たのしいお酒.jp

我らお酒にひと言あり 六酒仙、かく語りき

吉田類の居酒屋 各駅停車の旅

Vol.7 名古屋『大甚(だいじん)本店』

いい酒場は実のところ、どこの街にもあるものだ。
今夜、飲みたいお店が見つかっていないのだとしたら、
それはあなたが、いい酒場の見つけ方を知らないだけかも。
日本中の酒場を渡り歩いてきた吉田類さんが、
各駅停車で旅するように街々の名店を訪れ、飲み、食い、語らいながら、
街へ、店への愛を語ります。

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「吉田類の居酒屋各駅停車の旅」第7回は、東京から新幹線で約1時間40分かけて名古屋にやって来た。
今回、名古屋を選んだ理由とは何か? それは日本でも指折りの大衆酒場を紹介するためである。名古屋の至宝「大甚本店」。創業明治40年という超がつく老舗であり、ファンの間では“日本一の居酒屋”“日本三大酒場の一角”などと称される、言わずと知れた名店だ。

さて、この店の魅力をどこから説明するとしよう。酒飲みを惹きつける理由は枚挙にいとまがないが、ひとつずつ順を追って紐解いていくことにする。

まず、その場所だが「大甚本店」は名古屋駅から地下鉄東山線にのってひとつ目、伏見駅のほど近くにある。といっても、店があるのは、飲み屋街でも飲ん兵衛横丁でもなく、オフィス街のまさにど真ん中。近代的な建物が建ち並ぶビルの狭間に、ひっそりと暖簾を掲げている。建物は戦後間もない昭和29年に建てられたものなのだそう。現在の街並みとこの店が生み出す妙なギャップは、大いに酒飲みの心をくすぐるのである。

そして、いざ暖簾を潜れば、その建物の歴史的色合いはより濃いものとなる。入り口近くには、煉瓦造りの竈(かまど)、その脇には広島の銘酒「賀茂鶴」の四斗樽が鎮座。店内は石張りの床に、使い込まれた木のテーブルが程よい間隔でレイアウトされ、奥へと続いている。自分の中で「いい酒場」の条件のひとつとして、視覚的な癒しをもたらしてくれることを挙げることがあるが、ここはまさにそれにあたる店といえるだろう。長年使い込まれ、しかし、それが汚いのではなく清潔に保たれていて、店全体がセピア色に映ってみえる。そういう店に出会って、ハズレだったことは一度もない。

 僕はいつも店の真ん中あたりの壁際の席に座らせてもらう(もちろん、席が空いていたらだが…)。ここが僕にとっての特等席となっている。

そして、ここからが本番だ。席に着いたら、何はともあれ酒の注文となるが、ここではあれこれ頭を悩ませる必要はない。壁にかかる品書きに並ぶのは、四斗樽から注がれる「賀茂鶴」と「菊正宗」、それに「生ビール」と「瓶ビール」のみである。もちろん、一杯目は「賀茂鶴」からだろう。入り口であれほど存在感を放たれては、頼まないわけにはいかない。さらにいえば、燗で頼むのが正解だ。燗づけ番の女将が竈にかけた湯煎器で温める酒は、香りと旨みがじんわりと花開き、五臓六腑に染み渡る奥深き味わいが堪らない。現在はガス火を使うが、昔はレンガの竈に亜炭(あたん)をくべて湯煎していたというから、あぁどれほど風情があったことだろうか。そんなことを思い浮かべながら飲む酒がこれまた旨いのである。

と、普通ならここら辺で肴の注文といきたいところだろう。が、「大甚本店」ではさにあらず。ここでは料理はセルフデリバリースタイルになっており、店の中央の台に並んだ小皿料理から好きな物を見繕って、自らの席へ運ばなくてはならない。並ぶ料理は毎日35種前後。そのほとんどが手作りの品であり、毎朝店主自ら柳橋中央市場に足を運び仕入れた食材で仕込むという。鰻の山椒煮、ポテトサラダ、サバ酢、ぬた、かしわのうま煮、焼きアナゴ、白和え……。もう、見ているだけで喉が鳴る。

それもそのはずだ。ご主人曰く「基本的には自分の食べたいもの、日本酒に合うものを作っている」のだそうだ、これも日本酒とビールしか置かない店だからできるメニュー構成なのだろう。
 ところで、このセルフデリバリーのスタイルだが、ご主人によると今から50年以上前に始めたそう。
「ヒントは学食。自分もそうだけど、酒飲みはせっかちな人が多いでしょう? 酒を飲む時に、目の前に好みの肴があると落ち着くんだよ。このスタイルだと好きなものを好きなだけ取れる。注文して出てきたら、量が多すぎた、少なすぎたということもないしね」

酒の心を擽(くすぐ)るだけがその理由ではない。実に合理的であり、店側にも客にもメリットは大きいのだ。いちいち面倒と思う酒飲みもいるかもしれないが、実際に体感してみるといい。ズラリと惣菜が並んだ壮観な景色を目の前に、胸が躍らぬ酒飲みがいるだろうか。

カウンター席はなくテーブル席のみゆえ、相席は当然の店。客の各々が自らの好きな肴を席へと運び、「賀茂鶴」で一献。知った顔も知らぬ顔も関係なく肩を並べて幸せのひとときを噛み締めている。
いぶし銀の空間、四斗樽から注がれる燗酒、酒と相性抜群の肴、店を愛して止まない客、それらを紡いできた歴史……。
僕がいつも店内中央の席に座らせてもらうのは、なぜか。この席からはそんな「大甚本店」の魅力を一番色濃く感じることができるからである。そして、思うのだ。ここは日本が誇る、大衆酒場遺産だと。

今月、訪ねたお酒が楽しめる店
大甚本店
愛知県名古屋市中区栄1-5-6
052-231-1909
16時~21時、土曜16時~20時
日曜・祝日定休
名古屋周辺で、もう一軒。
のんき屋

名物は軒下に出来る立ち飲みの人垣。否、その人々が求める串カツとおでんだろう。目の前で揚げられた串カツは八丁味噌仕立てのおでん鍋へ潜らせて味わうのが、この店の楽しみ方。焼き台の目の前に並ぶどて焼きや串カツは、自分で勝手に取るのがのんき屋流だ。

愛知県名古屋市西区名駅2-18-6
052-565-0207
17時~20時30分LO
土曜16時30分~19時30分
(売り切れの場合は閉店が早まります)
※食材がなくなり次第閉店
日曜・祝日定休
初鳥

1964年創業の老舗焼き鳥店。カウンターではこの道45年以上になる店主の手練れの技を目の前に、極上の焼き鳥を味わえる。紀州備長炭で焼き上げるのは名古屋コーチンねぎま、きも、しんぞう、すなぎも、手羽先など。冬にはすずめや鴨などの珍品が登場することも。

愛知県名古屋市中区大須3-7-23
052-241-2442
17時~22時
日曜・祝日定休
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吉田類

よしだ・るい 高知県生まれの酒場詩人。酒場や旅をテーマに執筆活動を行うほか、イラストレーター&エッセイストとしても活躍。BS-TBS『吉田類の酒場放浪記』ほか、TVでも活躍。主な著書に『酒場歳時記』(NHK出版)、『東京立ち飲み案内』(メディア総合研究所)などがある。俳句愛好会『舟』を主宰。