たのしいお酒.jp

我らお酒にひと言あり 六酒仙、かく語りき

「夜景の見えるバー」

ビールは偉い。とにかく偉い。美味しいビールはそれだけで正義だし、飲めればひとまずは幸せだ。だけど、美味しいビールは、出来ればそのビールの雰囲気に合った、理想的な空間で飲みたいもの。日本ビアジャーナリスト協会代表、ビールの伝道師こと、藤原ヒロユキさんが、今月も美味しいビールをいただきながら、理想のビアバーについてあれこれ思案を巡らせます。単なる妄想なのか、それとも、実在する店なのか…夢とうつつを行き来する(?)、妄想ビアバー、開店します。

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今月の妄想ビール…『LONDON PRIDE』

イギリスで100年以上前からビール造りを行っている家族経営の醸造所、
フラーズのプレミアムカスクエール。キャラメルのような液色とコクのある味わいは、
イギリスのパブで飲むビールのイメージそのもの。
「こういうタイプのビールは、あんまり泡を立てないようにして注ぐんですよ」
と言いながら、静かにビールを注ぐ藤原さん。
香ばしい麦の香りと苦味を感じながら、またあるお店のことを思い出したようで…

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また、通いつめたくなる店を発見した。

そのバーは高層ホテルの最上階にある。
眼下には夜景が広がっている。陳腐な表現だが「宝石箱を覗き込んだよう」に美しい。
右斜めの眼下にはジャンクションがあり、高速道路が放射状に伸びている。こちらに向かうヘッドライトは白く、遠ざかっていくテールランプは赤い帯となってつながっている。
客の多くはカップルだ。仲睦まじく色鮮やかなカクテル・グラスを傾けている。
そんなバーで独り、ビールを楽しむのもおつなものだ。
ビールの種類が豊富なホテルのバーは、それほど多くはない。クラフトビールの飲めるホテルのバーとなるとなおさらだ。そのうえそれがタップから注がれるとなると……。私の知る限り、ここしかない。
オーセンティックなバーのバーテンダーのなかには、いまだにビールをさげすむ人がいる。「ビールなんて栓を抜いてグラスに注ぐだけ。誰でも簡単にできる。俺の華麗なテクニックは、カクテルでこそ活かされる」というのが、彼らの言いぶんだ。
はたして、ビールは誰でも簡単に注ぐことができるのだろうか?
ビールはとてもナーバスで繊細なお酒だ。泡の立てかた、炭酸の残しかたや飛ばしかた、それ以前に、ビールそのものの保管や保存の方法が非常に難しい。酸化、日光臭などのオフフレーバーがつきやすく、劣化が早いお酒である。温度管理などクオリティー・コントロールに気を使わなければならないお酒だ。

 タップは3つ。国産ナショナルブランドのプレミアム系のラガー、アメリカンクラフトビールと日本のクラフトビール。アメリカと日本のクラフトは、テーマを決めて種類を選んでいる。先月は柑橘系の香りがするホップを使ったビール、先々月は小麦を使ったビールといったように。そして、今月はモルトの味わいがしっかりしたビールである。アメリカ東海岸にある小規模醸造所の造るブラウンエールと北関東の醸造所が造るスコティッシュエール。甘味のあるモルト、ロースト感のあるモルト、カラメルモルト、チョコレートモルト……。その配分でさまざまな色合い、こうばしさ、甘味、苦味を持ったビールを造り上げていく。
タップのほかにも、国内外のボトルビールと缶ビールもテーマにそって揃えてある。

タップからビールを注ぐ技も、ボトルや缶からビールを注ぐ技も、巧みであることは言うまでもない。泡のたて方は、ビールの種類によってそれぞれ違う。小麦を使ったヴァイツェンや瓶内熟成のベルジャンスタイル・ゴールデンエールは綿菓子のように泡をこんもりと盛り上げ、イングリッシュスタイルのリアルエールは泡をたてずに注ぐ。ビールをグラスに注ぐことは、誰でも簡単にできることではない。

大きなガラス窓の向こうには、瞬く光、流れゆく光、じっととどまっている光が広がる。白、黄、オレンジ、赤、そして青や緑や紫のきらめきが漆黒の闇に散りばめられている。ビールが美しく注がれたグラス越しに、キラキラ輝く夜景を眺めていると、深い海を覗き込んでいるような錯覚に襲われる。おやっ!?違う。覗き込んでいるのは自分ではない。夜景が私を覗き込んでいるようだ。方向はおろか上下の感覚まで麻痺してくる。 
ここは、素晴らしく注がれた素晴らしいビール達に酔い、素晴らしい夜景に酔うことができる場所だ。
 だからまた、この店に足を運びたくなる。

  • 今月の妄想ビール…
    『LONDON PRIDE』

    330ml フラーズ

    驚くほどのなめらかさと複雑な味わいを持つ、イギリスで最も人気のあるプレミアム エールの1つ。
    3種のホップと豊かな麦芽の風味との絶妙なバランスです。

    詳細はこちら
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藤原ヒロユキ

ふじわら・ひろゆき ビアジャーナリスト、ビール評論家、イラストレーター。1958年生まれ。大阪教育大学卒業後、中学教員を経てフリーのイラストレーターに。ビールを中心とした食文化に造詣が深く、一般社団法人 日本ビアジャーナリスト協会代表として各種メディアで活躍中。季刊「ビール王国」編集主幹。ビールに関する各種資格を取得、ワールドビアカップをはじめ欧米の国際ビアコンテストの審査員を務める。日本外国特派員協会会員。ビールにまつわる著書多数。主な著書に「知識ゼロからのビール入門」(幻冬舎)、「BEER HAND BOOK」(ステレオサウンド)など。