなど、ビールのたのしみがさらに広がりました。

本格ビールをたのしめる家飲みグッズも人気

缶ビールを自宅でよりおいしく飲むために、さまざまな製品が開発されています。

たとえば、サントリー「神泡サーバー2020」は、ビールの魅力のひとつである「泡」をより堪能できるグッズ。缶ビールに取り付けてグラスに注ぐと、超音波の振動が発生し、きめ細かい泡が作られます。

泡はビールの香りを引き立たせ、口当たりをよくします。また、泡がフタの役目を果たすことで、炭酸ガスが逃げるのを防ぎ、味の劣化を抑えます。

こうしたグッズを使えば、お店で飲むような本格的なビールを自宅でもたのしめるようになります。缶ビールの可能性をさらに広げたい人におすすめです。

製造元:サントリー 「神泡サーバー2020」
公式サイトはこちら

こうして見ると、缶ビールは人々のライフスタイルに合わせてさまざまな変化を遂げてきたことがわかります。近ごろ流行のオンライン飲み会などでも真価を発揮します。今晩はぜひ缶ビールで晩酌を。

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