たのしいお酒.jp

我らお酒にひと言あり 六酒仙、かく語りき

吉田類の居酒屋 各駅停車の旅

Vol.9 『葉牡丹』

いい酒場は実のところ、どこの街にもあるものだ。
今夜、飲みたいお店が見つかっていないのだとしたら、
それはあなたが、いい酒場の見つけ方を知らないだけかも。
日本中の酒場を渡り歩いてきた吉田類さんが、
各駅停車で旅するように街々の名店を訪れ、飲み、食い、語らいながら、
街へ、店への愛を語ります。

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「ようやくこの時が来たか!」というのが率直な思いだ。
東京から始まり、名古屋、大阪と酒場を紹介して、第9回目に満を持して紹介する高知。そう、僕の故郷でもある。ありがたいことに高知県の観光特使も任せられ、仕事で帰って来ることも多いのだが、この地に降り立つ度にこみ上げてくる思いは、いつだって特別なものだ。
そんな故郷から酒場を紹介するならどこにすべきか? その候補は枚挙に暇がない。酒場だけでなく、何なら酒処・土佐の酒蔵もひとつずつ紹介したいぐらいだ。が、残念ながらそんな時間は取れず、高知からは厳選2店を、2回に分けて紹介することにする。まずは「葉牡丹」にご案内しよう。

と、その前に高知の街を少し歩いてはどうだろう(酒を飲むだけではない、これも観光特使の立派な務めなのである!)
 まずは高知駅から路面電車で5分ほど揺られ、目指すは「はりまや橋」。「日本三大がっかり観光地」などといって揶揄される事もあるが、そんなことはない。何だかんだいって高知の観光スポットといって真っ先に思い浮かぶのは、やはりここである。

江戸時代に、川を挟んで商売をしていた「播磨屋」と「櫃(ひつ)屋」が、往来しやすいように私設の橋をかけたことがその由来とされ、江戸時代から何度か架け替え工事が行われた結果、現在の橋は4代目にあたる。周辺ははりまや橋公園としても整備され、その地下広場には“3代目はりまや橋”の欄干も展示されているのだとか。一軒目の「葉牡丹」へも、ここから歩いて5分ほど。ちょっとした観光にはぴったりなのだ。

ところで、店へ向かうはいいが、時間はまだ午前11時を過ぎたあたり。お天道様も天辺まで昇りきっていないこんな時間に、さて酒場がやっているのか? 答えは、店に入って確かめてほしい。そう、この時間からでもカウンターで酒を楽しむ飲んべえたちが!

これぞ、「葉牡丹」の、いや、土佐の呑兵衛の日常。土佐の酒飲みを“いごっそう”と呼ぶが、そんな猛者たちが昼夜関係なく酒を飲んでいるのである。それはこの店に限った話でも、今に始まったことでもない。実は、日本初の日記文学として知られる紀貫之の『土佐日記』からもその情景を見て取れる。
たとえば、「上中下、酔ひ飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにて、あざれ合へり」という一文。これは「身分に関係なく酔っぱらって、海のほとりで、ふざけ合っていた」という意味だ。「あざる」を漢字にすれば「戯る」で、ふざけること。また、「鯘る」とも書き、「腐る」という意味もある。要は「(塩のきいた水で腐るはずのない)海のそばで、腐るように酔っぱらっていた」というニュアンスなのだろう。紀貫之らしくユーモアのきいた表現である。それだけではない。「ありとある上下、童まで酔ひ痴れて、一文字をだに知らぬ者、しが足は十文字に踏みてぞ遊ぶ」という一文も、「身分の高い人も低い人も、さらに子供まで酔っぱらって『一』の漢字も書けないものでも、足を『十』の字を書くようにステップを踏んで遊んでいる」という意味。(現代では子供が酔っぱらうなんてありえないことですけどね。)酒盛りの文化は、平安時代から脈々と受け継がれてきた、土佐のDNAなのである。

