黒千代香(くろぢょか)に魅せられて、鹿児島のつくり手たちに会いに行く(後編)

黒千代香(くろぢょか)に魅せられて、鹿児島のつくり手たちに会いに行く(後編)

黒千代香(くろぢょか)は、鹿児島で古くから愛され、飲まれ続けてきた焼酎をたのしむための酒器です。その美しさに魅かれて、この酒器の製作に力を注ぐ4つの窯元を訪ねました。そのうちの2つの窯元を紹介した前編に続き、後編では、残る2つの窯元を紹介します。

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ある日、「荒木陶窯」の工房に入った秀樹さんは、幹二郎氏から「10kgの壺を、10個、夕方までに仕上げておいてくれ」という指示を出されたそうです。「どうやってつくればいいんだ?」と秀樹さんが問いただすと、幹二郎氏は「ゆうてなかったねえ、こうやればいい」と言って、秀樹さんの目の前でろくろで挽いてみせ、すぐに出かけてしまいました。秀樹さんは、残された幹二郎氏が挽いた壺の幅や深さを測りながら、見本通りになるように試行錯誤を繰り返し、夕方までに7個、翌日には残りの壺を仕上げたそうです。

その後も「菓子鉢を300個つくれ」「この高さの花瓶をつくれ」と難易度の高い指示が続き、それに必死で応える日々が続きました。

「考えてみれば、父は現場で技を盗んで覚えた人ですから、人に上手に教えることはできません。そして私は、人に教えられるのが大嫌いでしたから、そんなやり方がちょうどよかった。一つひとつハードルを越えることで自信が生まれ、それを積み重ねていくと、ものづくりのたのしさを実感できるようになりました。父は『俺はいまここにいる』ということを自分で挽いた作品で示し、『お前のやり方でここまで来い』と伝えたかったんだと思います」と秀樹さん。

ろくろを通して交わされた親子の対話によって、苗代川焼の伝統が受け継がれてきたということですね。

「小さい頃、親父と遊んだ記憶はほとんどありませんが、いま、一緒に仕事をしながら、親父に遊んでもらっているのかもしれません(笑)」という荒木秀樹さんの言葉がとても印象的。苦労したことも明るく笑顔で話してくれました。

「小さい頃、親父と遊んだ記憶はほとんどありませんが、いま、一緒に仕事をしながら、親父に遊んでもらっているのかもしれません(笑)」という荒木秀樹さんの言葉がとても印象的。苦労したことも明るく笑顔で話してくれました。

荒木幹二郎氏がそうしたように、秀樹さんも苗代川焼の白薩摩、黒薩摩によって日本工芸会の正会員として認定されることを目標にしてきました。そうでなければ、自分が鹿児島に帰って来た意味がないと考えていたからです。苗代川焼の伝統技法にこだわりながら、彫刻を学んで培った技術と感性を生かして、芸術性の高い作品づくりにも積極的に取り組んできました。そして、日本伝統工芸展に4回の入選を果たし、当初の目標を達成した頃から、幹二郎氏も秀樹さんの努力とその成果を認めてくれるようになったそうです。

2018年5月には、前述の西郷隆文さんが20年にわたって務めてきた「鹿児島県薩摩焼協同組合」の理事長に就任し、薩摩焼の振興と発展に努める立場となりました。組合員相互の信頼と連携を基礎に「薩摩焼ブランド」の確立と新たな伝統を創り出すという荒木秀樹さんの新たな挑戦が、始まったのです。

月を眺めながら、薩摩の焼酎を黒千代香で味わう

荒木陶窯の黒茶家(黒千代香)は、そのかたちが繊細で美しいばかりではなく、焼酎を温めてたのしむために、火に強い粘土を選んでつくられています。

荒木陶窯の黒茶家(黒千代香)は、そのかたちが繊細で美しいばかりではなく、焼酎を温めてたのしむために、火に強い粘土を選んでつくられています。

「茶家(ちょか)」とは、薩摩地方独特の呼び名で、土瓶や急須のこと。そして、焼酎をたのしむことに特化した茶家を、「黒茶家(黒千代香)」と呼んでいました。苗代川はもともと火に強い陶器の産地で、なかでも火に強い粘土を選んで荒木陶窯の黒茶家(黒千代香)はつくられています。

荒木秀樹さんのおすすめは、一晩以上前割りにした焼酎を、黒茶家(黒千代香)に7〜8分目くらい注ぎ入れ、弱火にかけて2〜3分温めるというたしなみ方。自身も仕事が終わると、七輪に火をおこし、ガランツ(イワシ類の天日干し)を炙りながら、その横で前割りにした焼酎を黒茶家(黒千代香)で温めていただいているそうです。

「つくり手から言わせると、この黒茶家(黒千代香)づくりは、けっして簡単なものではないんです」と秀樹さん。陶芸のさまざまな技術、要素が、黒茶家(黒千代香)づくりには必要で、あのそろばん玉のかたちをろくろで挽き上げるにも、熟練の技が必要とのこと。そうした技によって生まれる黒茶家(黒千代香)のデザインは、とても繊細で美しく、存在感があります。

「ショットバーを経営されている方が、黒茶家(黒千代香)を購入してくださったので、その店を訪ねてみたところ、カウンターから見える黒茶家(黒千代香)の佇まいがショットバーの雰囲気を引き立てていることに気づき、うれしくなりました」と秀樹さん。

「月を眺めながら、庭先でいただく人肌の焼酎は、格別ですよ。それに炙ったガランツがあれば、言うことはありません。虫の音を聞きながらのひとり酒。時にはギターを奏で、若い頃によく聞いたフォークソングを口ずさむこともあります。一日を締めくくる、至福のひと時ですね」。

ガランツを超える肴はありませんか?と聞くと「僕の友だちに甑島に実家がある人がいて、その家のおばあちゃんがつくってくる「いかの一夜干し」は最高でしたね。ちょっと炙って、割いていただく。と、もうたまりません」。
さて、秀樹さんの今夜の肴は、ガランツでしょうか? それともいかの一夜干しでしょうか。

荒木陶窯
〒899-2431
鹿児島県日置市東市来町美山1571
TEL:099-274-2733

今回、鹿児島でお会いした4人の陶芸家のみなさんは、それぞれに作風は異なるものの、薩摩焼を愛し、さらに発展させていこうという強い意志を持って、作品づくりに取り組まれていました。そして、4人に共通していたのは「黒千代香」という酒器について思い入れが深く、その魅力を熱心に語っていただきました。

読者のみなさんも、この機会に黒千代香を手に入れて、焼酎を前割りにして、たのしんでみてください。

黒千代香(くろぢょか)に魅せられて、鹿児島のつくり手たちに会いに行く(前編)

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