黒千代香(くろぢょか)に魅せられて、鹿児島のつくり手たちに会いに行く(前編)

黒千代香(くろぢょか)に魅せられて、鹿児島のつくり手たちに会いに行く(前編)

黒千代香(くろぢょか)は、鹿児島で古くから愛され、飲まれ続けてきた焼酎をたのしむための酒器です。黒千代香の酒器としての美しさに魅かれて、この酒器の製作に力を注ぐ陶芸家のもとを訪ねました。そして、黒千代香づくりのこだわりや技法、本場ならではの焼酎のたのしみ方について話を聞いてきました。

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2007年に改修された龍門司焼の工房。全国でも珍しくなった土間の工房を残しています。

2007年に改修された龍門司焼の工房。全国でも珍しくなった土間の工房を残しています。

桜島を南に臨む小高い丘の中腹(姶良市加治木町)に、龍門司焼企業組合が運営する工房はありました。龍門司焼は、16世紀末に、朝鮮半島より渡ってきた陶工たちによって始められた古帖佐焼の流れをくむ窯であり、1688年の開窯以来、330年余りの歴史と伝統技法を守り続けています。

かつては個人の陶工たちが、共同窯を使った焼き物づくりを行ってきましたが、昭和23年に龍門司焼企業組合を組織し、陶工たちは組合員として協働することになったようです。現在、この企業組合の理事長を務める川原史郎さんに、話を聞くことができました。

加治木の地に生まれ、幼い頃から土に親しみ、登り窯から立ち上がる煙や焼きあがったばかりの焼き物を間近に見て育った史郎さんは、中学生になった頃には、龍門司焼を継承しなければならないと考えるようになったと言います。21歳の時に、三重県伊勢市の「神楽の窯」に出向き、奥田康博氏に師事。全国から集まった弟子たちと互いに切磋琢磨しながら、3年3ヵ月に及ぶ厳しい修行生活を経験しました。

「奥田師匠は、非常の高い技術をお持ちの方で、日常生活を含め多岐にわたって厳しく指導していただきました。成形の技術や釉薬の調合等については師匠から学びますが、それ以外の、たとえば焼き物に対する気持ちの持ち方などは、弟子同士で熱心に語り合ったものです。同世代の陶工をめざすライバルたちの存在に、大いに刺激を受けたことを覚えています」

龍門司焼の伝統技法を、一つひとつ受け継いでいく

敷地内の登り窯。温度管理が難しく手間もかかりますが、龍門司焼独特の風合いは登り窯で焼成しなければ出せないと、今も先人たちが築いた窯を守り続けています。

敷地内の登り窯。温度管理が難しく手間もかかりますが、龍門司焼独特の風合いは登り窯で焼成しなければ出せないと、今も先人たちが築いた窯を守り続けています。

龍門司焼のこだわりの一つが、粘土や釉薬の原料を、工房から半径3km以内から採取しているということ。それらを自分たちの手で集め、工房にて精製、調合しています。330年前に窯を開いた頃と同じ場所から採取し続け、現在でも原料の枯渇がないために、伝統技法に基づく、素朴で力強い風合いの器を提供できるのです。

そもそもは、龍門司焼に用いる土の収縮率が25%と極めて高いために、小物の製作が中心でした。その中で龍門司焼ならではの特色を出すために、三島象嵌、イッチン文様、飛び鉋の技法を採用したり、多彩な釉薬を使った表現したりすることで、競争力の高い製品を生み出す努力がなされてきたのです。黒釉に青流し・玉流し、白流し、鮮やかな三彩、蛇蝎釉、龍門司焼でしか見ることができない鮫肌釉などは、陶工たちが長い歴史の中で研鑽を重ね、生み出してきたものです。

黒千代香の製作にさまざまな技法を採り入れることで、多彩な表現を可能としています。

黒千代香の製作にさまざまな技法を採り入れることで、多彩な表現を可能としています。

龍門司焼企業組合に戻り、理事長となってからの川原史郎さんが担ってきた重要な役割は、これら龍門司焼ならではの伝統技法に光をあて、身をもって経験しながら身につけていくことでした。もちろん、これらの技法を受け渡す後継者を育成することにも力を注いでいます。

「二人の息子たちが組合に入り、汗を流してくれているのを頼もしく感じています。一方で、330年の伝統を彼らに伝え、さらに未来へとつないでいくという責任を果たせるのかと自問自答しながら、その重圧に押しつぶされないように抵抗を続けているわけです」。

御年70歳を目前にしても、川原さんの伝統技法への挑戦は続いていきます。

陶工にとっての黒千代香とは?薩摩の焼酎とは?

土の塊が、繊細な黒千代香のかたちに整えられていく。わずか数分の出来事に目を見張るばかりでした。

土の塊が、繊細な黒千代香のかたちに整えられていく。わずか数分の出来事に目を見張るばかりでした。

「黒千代香は、庶民の暮らしに寄り添う『黒薩摩』を代表する酒器の一つ。けっして高級なものじゃなく、昔はひと窯で200、300と焼いていました。それらを鹿児島の地元の人たちがそれぞれの家庭で使うために、買っていかれた。今では、県外の方が買われることのほうが多いですけどね」。

家庭には一つあるのが普通だった黒千代香ですが、技術的には、それほど簡単につくれる器ではないようです。ソロバン状の微妙な形状を、ろくろで挽いてバランスよく美しく仕上げるためには、熟練を要します。また、蓋や耳、口や足など、後からつける部分も多く、一つの仕事の中でさまざまな要素を理解し、身につける必要があります。陶工を鍛える器なのです。

「鹿児島の人たちにとって、焼酎はどんな位置付けのお酒なのか」尋ねてみたところ、「誰もが慣れ親しんだ、欠かすことができないもの」という答えが。「夕方に、知り合いの家を訪ねると、お茶ではなくて焼酎が出てくることもあった」と、川原さんは昔を懐かしむように話してくれました。それほどに、人々の生活に深く根付いていた焼酎をおいしく味わっていただくために生まれた酒器が黒千代香であり、その製作に携わることは、鹿児島文化の継承者の一人として、誇り高いことだと語ってくださいました。

「いろんなノミカタ(宴会)に呼ばれる機会がありますが、私の場合、出されたものを出されるままに味わうことにしています。その土地の自慢の焼酎、試してほしいと思う焼酎が出てくるわけですから、それらを存分に堪能しようというわけです。料理も、焼酎をおいしくいただくために考えられた味付けが多いので、何を食べても合いますね。なかでも一番の好物は、さつま揚げです」。

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