話を店に戻そう。「葉牡丹」とは一体どんな店かといえば、実につかみ所のない酒場かもしれない。繁華街からはやや外れた街道沿いにあり、営業は午前11時から始まり、夜23時までフル稼働。1階は入り口近くにカウンター席、その奥と2階にもテーブル席があり、大衆酒場ながらザッと100名以上が入れるキャパシティを誇る。さらに、メニューを覗けば、大衆酒場の定番メニューから、土佐の珍味になぜか串揚げやどて焼き、オムライスまで揃っている。無論、それらのひとつひとつには理由がある。昭和27年創業というこの店の歴史を紐解くと少しずつ分かる。

聞けば、このあたりはかつて料亭街だったそうだ。当時は「葉牡丹」の隣で「万葉」という洋食屋も営んでおり、現在の大きな店舗はそれを繋げたものだという。メニューに洋食があるのも、その頃の名残というわけだ。営業時間が早いのは、高知港近くにある動物園の場所に旧・高知競馬場があったため。かつては近所に競馬場行きのバス発着所があり、レース前に一杯ひっかけていく客で店は賑わったのだそう。
「それも60年ほど前の話じゃ。店から見える景色で昔から変わらないのは、うちとカメラ屋ぐらい。すぐそこの銀行は映画館やったしね」
 そう言って、グハハッと笑い、相好を崩すのはマスターの吉本豊さん。忘れてはならない、この方もこの店には欠かせない名物。失敬!

「先代が大阪の屋台で学んで、高知へ持ち帰ったんよ」といって、マスターは串フライ盛合せを差し出してくれる。アツアツを頬張れば、衣はサクッと、特製ソースがよく染みて旨い。しかも、海老、キス、イカなどの5本で287円という破格値だ。先代はその味だけでなく、庶民的な価格までこの店へ持ち帰ったのだろう。

その後も、牛すじを白味噌で仕立てたどて焼き、チャンバラ貝といった珍味、鰹のタタキなどを堪能する。どれも百戦錬磨の飲んべえを納得させる肴である。酒はビールやサワーなどもあるが、やはり司牡丹、土佐鶴、桂月といった地酒に限る。燗と冷やを交えて楽しめば、心にも染み入るように旨い!

故郷のいごっそうに囲まれ、地元の酒を楽しむ時間。時計はまだ13時前。さあ、土佐のDNAが「もっと飲め」と訴えかけている。では、次の一軒へ。

今月、訪ねた店
葉牡丹
高知県高知市堺町2-21
088-872-1330
11時~23時
無休
高知周辺で、もう一軒。
松ちゃん

中央公園から北側に延びるグリーンロードは、夜になると露店が出現する高知最大の屋台街。その中でも夜毎賑わうのがこちら。名物は、多い日で1日300人前以上を焼き上げるギョウザ。パリッとした薄皮の中に豚肉と野菜の旨みが溢れる逸品。〆のラーメンも人気。

髙知県高知市廿代町6-27
電話は非掲載
20時~27時
日曜
珍々亭

一見、中華料理店と見紛う店構えは、初代が戦時中に満州で覚えた味を再現して始めた店だから。しかし、暖簾を潜ればそこは歴とした大衆酒場。カウンターには大皿料理が並び、気の利いた手作り料理がメニューに並ぶ。酢豚や八宝菜といった中華料理も酒の肴にぴったりだ。

高知県高知市本町1-4-10
088-873-2321
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吉田類

よしだ・るい 高知県生まれの酒場詩人。酒場や旅をテーマに執筆活動を行うほか、イラストレーター&エッセイストとしても活躍。BS-TBS『吉田類の酒場放浪記』ほか、TVでも活躍。主な著書に『酒場歳時記』(NHK出版)、『東京立ち飲み案内』(メディア総合研究所)などがある。俳句愛好会『舟』を主宰。