たのしいお酒.jp

我らお酒にひと言あり 六酒仙、かく語りき

吉田類の居酒屋 各駅停車の旅

Vol.5 蒲田『鳥万本店』

いい酒場は実のところ、どこの街にもあるものだ。
今夜、飲みたいお店が見つかっていないのだとしたら、
それはあなたが、いい酒場の見つけ方を知らないだけかも。
日本中の酒場を渡り歩いてきた吉田類さんが、
各駅停車で旅するように街々の名店を訪れ、飲み、食い、語らいながら、
街へ、店への愛を語ります。

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「居酒屋各駅停車の旅」の第5回目はJRの1路線、京急の2路線、東急の2路線の5つの路線が乗り入れる蒲田からお届けしたい。蒲田は駅東口に区役所など行政の機関が集中する大田区の中枢であり、周辺には歓楽街がある一方で、小さな町工場も残るなど、下町的要素が強い土地でもある。

 都心からはやや外れた場所にあり、交通の要衝であることなど、実は僕の中ではある街とダブってみえることがある。それが墨田区の主要駅である錦糸町だ。戦後間もない時分、高度成長期の昭和、そして再開発で生まれ変わろうとする現在と、新旧が一緒くたになった混沌ともいうべきか。街の位置づけもそうだが、何よりそこから生み出される匂いや活気がリンクし、双方を結びつけるのだ。東の錦糸町、南の蒲田。もし、蒲田を知らない人がいれば、両者を対比させてみると、少しイメージを膨らませていただくことができると思う。

そんなことから紐解いても、錦糸町と同様に、蒲田にも多くの大衆酒場が根付くだけの条件が揃っている。ただ、今回お届けする「鳥万本店」は、「ザ・大衆酒場」とは少し毛色が異なるかもしれない。それは、大衆酒場ではあるけれど、家族や夫婦二人三脚で商う小ぢんまりとした店とは一線を画す大型店だからである。もちろん、蒲田にも知っている小さな酒場もあるにはあったが、どれもあまりにもディープ過ぎた。

 かつて花街として栄えた東口の京急蒲田柳通りの一帯に点在する場末感漂う酒場も、西口のすずらん通りに軒を連ねるコアな飲み屋も、まさかここで取り上げるわけにはいくまい。

「鳥万本店」は、JR蒲田駅西口の目と鼻の先にある。目印はロータリーから路地を入った所にある5階建ての建物。居酒屋では珍しい自社ビルだ(自社ビルの酒場といってパッと思いつくのは、吉祥寺「いせや総本店」、渋谷「富士屋本店」ぐらいだろうか…)。4階までが客席となった造りで、1階と2階はカウンター席とテーブル席が中心、3階以上は座敷のみというフロア構成。総客席数は140席以上というから、そこらへんのチェーンの居酒屋でも、なかなかお目にかかれないキャパシティである。

それでいてしっかりとカウンター席も用意するあたりが、実に大衆酒場らしいのである。チェーン店を除けば数少ない大型大衆酒場だが、小さな店にはない「鳥万本店」の大きな魅力がこの店にはある。それが、一見だろうと誰でも気負うことなく暖簾を潜れる気軽さだろう。

ディープな横丁の、「そんなこと教えてもらわなきゃ分からないよ!」というような独自のルールがある店とは違うし、週に何回も足を運ぶ、地元の常連だけの濃密な人間関係が築かれた店でもない。かといって、これが大型のチェーン居酒屋になると、ひとりは入りづらい! 創業から何十年とこの場所にあり、地元客に愛されてきた酒場ながら、ある種の閉鎖的な空気を感じさせず、酒場慣れしていない人間もちゃんと優しく出迎えてくれる懐の深さがあるのだ。

そういった意味で、この店のメニューも一見にとってきっと嬉しいはずだ。壁一面に貼られたメニュー短冊の数をご覧あれ!

