たのしいお酒.jp

我らお酒にひと言あり 六酒仙、かく語りき

吉田類の居酒屋 各駅停車の旅

Vol.1 門前仲町『だるま』

いい酒場は実のところ、どこの街にもあるものだ。
今夜、飲みたいお店が見つかっていないのだとしたら、
それはあなたが、いい酒場の見つけ方を知らないだけかも。
日本中の酒場を渡り歩いてきた吉田類さんが、
各駅停車で旅するように街々の名店を訪れ、飲み、食い、語らいながら、
街へ、店への愛を語ります。

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Vol.1 門前仲町『だるま』

「吉田類の居酒屋 各駅停車の旅」の出発地はここ門前仲町からスタートしたい。なぜ、記念すべき第一回がこの街なのかと問われれば、ここは僕にとって大衆酒場を知るうえで原点ともなった街だから。今宵の「だるま」は、そんな門前仲町でも指折りの人気店である。

ところで、門前仲町の酒場といえば、飲兵衛の誰もが知る「魚三酒場」という店がある。その存在感は、大衆酒場がひしめくこの街でもやはり頭一つ抜きんでている。
まだ日も落ちきっていない午後4時。「魚三酒場」の軒先にはいつものように長い行列ができる。間口いっぱいの大きな暖簾がかかれば、開店と同時に軽く40名は座れるだろう1階の2つのコの字カウンター席はたちまち満席に。そして、店内では恒例の注文合戦が始まっていく。
「しこいわしとあら煮、それに酒!」
「こっちはビールにぶつ!」「それとブリカマも追加!」
 止まり木に座り、ゆっくりメニューを眺め…、などとやっていたらいつまでも注文を通せはしない。ここでは、威風堂々たる姿勢で、しっかりと声を張らなければいけないのだ。
そうまでして人々が足しげく通うのは、元魚屋だった店主の目利きで仕入れる魚(肴)を味わうため。短冊が3段になって張り巡らされたメニューはざっと100種以上。そのどれもが例外なく、旨く、安い。そして、数多の飲兵衛をあしらう、百戦錬磨の女将の存在も相まって、これぞ大衆酒場という魅力を作っている。「魚三酒場」が名店と呼ばれる所以でもある。
そんな店の存在が、僕が門前仲町という街に、そして大衆酒場にのめり込むきっかけのひとつとなった。「ウォーターフロントだからきっと開けた街に違いない」。そう思い、今から20年以上も前に国立から東陽町へと越してきたが、そこで目の当たりにしたのは、思いっきり昔のままの下町の姿だったのだ。
それからというもの、東陽町から門前仲町へと徒歩で向かい飲み歩くようになる。大概は「和一(現在は閉店)」という立ち飲みで口火を切り、軽くウォーミングアップしたところで、気心知れた仲間と次なる店に向かう。前置きは長くなったが、「だるま」もそうした酒場巡りで通うようになった店のひとつだった。

上・迷わずホッピーをオーダー。中・どれを頼んでもおいしそうなおすすめメニュー。
壁には、お店を訪れた著名人の写真がぎっしり。下・隣り合わせたお客さんとの乾杯も、酒呑みの流儀。

「だるま」との思い出はいくつもあるが、今は亡くなってしまった先代のお父さんの存在は大きい。当時は体調が優れないながらも、お父さんが軒先で店番をしていたのをはっきりと覚えている。はしご酒を楽しもうと辰巳新道へと向かう道すがら店の前を通りかかれば、必ずと言っていいほど声をかけてくれた。
「今日も朝までかい?」
「今はお客さんがいっぱいなので、後で寄らせていただきます」
そんなたわいもない会話だが、いつも気に留めてくれた。
そんな先代がいたからだろう。「だるま」へとやって来ると、いつも温かな気持ちになり、寛いだ気分でいられる。よく「アットホームな店」というけど、ここはまさにそういう店である。

