室町時代に登場した日本のワインの歴史

室町時代に登場した日本のワインの歴史

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日本にワインが登場したのは室町時代後期

日本にワインがいつ登場したのかには諸説ありますが、その1つが室町時代後期です。この時期に書かれた「後法興院記」という書物に、「珍蛇(チンタ)」という酒が登場するのですが、この「珍蛇」は、ポルトガル語でワイナリーを意味する「Quinta(キンタ)」から由来し、スペインやポルトガルから伝わった赤ワインを指すと考えられています。しかし、当時のワインはシェリー酒と同じ類の酒精強化ワインで、かなり甘口だったそう。現在飲まれているワインとは、だいぶ違うものだったと思われます。

さて、この「珍蛇」ですが、当時かなり貴重だったため、まだ一般には知られていませんでした。そして、江戸時代に入って鎖国政策によりワインもご禁制の品となってしまい、いったん影を潜めます。その後ワインが再び歴史上に登場するのは、江戸時代の終わりのこと。日本に来航したペリーが将軍にワインを献上したことで、また日の目を浴びることになりました。

その後日本の開国の歴史とともに日本の近代化は進み、時は明治時代。文明開化とともに明治政府がワイン製造を奨励したことで、いっきに日本にワインが広まることになったのです。

日本のワイン発祥の地は山梨県

日本で最初に産業としてワイン造りが行われたのは1870年のことでした。

山梨県甲府市に住む山田宥教と詫間憲久が「ぶどう酒共同醸造所」というワイン醸造所を設立したのが始まりです。しかし、当時は製造技術が及ばず、数年で廃業に追い込まれてしまいました。その後1877年に高野正誠と土屋竜憲の2人が本場フランスでワイン醸造技術を2年間学び、帰国後、宮崎光太郎を加えて「大日本山梨葡萄酒会社」を設立。ワイン造りに尽力します。その後も様々な人々が情熱をもってワイン用のブドウ栽培とワイン造りにいそしみ、日本のワイン造りの基盤を築いていったのです。

このように日本でもワイン造りが広がっていきましたが、戦後に入っても本格的なワインはなかなか日本の食生活に受け入れられませんでした。ワインの酸味や渋みが日本人の口には合わなかったのです。このため、ワイン醸造会社は日本人の口に合うよう、砂糖や香料を加えた甘いワインを開発するようになっていきました。さらに宣伝として健康に良いことをうたい、寿屋(現サントリー)の赤玉ポートワイン(現赤玉スイートワイン)がヒット。こうして甘いワインが日本人の間に浸透するようになっていきます。当時の日本人にとっては、ワインは甘いものという認識が一般的だったのです。

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東京オリンピックをきっかけにワインブーム到来!

こうして日本人にも馴染み深くなったワインですが、さらに広がりを見せたのが1964年の東京オリンピックや1970年に開催された日本万国博覧会以降のことです。

急速に欧米文化が取り入れられることで、ワインの消費量も増えていきました。食生活が欧米化するに伴いワインの消費量は増加の一途をたどり、1975年にはワインの消費量が甘味果実酒を上回るまでになりました。

現在では本格的なフランスワインやイタリアワイン、チリワインなど世界各国のワインが一般家庭で普通に飲まれるようになり、またかつてはあまり評価が高くなかった日本ワインも、国際コンクールで入賞を果たすなど実力をつけてきています。こうして何度かのワインブームを経て徐々に浸透してきたワイン文化。これからもどんどん進化を続けていきそうですね。

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