あまりにも多いので数えるのを途中で断念したが、一段に50近くの短冊が連なり、それが三段になって並んでいるのだ。さらに、これら以外に季節のオススメなども用意されるというから、食べ物だけでも軽く150種以上はあるだろう。刺身をはじめ、焼き物、煮物、揚げ物、サラダ、〆の飯物など、とにかく酒場の定番という定番の、あらかたの肴が揃っている。これなら、誰が来ようと食べたい一品を見つけることができる。とりあえずポテサラあたりを頼んでビールとともにやりながらゆっくりと次なる一手を考えるか、「鳥万」というくらいだから手始めに焼き鳥あたりを攻めるか。この季節なら、生しらすさしも旨いだろう。そうして注文に頭を悩ませるのも、豊富なメニューが揃うからこその、嬉しい悲鳴といえる。

 そんな店の名物とは何か? やはり、「鳥万」と名乗るのだから鳥料理だ。とくれば、入口近くの焼台から芳しい香りを漂わせる焼き鳥と言いたいところだが、この店では「唐揚げ」をぜひ頼んでほしい。実は、蒲田は餃子の激戦区、とんかつ店の密集地帯などと呼ばれているが、個人的には唐揚げの旨い店も数多くあると密かに思っている。ロケ弁で有名な鳥専門の老舗弁当店や鶏の素揚げで有名な酒場などがあるほか、いくつか個性的な唐揚げを出す店があるのを耳にした記憶もある。そんな街の大衆酒場で名物を張るのだから旨いのは約束されたようなものだ。

シンプルに、平皿にドンと盛られて提供される唐揚げは、手羽付きで揚げられた胸肉の半身。頬張れば、これがありきたりな表現になってしまうが、外はカリッと中はふっくらとジューシーな食感。若鶏を使っているため肉質も実に柔らかい。味付けは仄かに醤油とニンニクがきいており、ボリュームもしっかりとあるにも拘わらず、胃にもたれることもない。ビールだろうと、サワーだろうと、ホッピーだろうと、日本酒だろうと何だって合わせられる。

さて、唐揚げの次は何を注文すべきか? それは、もう人それぞれのお好みでオーダーするのが一番。僕にしろ、150種以上あるだろう料理のすべてを頼んだワケではない。もし、追加注文した料理が口に合わなかったとしても、財布にはすこぶる優しい価格もこの店の身上だ。次の機会にまた、唐揚げとともにお気に入りの一品を探せばいい。それこそ「鳥万本店」の隠れ名物と出会えるかも知れない。

今月、訪ねた店
鳥万本店
東京都大田区西蒲田7-3-1
03-3735-8915
16時~23時(日祝は15時~22時)
無休(正月休みあり)
蒲田周辺で、もう一軒。
うえ山

2009年に惜しまれつつも閉店した、鶏の素揚げの老舗「奈加川」の味を継承したいとオープンした店。ムネ肉とモモ肉に切り分けた鶏の半身を10分ほどかけて素揚げにしていく名物は、紛れもない「奈加川」の伝統の味。残った骨で作ってもらえるスープも絶品だ。

東京都大田区西蒲田7-59-1
090-3572-8700
17時~22時
日曜・祝日休
山城

JR蒲田駅から10分ほど歩いた住宅街にある隠れ家的な酒場。店の中央に掘りごたつスタイルのテーブルがあり、この卓を客同士がまるで家族のように囲んで、酒を楽しむのがこの店の日常。料理はおでんや刺身などが定番。酒に酔い、心解きほぐすほどに店の魅力は深まり行く。

東京都大田区西蒲田5-11-1
03-3735-7549
17時~24時
月曜
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吉田類

よしだ・るい 高知県生まれの酒場詩人。酒場や旅をテーマに執筆活動を行うほか、イラストレーター&エッセイストとしても活躍。BS-TBS『吉田類の酒場放浪記』ほか、TVでも活躍。主な著書に『酒場歳時記』(NHK出版)、『東京立ち飲み案内』(メディア総合研究所)などがある。俳句愛好会『舟』を主宰。