だるま名物、飲兵衛たちを出迎える美人姉妹。理(あや)さん(写真左)と真(まさ)さん(写真右)

現在、店を切り盛りするのは先代の娘さんふたり、江家理(あや)さんと真(まさ)さん。通い始めたころはまだ学生だった記憶があるが、今では大衆酒場界きっての美人姉妹女将として知られている。
先代から娘姉妹へ。創業約45年の歴史のなかでは変わったことも確かにある。その一方で、昔のままを留めた魅力も忘れてはならない。そのひとつが入口から奥へと続くL字型のカウンターだ。大衆酒場の典型ともいえる造りで、厨房の中が丸見えになったオープンキッチンには、包み隠すものが一切ない。それは「下手なものは作っていませんよ」という店の意思表示。だからこそ、この店では誰もが安心感を覚え、寛ぐことができる。
ここへ来たら手始めに注文する「肉豆腐」も当時のまま。カウンターの手前でくつくつと火にかけられた鍋が旨そうな匂いを立たせ、いつも「喰え」と誘ってくる。装われた熱々をフーフーして頬張り(自他ともに認める猫舌)、間髪入れずに酒を流し込めば、ああ、飲兵衛でよかった思う至福のひととき。やはり、大衆酒場では「煮込み」や「ポテサラ」などといった、装うだけですぐ出てくる料理を注文するのがいい。それを肴に酒を楽しみつつ、その後の注文をゆっくりと考える。この店のカウンターには、そんな飲兵衛のささやかな幸せが詰まっている。

上・名物の肉豆腐。下・隠れたファンの多い、だるまのゴーヤチャンプルー。

さて、「だるま」といえば、有名な“あれ”も説明しておく必要がある。そう、ここでは昔から注文を通すときは、ひとつ、ふたつではなく、“1発”“2発”と数えるのが通例。
「肉豆腐、イッパーツ入りまーす!」「ビール、ニハツね!」
もともとは、かつてこの店で働いていたアルバイトが注文をそう数えだしたのがきっかけ。飲兵衛が鼻の下を伸ばすのも無理はないが、何も中年男子の心を引くために始めたものではないので、あしからず。

名物料理があるわけではない、格別安い酒場でもないかもしれない。けれど、「だるま」は、大衆酒場がひしめく門前仲町にあって変わらぬスタイルで40年以上の歴史を積み重ねてきた店。帰り際、手が空いていれば店の外で理さんが送ってくれることもある。
「また、来てね」
いつも常連客で賑わう理由は、何も特別なことではない。長い歴史の中で育んできたアットホームな温かさこそが、この店の人気を支えている。

今月、訪ねた店
だるま
東京都江東区門前仲町2丁目7-3
03-3643-4489
営業時間16時30分~23時(土日は16時より営業)、不定休
門前仲町周辺で、もう一軒。
魚三酒場

言わずと知れた、門前仲町の名店。開店時間前から、
常連たちが行列を作る。
100種類以上あるメニューは、魚料理が主流だが、
何を頼んでもまず間違いない。
行列が短ければ、迷わず並んで飛び込むべし。

東京都江東区富岡1-5-4
03-3641-8071
営業時間16時~22時
日曜・祝日休
みたかや酒場

こちらは、都営新宿線菊川駅の人気店。
常連客が非常に多いが、かといって入りにくさはない。
名物の牛モツ煮込みは必ず頼みたい。

東京都江東区森下4-20-3
03-3632-4744
営業時間16時30分~23時
日曜休
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吉田類

よしだ・るい 高知県生まれの酒場詩人。酒場や旅をテーマに執筆活動を行うほか、イラストレーター&エッセイストとしても活躍。BS-TBS『吉田類の酒場放浪記』ほか、TVでも活躍。主な著書に『酒場歳時記』(NHK出版)、『東京立ち飲み案内』(メディア総合研究所)などがある。俳句愛好会『舟』を主宰。